第15話 家に来た時
「そういえばさ、」
電車で聞きかけていた事があったのを突然思い出した俺は、テレビに映っているシューティングゲームからは視線を動かさずに咲茉に声をかける。
「んー?」
彼女はそんな気の抜けたような声を出して、言葉に反応していること伝えてくれる。
それから一瞬だけ空白の時間を作って、それを破るように俺は口を開いた。
「俺がさ、その……、家に来いって言った時さ、」
「……うん」
咲茉は真面目な話が始まると察したのだろうが、さっきまでは見せなかった緊張したような面構えになった。
「……なんで抵抗しようとか思わなかったの? 俺が嘘ついて家に連れ込んで何かするかもしれないとか、考えなかったの?」
これは、俺が彼女を家に呼んだ日からずっと気になっていたことだった。
自殺しようとしてるのを止めた時は、自分の気も動転していたのでそこまでの思考に至らなかったが、よくよく考えたら相手の気持ちとかを全く考えていなかったことに気が付いたのだ。
でも、どこか尋ねずらさを感じて今まで聞けていなかった。
「……そりゃ、考えたけどさ。でももう死のうとしてたわけだし、どうせ死ぬなら久しぶりにかけられた優しい言葉に甘えてみてもいいかなって思ったの。それが嘘でもその時はすぐに死ねばいいって考えてたし」
彼女はさらに真剣な顔つきになって、言葉を続ける。
「まぁ簡単にまとめたら、いつでも自由になれるから信用できない藁にでも捕まってみてもいいかなって思っただけ。本気で死にたいとは思ってたけど、同時に本気で生きたいと思ってたから」
「……そっか」
「でも、まぁほんとは最初めちゃくちゃ怖かったよ。蒼空に八つ当たりもしちゃったから、やり返されるんじゃないかとか」
話を聞いているうちに、俺は無意識にゲームのコントローラーから手を離し、ソファーに座っている咲茉に体を向けて座った。
「あとほんとはね、惚れたとかも全部嘘《《だった》》の。思ってたよりもちゃんと優しくしてくれたから、なるべく相手の機嫌を取って出来るだけ楽しんでから死のうって思ってね」
「あ、そうなんだ」
「うん。ごめん、嘘ついて……」
なんとなく怪しいなとは思ってたけども、やっぱりあんなに早く惚れるわけないか。
ちょっと残念に思いながらも、軽く相槌を打って彼女の話を聞いていることを伝える。
「…………まぁ、今は、本気で好き、だけど……」
そう何か咲茉は呟いたが、小声すぎてゲームの音にかき消されて俺の耳にまで届くことは無かった。
俺は今聞き返すのはマズいかなと思い、もう一度答えてもらうなんてことはせずにゲームの電源を落とした。
また聞こえないなんてことがないように。
「……とりあえずなんとなくは理解した。けど一応言っとく。俺は絶対に咲茉をいじめたりしないからな……?」
「その言葉信じていいの? 私、今まで色んな人に散々嘘つかれてきたけど」
とか言いながら、彼女は少し嬉しそうに顔を赤らめて視線を泳がせているのはどういうことなのだろうか。
そんな事は気にせず、俺は言葉を返す。
「信じていい。なんなら助けてやるよ」
そう言うと、前にも同じような事を言ったのを思い出して、俺はだんだんと恥ずかしくなってきた。
顔が赤くなっているのを見られたくなくてうつむくと、その姿を見て咲茉は笑った。
「勇気が出れば、でしょ?」
「……俺だって怖いんだよ」
「ふふ。でもそれを言ってくれるだけで、だいぶこっちは嬉しいんだよ?」
「……なら良かったけど」
どうしてかはわからないが照れてきた俺は、聞きたいことはもう知れたからと言い訳をして無理やり彼女との会話を中断すると、すぐにゲームを再開した。
咲茉が家に来てから、時々調子が狂うような気がするのは勘違いなのだろうか。