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意地張って婚約破棄しようとしたけど上手くいかない!! ~そりゃ両思いだもん~

作者: 南の水平線

 麗らかな日射しがウィットニー侯爵領の棚田に長閑に降り注ぐ中、ウィットニー侯爵家の一人娘、コクリコットは大変に怒っておりました。貴族にしては質素な部屋の中で侍女のケイトを前に頭を抱えている彼女の顔は怒りに歪んでおりますが、それでも美しいと思えるのは素の顔がいい証拠でありましょう。



 さて、このような気持ちの良い日彼女はどうして感情を発露しているのかと言えば、どうにも目の前の侍女が使えないからでした。



「ケイト!まだハルの弱みは見つからないのかしら。ハルだって年頃の男でしょう。弱みの一つや二つあって然るべきだわ」



 コクリコットは婚約者であるハルシオン・バーフォードの落ち度を血眼になって探していました。それもこれもハルシオンに婚約破棄を突きつけるため。彼女は日夜ハルシオンのことを調査していたのですが、調査開始から一ヶ月が過ぎた今でも、勝利をもぎ取れるような弱みは見つかりませんでした。



 いくら調べても暖簾に腕押し、糠に釘といったような現状に、我慢の限界を迎えてしまったコクリコットの抑えきれぬ激情が噴出しました。しかし、彼女には素を見せて気持ちを発散する相手が小さな頃から自分に仕えてくれているケイト以外にいなかったものですから、その気持ちをぶつける相手は必然的に決まってしまいました。ケイトからすればあまりにも理不尽なことですが。



「お言葉ですが、お嬢様」


「何よ。言えるものなら何か言ってみなさいよ!」


「はい、言わせていただきます。しかし、これはお嬢様自身が望まれたことであるという事実をいつもの如く、その都合のいい脳みそが忘却されません事をお願いするばかりでございます」


「あんたこそ、いつも不敬なんだけど!?お父様に言ってやめさせるわよ!?」


「お嬢様こそ、私がいなくなってまともに生きてゆける自信があるのならばそうなさればよろしいと思いますが」



 コクリコットはケイトがいなくなったらと具体的に想像するまでもなく、本能的にまずいと悟りました。実は彼女は典型的な内弁慶で、自分一人では誰とも緊張しすぎて話すことすらままならないため、隣には常にケイトが付き添って彼女をサポートしておりました。



 つまりケイトがいなくなるとコクリコットは死にます。これは比喩ではなく、貴族間で上手くコミュニケーションが取れず、省かれて、知らぬ間に恨みを買って、死にます。それだけはなんとしてでも避けなければならないとコクリコットは焦りました。


 

「そんなことより!ってちょっとどこに行く気なのよ、待って!ケイト~!」


「いえいえ、私は不敬でございます故、他のメイドを雇えばよろしいではありませんか」


「やだやだ~!ケイトじゃないとだめなの!ごめんなさい。やめないで~!」



 そういって全身の力をつかってケイトを引き留めようとするコクリコットの目には涙が浮かんでおりました。残念ながら、コクリコットはただの雑魚ではなく『クソ雑魚』でございました。



 ケイトはそんな自分の主に対し、もはや敬意は塵ほどにも存在しませんでした。彼女がコクリコットに仕えている理由としては、『自分がいないと死にそうなほど雑魚だから』でした。



 必死に自分を求める、クソかわいそうなご主人様を見たケイトは満足そうに微笑んだ後、その腕で優しくコクリコットを包み込みます。



「冗談でございますよ。お嬢様。私はずっとお嬢様に忠誠を誓っております。一生お側に仕えさせていただきます」


「ケ、ケイト~!」



 ケイトは自らの豊満な胸に顔を埋めるコクリコットを見ながら、愉悦に浸っておりました。口元がニチャアと歪みます。ケイトの全身に余すところなく快楽が回っていました。



 厳しくしてから、優しくする、典型的なDV男の手口ではございますが、コクリコットは雑魚なので全く気づいておりません。



 先ほどの言葉は嘘ではありませんでした。ここまで雑魚で、馬鹿で、よく鳴く、面白い存在を手放すわけがない、という意味ですが。



 コクリコットが泣き止むと同時に、ケイトの擬態もまた元に戻ります。



「さて、お嬢様。先ほど言おうとしていたことなのですが」


「そういえば、そうだったわね」


「そもそもお嬢様はハルシオン様のことを好いておられるのに、どうして婚約破棄をなさるのでしょう。意味が分からないのですが」


「す、す、すきなんかじゃないもん!」


「もん、って……」



 もちろん嘘です。



 コクリコットはハルシオンに初めて出会ったときから、ずっと恋い焦がれているのです。しかし、幼き頃よりつれない態度をとってきてしまった結果、もはや自分自身でその感情を認めることは出来ませんでした。つまりはツンデレです。



