第298話:騎士団のスローガン
『ワーロフ族』の少年、オプス君。
彼は、『ワーロフ族』の里の戦士の1人。といっても、まだ戦士になったばかりらしい。その見た目違わず14歳になったばかり。
カイトと同い年だった。カイトも最近14歳になった。ポーラは2か月ほどで8歳になる。・・・2人と出会ってから2年以上なのか。
「戦士」というのは、『ワーロフ族』が暮らす里を守ったり、狩りをしたりする人たちのことを呼ぶ名だそう。うちの騎士団と似た感じかな。
そしてその里。驚いたことに、クライスの大森林の中にあるらしい。
オプスは意識がない状態でケール砦に運ばれているので、正確な位置や方角は分からないそうだが、どうやらケール川を下っていけば近くまでは行けるらしい。
・・・いや、本当のところ彼が位置関係を把握していないのかは分からない。まあ、仮に知っていても、素直には話さないか。
『ワーロフ族』は、古くからこの森に住み、動物や魔獣・魔物を狩り、森の恵みとともに暮らしてきた種族らしい。大きな分類的には『魔族』になるかな? どうやらこの世界では、『獣人』というカテゴリーは一般的ではないようだし。
彼に質問してばかりでは申し訳ないので、こちらも適度に自己紹介した。彼の種族を聞いたのもあり、私とホムラも種族を説明した。
すると、
「ドラゴン・・・。コトハさんの種族は、聞いたことがないです」
と唖然。
ホムラの説明で、私が彼女たち『古代火炎竜族』を従える立場にあると分かると、さらに驚愕していた。
彼の言葉遣いは、段々と敬語や堅苦しさが抜けている最中だ。彼は私の部下でも、カーラルド王国の国民でもない。お隣さんと呼ぶのが相応しいわけで、敬われる対象でもない。
♢ ♢ ♢
オプス君にこれからどうするのか聞いてみたところ、本当は今日にでも帰る予定だったらしい。だが、私たちやこの砦のことをもっと知りたいとのことで、もう数日間の滞在の許可を求められた。
砦の中は本来、軍事機密のはずだが、ケール砦は違う。というか、場所を決めて伐採し、集めた木と『土魔法』で囲いを作っていくつかの建物を建てただけ。騎士ゴーレムはいるがその程度。一応マーカスたちにも確認するが、私の『ワーロフ族』への興味に勝るとは思えない。
加えて、日が落ちたらダーバルド帝国軍を攻める予定なわけで、自分の里に帰る途中のオプス君が見つかることは避けたかった。
ただ、どちらかといえば領都に連れて行くのがいいかもしれない。カイトやキアラと年も近いし、他にも近い年齢の子はいる。彼ら彼女らと仲良くなれると思うのだ。
そんなわけでオプス君は今晩もケール砦に滞在する。
さすがにダーバルド帝国軍を攻める会議を見せるわけにも、そのことを教えるわけにも行かないので、今日は部屋で大人しくしておいてもらう。
「マーカス、準備は?」
「はっ。騎士、騎士ゴーレムともに準備は完了しております。現在、数名の斥候を送り最終確認をさせております」
「これまでの動き通りであれば、周囲の探索に出ている部隊は日没と同時に陣地に戻ります。こちらは夜間であっても行動可能ですので、日が落ちたところで強襲します」
マーカス、アーロンが順に説明してくれる。
今回、私とホムラは上空待機。というか、見学だ。「私も参加するよ?」と聞くことも考えたのだが止めた。
日常的な狩りやギブスさんのとこでの戦いなどとの違い。それは、今回のダーバルド帝国軍がうちの領に侵入してきた、ということだ。
「騎士は、主君に忠誠を誓い、主君に命と剣を捧げ、主君が守るべき者に命を燃やす。」
これは、うちの騎士団が掲げているスローガンのようなもの。初期メンバーが考えたらしい。最後の「主君が守るべき者に命を燃やす。」ってのがうちの騎士団らしくていいと思っている。領への侵入は、主君が守るべき者、つまり領民への大きな脅威となる。それを打ち破るのは、騎士の務めなわけだ。
もちろん、犠牲が出ることもある。そしてその犠牲は、私がやれば生じないものかもしれない。だからといって、全て私がやってしまっては、彼らの存在意義が失われる。
『マッディーモニター』のような魔獣・魔物への対処はともかく、人相手の仕事は彼らに任せるのを基本にするべきだと思っている。そしてその結果、犠牲が出たとしても、それを受け止めるのが私の仕事だ。
