第296話:ケモミミ
どうやら走り回って探していたようで、息が上がっている騎士。
この後は、特に予定がなかったはずだが、
「どうかしたの?」
「はっ。ケール砦より、伝令が参っております。レーノ様が、殿下をお呼びするように、と」
「ケール砦から? 昨日来なかったっけ? ・・・分かった、戻るね。ドランド、また後で」
「おう」
ケール砦は西側に新しく作った砦の名前。クラリオル山脈から森へと流れ、砦の近くを通るケール川から取った名だ。
この時間は、駐留している騎士の交代のタイミングではないし、定期連絡は昨日済んでいるはずだ。夕食の前に、マーカスから問題なしとの報告を受けた覚えがある。
お屋敷に戻ると、レーノに加えて、レーノの右腕のヤリス、マーカスにジョナスたち騎士数人が集まっていた。
「来たけど・・・」
「コトハ様。いきなりお呼び立てして申し訳ありません」
「ううん。それで、ケール砦から伝令?」
そう問いかけながら椅子に腰掛ける。
すると、マーカスに促され、1人の騎士が前に出た。
「ベムス。説明を。コトハ様」
「うん。話して」
「はっ。ケール砦に配属されております、ベムスにございます。アーロン司令より、至急お伝えするように、指示を受けて参りました。以下、『今朝方、定期巡回に出ていた部隊が、意識を失っていた1名の魔族と思われる少年を保護いたしました。私を含め、砦にいる騎士は見たことのない身体的特徴を有しております。犬や狼のような耳を持ち、同じく犬や狼のような尻尾を生やしています。右脚のほか、全身に複数の傷があったため、魔法薬にて治療いたしました』にございます」
・・・狼のような耳に尻尾?
ケモミミ・・・
「ダーバルド帝国か」
私が、異世界ものによく出てくるある種族を思い浮かべ、若干テンションが上がっていると、マーカスがそんなことを呟いた。
「実験施設から逃げ出したのでしょうか。あるいは・・・」
・・・ん?
なんで、そうなる? 話を聞くかぎり、どう考えても・・・
「待って。それって、獣人じゃないの?」
「え?」
・・・・・・謎の沈黙が流れる。
私も,マーカスやレーノも、他のメンバーも。
「・・・コトハ様。その、獣人、とは?」
「・・・・・・そういえば、こっちで見たことも聞いたこともないか。それに、王都で読んだ本にも出てこなかったっけ」
「・・・前世のお話でしょうか?」
レーノがそう問うてくる。
「ううん。いや、そうか。獣人っていうね、狼とか猫とか、兎とか。そういった動物の身体的特徴を持った人型種?がいるって。物語というか・・・、まあ、考えられていたの」
・・・説明が難しい。
「・・・確かに、聞くかぎりは、保護した少年は当てはまるように思いますが・・・」
だが、ダーバルド帝国の実験の被害者だといわれても、それはそれで納得できてしまう。狼型の魔獣の部位を移植されたとか。
アーロンもダーバルド帝国の実験の被害者だと思ったから、緊急の連絡を寄越したのかな。
「まあ、今は種族はどうでもいいか。ダーバルド帝国にしろ、私の思っている獣人にしろ、全く別の存在にしろ、ケール砦で保護してると。それで、その子は回復したの?」
ベムスに問いかける。
「はっ。目に見える傷は、回復しておりました。ですが、かなり衰弱しており、意識は回復しておりませんでした」
「うーん。とりあえず、回復を待つしかない、か」
今の私たちにできることはない。領都には、物資は豊富にあるが、ケール砦の魔法薬の在庫も十分とのこと。
『アマジュの実』といくつもの薬草から作られた魔法薬を飲ませているのであれば、後は回復を待つだけ。
「マーカス」
「はい。ベムス。お前は、下がって休め。こちらからの指示は、コトハ様のスレイドホースをお借りして、別の騎士に伝えに行かせる」
「はっ」
「ベムス。ご苦労様」
「ありがとうございます」
一礼し、ベムスは下がる。
「ひとまず、その子が回復したら伝えてもらおうか。こっちに連れてきてもらうにしろ、あっちに行くにしろ。・・・いや、移動させれそうなら、こっちに移動させた方がいい?」
私の案に対し、レーノが、
「私は反対いたします。保護した少年の正体が不明であり、ダーバルド帝国の実験体の可能性が否定できません。目覚めた際に、暴れないとも限りませんから」
「私もそう思います。騎士団の前で申し訳ないのですが、ケール砦と領都、守るべきは領都です」
ヤリスが続いた。
まあ、言っていることは分かる。ケール砦には、騎士と騎士ゴーレムしかいない。一方の領都には、騎士の家族や子どもたちもいる。暴れ出した際の被害を考えたら、砦に置いておくのが一番だ。
それに、領都に移動させたからといって、高度な治療が提供できるわけでもない。