 拗らせすぎた恋心はどうしてそうなったのか、婚約破棄をしてやろうと思うまでに至りました。ケイトからすればこの主の言動に一々理由を求めるのは馬鹿らしいとは重々承知であるものの、自分の欲望とまるきり逆の行動をとっていることについて確認をとらずにはいられませんでした。



 するといじらしく体を揺らしながらコクリコットは呟くのです。



「だってハルが私のことみてくれないんだもん!」


「もん……」


「とりあえず!今後もハルの情報収集は続けること!そして婚約破棄を持ちかけるのよ!そしたらハルだって、悪かったなって思って、私のこと見てくれたりして…………?キャーッ!!」


「…………上手くいくといいですね」



 もはや相手に振り向いて欲しいと言う気持ちだけが膨らみ過ぎて、押してもないのに引いてみた作戦を実施してしまった現状、客観的に見れば、悪手も悪手、すぐに駒台に手を置いて投了もやむなしの状況ではございますが、自分を客観視するなどという高等技術をこちらの雑魚姫様がもっているはずもなく、これで上手くいくのだと信じ込んでいらっしゃるのでした。



 おお、かわいそうな頭のコクリコット様、貴女は一生私を楽しませてくれるでしょう。こうしてケイトは何が何でも侍女の立場を離れるわけにはいかないのでした。



 ◆◇◆◇◆



 さて一方、バーフォード侯爵家ではハルシオンが困っておりました。部屋の中を右へと左へと、あっちにいっては頭を抱え、こっちにいっては地団駄を踏む。やたら目につく美しい金髪に、形の整った顔、まるで一枚の絵画のようで、見かけるだけで眼福と思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、そんな姿を見て執事のギャリはどうして我が主はこうも頭が弱くみっともないのだろうか、とため息をついておりました。



「ギャリ、そろそろコットの弱みが見つかる頃だろうか」


「知るか」


「おい、不敬!」


「こっちはいつだってやめる準備は出来てんだ。自由にやらせろや」


「あ、ごめんなさい。やめないでください」



 二人はどこかで見たことのあるようなやりとりをしていました。ギャリはもはや執事という柄でもなく、辞職して冒険者にでもなりたかったのですが、ハルシオンが女々しく泣くのと、バーフォード伯爵家現当主たっての願いということもあり、嫌々、渋々、仕方がなく、執事という仕事を続けておりました。なぜ彼が求められるのか、それは単純に戦闘力の高さ、及び仕事の処理速度を鑑みてのことでした。



 ハルシオンは領主としての力や勉学的な能力は長けていましたが、それ以外となるととんとダメで、特に恋愛関係などは目も当てられません。そんなハルシオンのそばにいて、ギャリのストレスはたまる一方です。



 ただ、ギャリもギャリで愚かな人間を見ると自分が肯定されたようで気持ちがいいのと、小さい頃からの付き合いであるハルシオンを見捨てるのも憚られたため、人の良さで仕事を続けているようなものでした。仕方なく、本当に仕方なく、ハルシオンの醜態を見られる分は仕事を続けてやってもいいかなとも思っていました。



 ただ、ハルシオンの面倒をみて得られる肯定感と、ストレスを比較すると見合っていないと感じていましたが。



「つーか、ハルシオンよお。一個聞かせてくんねえか」


「何だ。ギャリは僕のことなら何でも知っているとばかり思っていたが、まだ知らないことでもあったのか」


「うるせえ、お前のことなんか何にも知らねえよ。じゃなくて、お前、コクリコット様のことが好きなくせにどうして、婚約破棄なんかしようとするんだ。俺には意味がわかんねえわ」


「…………僕だって知りたいんだよ!コットと対面すると心にもない言葉が口から飛び出てくるんだ。これは何かの呪いに違いない、きっとそうなんだ」


「阿呆め、ヘタレなだけだろうが」



 ギャリの遠慮も何もない言葉の刃物に弱点を突き刺され、ハルシオンはもはや瀕死でした。思い当たる節しかありません。顔を見合わせては、また綺麗だとか可愛いとか抱きしめたいとか気持ちはどんどん浮き上がるのですが、口から出てくるのは憎まれ口ばかり。それに対してコクリコットもツンデレを発揮してしまうため、売り言葉に買い言葉、泥沼の喧嘩状態になってしまうのです。



