第288話:クルセイル大公領へ
帰ろう。
元々、王都に来た目的は、大公となったことで生じた最低限の義務の履行、つまりは建国式典と叙爵式への出席だった。
それが、王都へ向かう途中でオークの群れに襲われたゼット村を助けたことに始まり、サイル伯爵領への援軍として魔獣・魔物と対峙した。そして、王都に着いてからも・・・
移動を含めて、領を出てから2か月程度しか経っていないはずなのに、何だかもの凄い長い間、旅をしていた気分。そして、その大半の時間、戦っていた気がする・・・
別に、戦闘が嫌いなわけではないが、戦う相手が魔獣・魔物ではなく人であることが多かったのが、また疲れた。
というわけで、
「明日、帰りますね」
ハールさんとアーマスさんの場所を聞いて、突撃し、そう告げた。
「・・・う、うむ。唐突だな」
と、少し驚いた様子のアーマスさん。
「まあ、こっちでやることも終わったので。そろそろ家に帰りたいなーと」
「そうか。・・・コトハ殿。改めて、心より感謝を。礼をすべき対象が多すぎるのだがな」
「ううん。まあ、頼んだこととか、やり始めたことをしっかりしてくれれば」
「約束しよう」
良い笑顔のアーマスさん。
私とは、忙しさのレベルが違ったであろうアーマスさんも、ここ数日は少し落ち着いた様子。いや、実際のところは、絶え間なく何かしらの問題が起こっているのだろうが、建国式典とかいう一大事に比べれば、どれも些事ということだろうか。
「アーマスの言うとおりだな。コトハ殿。これからも、良い関係を続けていけるよう、するべきことをすると、改めて誓おう」
ハールさんからも、心強いコメントを得られて満足だ。
「ええ。お二人も、お体に気を付けてね」
「ああ」
一応、事務的な確認事項も済ませておく。
といっても、私の仕事の確認と、カイトとキアラの学院に関することだけ。
「じゃあ、だいたい8か月後くらいに、2人を王都に送り出せばいいのね」
「ああ。詳細は、もう少し近くなったら相談したいとは思うが・・・」
「ガッドでいい?」
「うむ」
「なら、それで。うちの砦まで、定期的にフェイヤーとかいう魔獣の連絡が来るんでしょ? それで知らせてくれたら。あるいは、砦に来てくれても」
「そうしよう。それから、ダーバルド帝国についてだが」
「うん」
「基本的には、以前頼んだ西側の砦の設置と運用だけは頼みたい。現在の状況に照らせば、当面の間は、ダーバルド帝国はジャームル王国にかかりきりだとは思うが・・・」
そうなのだ。
藤嶋君も駆り出されたという、ダーバルド帝国の対ジャームル王国戦。その初戦は、ノイマンというジャームル王国の辺境にある比較的大きな城塞都市の攻略戦だった。藤嶋君からの情報やクシュルさんたち諜報部の人の調査によれば、ノイマンは瞬く間に陥落した。
その後、ダーバルド帝国軍は、ダーバルド帝国とジャームル王国の国境を守るジャームル王国の辺境伯領軍を次々と撃破していき、これを崩壊させたそう。
情報が錯綜しているようだが、かなりの数の戦死者を出したジャームル王国側は、辺境伯領を切り捨て、更なる侵攻に備えているとか。一方のダーバルド帝国は、攻め落とした町や村から、人を移動させている、と。おそらくは、奴隷として労働力にするのだろう。
「ダーバルド帝国の目的は海と人だっけ?」
「推測だが、な。南下政策が行き詰まり、北に目を向けた。これまでは、積極的に敵対はしてこなかった『人間』が中心の国家にさえ、あからさまな敵対行動を始めたわけだ。うちの諜報部と軍部の予測では、このまま徐々に北進し、落とした町々で民を捕らえ、足りなくなった労働力を補う。ジャームル王国全土の掌握を目指しているかは分からんが、西半分は手に入れるつもりだろう」
「・・・・・・」
本当に反吐が出る。そして、そのダーバルド帝国軍の戦闘で人を殺しているのが、私の元彼なわけで・・・・・・
復讐と実益を兼ねて、ダーバルド帝国軍に殴り込んでやろうかとも考えた。だが、ダーバルド帝国とジャームル王国の戦争に、私が介入するのは何か違う。別に全員を助けられるわけではないのに、「ダーバルド帝国のやり方が気にくわない」「価値観に反する」からといって、手を出すのは・・・・・・。別に、私は世界を管理する神になりたいわけではない。
自分の周り、要するにカーラルド王国に危険が迫るときに、手を出すのが、妥当な範囲だろう。
