第299話:捕虜の扱い
最初の攻撃を合図に、包囲していた騎士たちが突撃する。
見張りの兵士を音もなく倒したのに続き、近くにあったテントから順に中に入り、眠っている騎士を無力化し、手と足を拘束していく。作戦目標は誰一人として逃がさないこと。敵に聞きたいこともあるし、拘束できるのであれば拘束する。
寝ている騎士を拘束するのなど簡単だと思ったが、そこはダーバルド帝国とはいえ軍人。自分の夜番の担当時間ではないとはいえ、完全に眠り落ちているのは少数でしかなかった。
そのため、
「何者だ!」
「誰だ!」
僅かな物音に反応し、鎧などの装備は外したまま、武器だけを持ってテントから飛び出してくる敵兵が出始めた。まだ数は少ないが、彼らが騒ぐことで、更に多くの敵兵が出てくることになってしまう。
出てくる敵兵を見て、即座にマーカスが動いた。
「ぐぅっ」
声を出していた兵の喉に、下から剣を突き刺し敵兵を即座に黙らせる。
マーカスの動きを見ていた騎士たちも、直ぐに動きが変わる。拘束用の道具から武器へと持ち替え、動きを見せる敵兵の命を、素早く刈り取っていく。
最初に矢を射ってから数分、中心の少し大きめなテントを除く全てのテントの中の捜索を終えた。これまでの偵察やテント自体の様相から、このテントに敵兵の指揮官がいるのは間違いないだろう。
それ故、起きてくる前に攻めることも手だったが、マーカスたちは討ち漏らしのリスクを最大限下げるべく、とにかく周囲から丁寧に順番に片付けることを選んだようだ。
途中から、監視の目をすり抜けて逃げた敵兵がいないかに意識を向けて見ていたが、私の『魔力感知』によれば、問題はなさそうだった。
最後のテントの周りに、マーカスたちが集まる。
直ぐにでも突入するのかと思ったが、どうやら違うらしい。拘束した敵兵の見張りをしていた騎士ゴーレムを前に出し、騎士たちも武器を構え警戒を維持している。
「出てこい」
マーカスの重く低い声が響く。
マーカスの声に応じたのか、起きていることがバレていると諦めたのか、テントの中から5人の敵兵が出てきた。
「何者なんだ、お前らは・・・」
視線の先にあるのは、地面に伏し血を流している敵兵。
敵兵のうち6割以上が切り捨てられ既に絶命しており、残りの拘束された兵は騎士ゴーレムによって一カ所に集められている。つまり、見えるところに転がっているのは、切られた敵兵だ。
1人の敵兵が前に出て、マーカスと向き合う。既に包囲されていることも、こちらが数で圧倒していることも、分かっているのだろう。右手に槍を強く握りしめ、穂先をマーカスに向けてはいるが、直ぐに襲いかかろうという雰囲気はない。
「私は、マーカス。カーラルド王国クルセイル大公領騎士団の騎士団長を仰せつかっている」
いつもと違う、少し仰々しい感じで自分の所属を明かすマーカス。
「カーラルド王国、だと・・・。それにクルセイル大公領?」
真ん中にいる男は、状況が良く理解できていないのか、マーカスの言った言葉を何度もぶつぶつと繰り返している。
だが、視界に入る部下の遺体や自分たちに向けられる多数の剣先にいきり立った1人の敵兵が吠えた。
「ふざけるな! クルセイル大公領だと? そんなもの聞いたこともない! くだらない嘘で馬鹿にしやがって。だいたい、ここはカーラルド王国の領土では」
それより先の言葉を、彼が発することは許されなかった。
おそらく、彼の発言の前半にあった、うちを知らないという部分。それが、逆鱗に触れたのだろう。
一瞬、マーカスの指が動いたかと思えば、3人の騎士が男の首や腹などに剣を突き刺した。
「っな」
僅かな声を上げ、倒れゆく仲間の兵を見送る真ん中の男。
「我らの主が治める地に対する侮辱は許さぬ」
軽蔑した視線を、倒れた男に一瞬向け、再度真ん中の男を睨みつけるマーカスが吐き捨てる。
「貴様らは、武装し、奴隷商人のような悪しき者を率いてケール川を越え、クルセイル大公領へと侵入した。ここを通過するための一時的な、偶然の侵入ではなく、領内に陣を張り周囲の探索を開始した。これらを、クルセイル大公領は、明確な侵入・侵略行為であると判断した」
「・・・」
「故に、最後の通告を行う。速やかに武装を解除し降伏せよ。既に残りは、貴様ら4人だが、抵抗するのであれば、拘束した仲間たちもろとも、ここで魔獣の餌になるであろう」