 皆様ご理解の通り、ハルシオン、コクリコットは両思いでした。だからこそお互いがお互いの瑕疵を探そうとしても当然見つかるわけがないのです。なぜなら、二人は婚約破棄をしたとして次の相手を見繕っているわけでもなく、他の異性との接触すら全くと言っていいほどないのですから。



 ケイト、ギャリ両名はこんな状態で相手の情報を探り合うのも馬鹿馬鹿しいため、最近は一ヶ月一度、二人で町中のカフェでスイーツを堪能しながら近況を報告する会を開くまでになりました。情報戦を真面目に行っていたのは初めの一ヶ月ほどで、お互いが両思いである事が判明してからはもうやる気などありませんでした。



「ヘタレって…………の、ノーガードの顔面にパンチを入れなくてもいいじゃないか」


「男だろうが。もっとしゃんとしやがれ」


「できてたらもうやってますー!」



 ケイトもギャリもそれぞれの主に「あなたたちは両思いですよ」と言ってしまうのは簡単です。しかし、二人はその方法を取ろうとはしませんでした。なぜなら、二人は現状のままコクリコットとハルシオンが結ばれても良い結果にはならないだろうと予想したからです。



 特にケイトはコクリコットをある意味溺愛しておりますから、どれだけ好かれているとはいえ、出会い頭にコクリコットを貶す男なんてもっての外、このまま結婚してしまったら頭の弱い我が主はきっと今までされた都合の悪いことを全て忘れてハルシオン大好き人間と化してしまうことは予想するまでもない未来ですが、それはもっとハルシオンが頼りがいのある男に成長してからの話です。



 と、勿体付けて理由を付けましたが、ケイトは単純にハルシオンにコクリコットを取られるのが嫌なのです。自分が納得出来るまではコクリコットを誘導でも洗脳でも何でもして結婚させないつもりでした。



 しかし婚約破棄させてしまうのは博打です。もし、ハルシオンとの婚約が破棄され、ケイトに新たに婚約者が出来たとして、その婚約者がコクリコットを蔑ろにしないとも限りません。その点、ハルシオンは気にくわないところが多々ありますが、コクリコットを愛しているという一点だけは認めてやらんでもないのです。



 だからケイトが求めるのは現状維持でした。



 ギャリはというと、ハルシオンが結婚なんてことになると、バーフォード侯爵家の内情から鑑みて、ハルシオンが家督を継ぐのはほぼ間違いがないでしょう。すると自動的に自分が侯爵家の執事長になってしまいます。ギャリはそんな事態を大変危惧していました。



 ギャリは執事という今の職をいまひとつ気に入っていません。本当は貴族の立場なんかを捨ててしまって、冒険者や傭兵になって誰かと戦っていたい性格なのです。それに一つの場所にずっと居るのも性に合いません。様々なところを巡り歩き、気ままに宿を決め、ふらふらと生きていきたいのです。



 しかし、執事長ともなるとそうはいきません。執事長とは家長の隣で事務仕事の統括管理を行う係ですから、求めている生活とは真逆です。しかも、公爵家や侯爵家の執事長は国王から身分を賜るしきたりとなっています。つまり、一度就いてしまえば辞めることができなくなってしまいます。



 だからギャリは婚約が成立する前になんとか今の立場を返上しなければならないのでした。しかし、現状ではバーフォード侯爵家が逃がしてくれそうもありませんから、どうにか策を練らなければならないのです。



 つまりは現状維持。膠着状態が長く続けば続くほどチャンスは巡ってくると考えていました。



 こうしてケイトとギャリはお互いの目的を共有し、協力関係となりました。その時の固い握手と、歪みきった笑顔は他の人に見られれば、間違いなく警邏に通報されていたことでしょう。



「もういい!今後もコットの情報収集は続けること!そして婚約破棄を仕掛ける!そうすればコットだって素直に僕を求めてくれるはず!」


「はいはい。分かった分かった」



 コクリコットとハルシオンはお互いに同じ事を考えているなんて考えつきもしませんし、お互いに自分が優位である事を疑っていません。



 しかし、いつまで経っても二人の婚約破棄は成し遂げられることはないでしょう。



 お互いが素直になって、いちゃいちゃラブラブお似合いカップルになり、ケイトが嫉妬で狂い、ギャリが頭を抱える未来がくることは、まだ誰も知らないのです。

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