そして最近、特に『マッディーモニター』との一件以降。気になっていることがある。マーカスやアーロン、ジョナスといった初期メンバーの騎士たちに新たな称号が付いていたのだ。
それが、「■■■に仕える者」だ。うん、肝心な部分が黒塗り。どこの公文書だよ・・・
まあ、普通に考えれば、いつのまにか付されており未だに黒塗りの私の称号、『■■■■■』。これと関係はしているのだろう。マーカスたちが仕えているのは間違いなく私だし、私の黒塗りが開示されなければ、永遠に彼らの称号の謎が解き明かされないのかもしれない・・・
ただ、この称号が確認されてからというもの、異変が起きていた。既に新人の騎士とは比べものにならない戦闘能力を有していたベテランの彼らが、もう一歩先へ踏み出したのだ。というか、いきなり力が増したことを疑問に思った彼らが、私に『鑑定』を求めて来て発覚したのだが。
字面から悪いものではなさそうだし、何故かレーベルが嬉しそうだった。そして、『マッディーモニター』の件で特に思い詰めていた騎士団の上層部が、軒並み強化されたことで、より一層、騎士団全体の能力が向上した。・・・ついでに、訓練の厳しさが増したらしい。
何はともあれ、強くなった。そんな彼らが多く参加している今回は、十分な戦力を備えてきたといえるだろう。後は、見守るのみ。
・・・にしても、この謎強化がこれまでもサイレントで起こっていたんだとすると、前に考えた魔獣・魔物が弱くない?っていう話は前提が変わってくる。もっとも、最近やってきたライゼルさんやラヴァの娘も十分に強いし、そもそもクライスの大森林の恩恵とは限らないけどね。
日没と同時に、ケール砦から騎士団が出陣した。
マーカスが全体を指揮し、アーロンが副官として細かい調整を行っている。途中で、斥候から「ダーバルド帝国軍は通常通り、全員が戻った」との報告が入り、作戦の最終的な許可を出した。
騎士たちが、ダーバルド帝国軍が陣取る場所を中心にゆっくりと囲うように展開していく。日が落ちた森は、昼間とは比べものにならない静けさと不気味さが支配する。風により木々が揺れる音、まだ活動している魔獣や夜を好む魔物が動く音。そういった微かな音が、離れた場所にも届き、恐怖心を煽る。ましてや、ここはクライスの大森林。いろいろあるが、危険な森に違いない。
もちろん、うちの騎士たちにも緊張が見える。とはいえ、夜の森を進む、というのは何度も訓練している内容だ。その訓練の目的が、夜の森での安全確保と夜の森での狩り、闇に紛れての退避なのである。火を焚いて野営している敵兵に気付かれないように包囲することなど、遥かに簡単な注文であった。
じっくりと時間を掛け、ダーバルド帝国軍が陣を張る場所を完全に包囲した。敵が逃走に使用しそうな場所は予め調べてあり、そこには多くの騎士や騎士ゴーレムが配置されている。もちろん、今回の必須条件である敵兵全員の殺害か捕縛を達成するため、360度全ての場所が複数の任務領域になるよう差配されている。
うちの騎士が展開してから少し、事前に聞いたマーカスからの説明では、ダーバルド帝国軍の夜番の交代時刻の間近、つまり夜番の敵兵が一番疲れ、緩んでいる頃。
マーカスが合図を出したのが見えた。私は今、自身の目に魔力を集中させている。以前はピントが合わなかったり、暗さの調整が上手くいかなかったりしたが、最近はある程度任意に調整できるようになった方法。魔力を目に集めることで、望遠鏡のようになったり、赤外線カメラのようになったりするのだ。
そして、私の他にもマーカスの合図を確認できた者がいる。ホムラはもちろん、下にいる騎士たちの何人かだ。騎士団には、私が思いついた新しい技をいつも教えている。多くの場合は、「不可能です」と苦笑気味に言われるのだが、たまに一部の騎士が習得できるものがある。今回の目に魔力を集めるこれ、うーん・・・・・・『魔力眼』とでもいう? そのままなのは諦めよう。改めて『魔力眼』は、魔法が得意な何人かの騎士が扱えた。といってもその程度や遠くが見える者や暗さに強くなった者など結果もまちまちではあるが・・・
そんな騎士たち。少なくとも、この距離感でマーカスの合図を視ることができるのは確認済み。そして、彼らは合図を隊長へ伝える。
それから約1分。
「シュッ」という微かな音を残し、取り囲むうちの騎士らによって放たれた矢が、夜番をしていた敵兵10人の額や目、首に突き刺さった。