マーカスの最後通牒。
ダーバルド帝国軍が、ケール川以東がカーラルド王国のクルセイル大公領であることを知らなかったであろうことや、彼らにしては未開の地とされている森を探索していたに過ぎないといった言い訳は、もはや通用しない。
前世のような社会であれば、ここまで一方的な攻撃の開始や問答無用での殺害、相手の言い分を聞かない状況は、国際社会から強く非難されるのだろう。そもそも、勝手に「自分たちの領土だ。侵入者だ」と主張したところで、支持を得られるはずもない。
しかし、この世界では違う。いわゆる国際社会など存在しないし、どこの国も自らの都合で、勝手に動く。そして、自分たちの身を守れるのは自分たちのみ。強引な主張であろうが、それを通すだけの準備をした上で、すべきことをする必要がある。
「・・・1つ聞きたい」
更に表情を曇らせた真ん中の男が、声を絞り出す。
「何だ?」
「・・・降伏後、我々はどうなる」
当然、気になるであろう今後の処遇。ダーバルド帝国に生きる人と価値観を共有することはできそうにないが、捉えられた自分たちがどうなるのか気になるのは同じらしい。というか、奴隷が身近にある彼らの方が、そこに思いが至りやすいのかもしれない。
「こちらの質問には答えてもらう。王都へ移送されることもあろう。だが、我らが主は、不必要に痛めつけることも、殺すことも為されない御方だ。先ほどのような無礼な態度を取らず、こちらに協力すれば、身の安全は保障されよう。その証拠に、抵抗しなかった貴様らの仲間は、生かしたまま捕らえてある」
そりゃあ、そんな加虐趣味はない。前世ではお断りだったはずのスプラッターな状況も慣れてはきたが、できればそんな場面は見たくない。
拷問も処刑も戦争も、必要があれば躊躇わないつもりだが、全くもってしたいわけではない。
「・・・・・・承知した。お前たち、武器を置け」
「・・・はっ」
他の2人も無言で頷き、剣を捨てた。
「カーラルド王国クルセイル大公領騎士団騎士団長マーカス殿。ダーバルド帝国軍第13歩兵団第2部隊部隊長トマリックのもと、生き残った全ての隊員は降伏する。どうか、寛大な扱いを望む」
「心得た。降伏を受け入れた隊長殿の手に枷を嵌めるのは心苦しいが、決まり故。拘束せよ」
「「「はっ」」」
♢ ♢ ♢
「こんな砦が・・・」
うちの砦の入り口に近づき、ダーバルド帝国軍の隊長トマリックがそんな呟きを漏らした。捕虜になった他の兵たちも、一様に驚いた表情をしている。
ついさっきまでは、騎士ゴーレムを見て「信じられない!」と狼狽えていたのに、大変そうだ。
捕らえた一般の兵は、数人ごとに分けて牢へと入れていく。本当は全員を独房に入れた方が、口裏を合わせられたり、逃走計画を立てられたりしないのでいいのだろうが、生憎とそんな数の牢はない。
ケール砦の目的から、ダーバルド帝国兵や奴隷商人を拘束する機会はあるかもしれないと、一応作った牢がいくつかあり、作戦前に急ごしらえで増やしたのがやっと。地位が高そうな奴らだけ分けるのでギリギリだった。
ケール砦にある建物の一室。あえて簡素に雑に作ったその部屋の用途をようやく理解した。
部屋に入ると中央の椅子にトマリックが座らされ、両脇でうちの騎士が緊張した面持ちで見張っていた。
「ここね」
私と後ろに続くホムラ、そしてあえて身分差が分かりやすいようにと、見張りの騎士以外が一度跪いた。
その様子を見て、私が誰なのかを理解した様子。
私をジッと見つめて動かないトマリック。
・・・そういえば、上の者に声を掛けたらダメなんだっけ? それって捕虜でも通じる・・・、いや、捕虜だからこそ、不用意なことはしないのか。
「トマリック、だっけ?」
「左様にございます。・・・その」
「私はコトハ。コトハ・フォン・マーシャグ・クルセイル。カーラルド王国唯一の大公にして、クルセイル大公領を治めるクルセイル大公家の当主よ」
こんな自己紹介初めてした・・・。できるだけ、偉そうにって注文だったから頑張ってみたけど、あってる?
「丁寧な自己紹介をいただき、御礼申し上げます。畏れながら、ダーバルド帝国軍第13歩兵団第2部隊部隊長トマリックにございます。この度は、大公殿下の治める地に、武装し、無断で侵入いたしましたこと、誠に申し訳ございません」
効果抜群だった。