まあ、このままの勢いでダーバルド帝国が勢力を広げれば、後々、カーラルド王国とも激突する可能性が高い。それを見据えて、先んじて攻撃しておくというのも手ではあるが・・・
その場合、ダーバルド帝国を攻撃するのは私やホムラたちが中心になる。というか、うちの面子以外は、現時点でダーバルド帝国と交戦することが難しい。地理的な問題で、物理的に。
カーラルド王国のためといっても、うちが全てを引き受けるのは違うだろう。ただでさえ、既にいろいろやっているのに。
「ダーバルド帝国の動きは、逐一教えてね」
「ああ。ダンにも伝えておこう」
情報を確認し、最悪の事態に備える。そして、自分の受け持ったクライスの大森林の西側からの侵攻に備える。後は、うちの領の発展を目指し、ついでに領軍を整備する。
これが、妥当なラインだろう。
♢ ♢ ♢
王城にいくつかある馬車乗り場。その1つに、10台の馬車が並んでいた。
行きよりも増えた馬車には、連れてきたうちの面子に加えて、藤嶋君たち同郷者5人、ラヴァの娘、ライゼルさんなど、一緒に帰る人が乗っている。
残りの馬車には、王都の商会で買った各種商品。家具から日用品、消耗品など、多くの物品を積んでいる。この世界の生活、特に貴族の生活を知る材料として、仕入れてみたものだ。
他にも、鶏・・・、のような魔獣を積んである。その実際は、鶏とほとんど変わらない、というか頑丈さや、卵を産む頻度という点で、鶏の上位互換。魔獣要素は、少し凶暴なのと肉食な点のみで、問題なしと判断した。
是非、卵を使った料理が食べたい。
連れてきた軍馬では数が足りなかったので、こっちで軍馬を購入した。今後のことを考えれば、軍馬の数が必要だと思っていたので、ついでだ。
王都には、レーノとフェイが残る。サイル伯爵領から向かっているアルスさんたちを引き取り、購入したお屋敷の整備などを行う。カイトとキアラが王都で学院に通うときには、このお屋敷から通うことになるし、私が王都に来たときにも当然、滞在する。その準備を行う予定だ。特に、人員の確保が急務なこともあって、2人に丸投げした。
子どもたちは、別れを惜しんでいる。
一緒に来た、フォブスとノリスは、もう暫くの間、王都に留まるらしい。そして、王城がお家である、グリン君やフレンちゃんは当然王都にいる。
後は鬼姫さん。
先日、彼女と会って、いろいろと話した。
何というか、強烈なキャラの人ではあったが、いい人なのは間違いない。思ったことをズバズバいう感じは、お姫様っぽくはなかったけど、貴族っぽくない筆頭の私がいうのも変な話か。
何はともあれ、結構、仲良くなれた気がする。
ただ、私がそれなりに強そうだと感じた瞬間、手合わせを求められたのには困った。というか、周りが困っていた。
私は、別に戦ってみても良かったのだが、それぞれの部下勢が、それはもう、必死に止める止める。まあ、確かに。どちらであっても、怪我をしたら事ではあるんだろう。ならばカイト、とも思ったが、それも同じだと止められた。
そんな鬼姫さんことルネが、
「コトハ! 一度国に帰り、用を済ませたらコトハの領地へ行くのじゃ!」
と、宣言。
後ろにいるヴァンさんが頭抱えてるけど・・・
とはいえ、私には断る理由が無い。
「うん、是非。ただ、来る前には知らせてほしいかな」
「分かったのじゃ! 大体、半年後くらいにもう一度、王都に来る予定じゃ。それから、向かおう!」
「王都?」
「うむ。我がエクセイト鬼王国とカーラルド王国の関係を発展させるためにな。いろいろ考えてはおるが、いまは秘密じゃ」
「・・・分かった、楽しみにしてるね」
「うむ!」
その後、近々ガッドへ遊びに行くというサーシャと会う約束をしてお別れをしたり、ハールさんやアーマスさんたちと挨拶交わしたり、ラムスさんやベイルさんたちと挨拶をしたり・・・
王都で得た人脈の凄まじさに、我ながら驚きつつ、王城を出発した。
こうして、いろいろあって、大変に濃かった王都生活は幕を閉じることになった。
正式に貴族としての地位を手に入れ、大勢との繋がりを得た。この地位が、繋がりが、今後どの様な意味を持つのか、どの様な困難をもたらすのか、今は分からない。
けれど、カイトとポーラ、キアラに加え、インディゴやメイジュ、領のみんなに、藤嶋君たち同郷者。みんなの未来のために、そして私自身も楽しく暮らせるように、前向きに頑張っていこうと決意しながら、帰路に就いた。