「マーカスたちの意見は?」
「同意いたします。ケール砦、そしてそこに詰める騎士の役目は、ダーバルド帝国の脅威に対し、目とり耳となり、盾となることです」
さらっと言い放つ。
まあ、それがマーカスの仕事、か。
「分かった。とりあえず、ケール砦にいてもらおう。監視をしっかりするように伝えておいて。それから、マーカス。ケール砦に配備する騎士の数を増やせる?」
「はい。現在の倍程度でしたら」
「じゃあ、お願い。ダーバルド帝国から逃げてきたのなら、他にもいるかもしれない。いろんな可能性があるけど、その子を見つけた場所の周辺を、調べる必要はあると思う。巡回に出る騎士を増やして」
「御意。それと、暫くの間、ケール砦とのやり取りの頻度を増やしたいと思います。コトハ様のスレイドホースを2頭、お借りしたく」
「分かった。ミオさんに相談して、誰を連れて行くかは決めて」
「はっ」
「レーノ。アーマスさんたちには伝える?」
「どうでしょう。まだ少年の正体も不明です。次の定期連絡の際に伝えるので足りるかと」
「ん、分かった。そしたら、みんなお願いね」
「「「はっ」」」
♢ ♢ ♢
最初の伝令から1週間。
保護された少年は、無事に意識を取り戻した。最初は警戒心マックスだったらしいが、粘り強く話しかけることで、どうにか一定の信頼を得ることができた。・・・お腹が空いていたのも関係あるかもしれない。
結論からいえば、少年はダーバルド帝国により人体実験を施された奴隷ではなかった。私の説、獣人説が正しかったようだ。
少し訛りはあるものの、話す言語自体は同じで、言葉を交わすことができた。
彼によると、ブラッケラーに襲われたらしい。そしてその前に、『人間』に追われ、襲われたんだとか。
その際の出来事を確認すると、自分のことを『魔族』だと言う『人間』の男4人に森の中を執拗に追い回された。彼らは、不快な気配を発する物体を所持しており、それのせいで魔獣・魔物が近寄ってこなかった。戦闘の最中、その物体を破壊すると、ブラッケラーが襲ってきた。
最終的には、逃げる際にブラッケラーに脚を攻撃され負傷。男たちの行方・・・生死は不明、とのことだった。
その報告を聞いて、私たちの脳裏に浮かんだのは「ダーバルド帝国の奴隷商人」だった。
もう、他の可能性が思いつきもしない。
彼自身がどこから来たのかについては、教えてくれない。森の中から出たことはないようなので、この森で生まれ育ったのだと思われるが、彼1人なのか、家族と住んでいるのか、獣人の村のようなものがあるのか・・・
いずれにせよ、私以外は獣人という存在すら知らなかった。いや、私も概念?として知っていただけだが・・・
そして、
「ダーバルド帝国軍、か」
森の中。ケール砦の東側にある少し開けた場所で、ダーバルド帝国軍が展開しているのを、いつもより広範囲を巡回していた騎士団が発見したのだ。
その数は100人ほど。数は大したことないが、身に付けている装備から、ダーバルド帝国の正規軍であると認められた。他にも、奴隷商人と思われる連中も確認されていた。
「間違いなく、件の少年を襲った奴らの仲間でしょうな。4人で単独行動していた理由は分かりませんが。・・・いずれにせよ、対応を考える必要があります」
険しい表情のマーカスが告げる。
「対応ねー・・・。ちなみにさ、ケール砦は見つかってるの?」
「・・・確かなことは。ですが、連中が陣を張っている場所とケール砦の距離を考えますに、気付いていないのではないかと。気付いているのであれば、近すぎます」
たまたま、陣を張るのに適した開けた場所を見つけたって感じか。
周囲の探索とかしてないのかな・・・
考える私に向き直り、マーカスが
「コトハ様。考えられる対応としては、静観するか、制圧するか、の2つです。私は、制圧を提案いたします」
「・・・うん」
まあ、そうだよね。ダーバルド帝国が、私たちの受け入れられる理由で森に入っているとは思えない。どうせ、碌でもないことを考えている。そして、遅かれ早かれ、ケール砦が見つかり、対立する。
マーカスの意見を受けレーノが、
「騎士団長。ダーバルド帝国軍が展開しているのは、ケール川の東側ですか?」
「ああ。少し川が細くなっている場所がある。そこを渡ったんだろう」
「であれば、攻める理由がありますね。ケール川以東が、クルセイル大公領の領地。あえて申せば、カーラルド王国の領土。ダーバルド帝国軍による領土への侵入です」
・・・現状は、ケール川以東をうちの領地にしてるのって、ほとんど誰も知らないんだけどね。
まあ、いいか。最初から、静観する気はないのだし。
「そうだね。マーカス、出陣用意」
「はっ」




