平野奈津
私は、そこそこ幸せ、なのかな。もしかしたらそこそこ不幸なのかもしれないけど。
私はずーっとそこそこの人生だ。そこそこの顔で生まれ、勉強もそこそこ、運動神経も同じく。
スイミングはずっと習わされていたけれど、何の結果も残さず小六で辞めた。
中学の部活は吹奏楽。人数が少ないから楽器はもらえたけど、(フルートだった)我ながらなんのセンスもない演奏だった。
高校はそこそこの公立高校。部活は入らず、ファーストフードでバイトしてた。学校でもバイト先でもみんなと仲良くやれてたし、それなりに楽しい高校生活を送れたと思う。
高三で同じクラスになった凪沙は、最初クラスで浮いていた。なんかお高くとまってる、とか言われてて。私は別に何とも思っていなかったので、席が隣になった時にいろいろ話してあげていた。そしたら、なんか懐かれてしまった。
どこへ行くにもついてくるし、私が他の子と話しているとやきもちを焼くし、面倒な『かまってちゃん』だ。けどまあ、害があるわけでもないし、卒業したら会うこともないだろうと思っていた。
それから凪沙は東京の女子大へ行き、私は地元のスーパーに就職。その時の同期入社が、高校の同級生の平野圭太だ。高校では喋ったこともなかったけど、話してみると真面目ないい人だった。
初めての仕事で辛いこともたくさんあったけど、圭太と励まし合って頑張って乗り越えた。そのうち自然に私たちは付き合うようになり、二十三歳になった時結婚した。
ちょうど同じ頃、凪沙も結婚するとかで、招待状が送られてきた。私の結婚式には、凪沙を呼んでいなかったんだけど。だって、高校卒業以来一度も会ってなかったんだから。
凪沙の結婚式はとにかく凄かった。格式のあるホテルの大広間で、政治家の秘書なんかも来てて、とにかくたくさんの人。私のペラペラのドレスでは場違いなくらい、皆着飾っていた。
高校の同級生は私だけ。あとは、女子大の友達が大勢来ていた。綺麗で華やかな、別世界の人たち。同じテーブルに座らされた私はずっと居心地が悪かった。
頼まれていたスピーチをなんとか終わらせるとやっとひと心地つくことができた。あまり思い出もないのにスピーチなんて、考えるの大変だったし。ちょっと大袈裟にエピソードを捏造して話したけど、凪沙は感極まった顔をしていた。
旦那さんはちょっと年が上みたい。でもお医者さんだから、裕福な暮らしは約束されているだろう。
凪沙は、『お嬢様』扱いされるのが嫌だ、といつも言っていた。自由な奈津が羨ましい、私もバイトとかしてみたいって。
そんなに言うならやればいいのに。私だって、やらなくていいならバイトなんてしない。お小遣いが足りないから、仕方なくバイトしてるのだ。
凪沙は甘ちゃんだよなあ、と私は思っていた。言わなかったけど。
凪沙は結婚後すぐに妊娠した。
なぜそれを知っているかというと、凪沙は地元に友達がいないのでまたまた私に付き纏うようになったのだ。できれば縁を切っておきたかったのに、時既に遅し。ああ、結婚式なんて行くんじゃなかった。
凪沙はしょっちゅうLIMEで自分の日常を送ってきていた。大学時代の思い出(私には全く関係ない話)や夫、姑の愚痴など。返事をするのがすごく面倒くさいやつ。返事しないと何回でも送ってくる。
そして、子供が生まれると写真付きで毎日のようにその成長振りを送ってくるようになった。
「子供ってすごく可愛いわよ。奈津も早く作ればいいのに」
私だって欲しいと思ってるのに。出来ないんだからそんなこと言わないでよ、と思っていた。言わないけど。
それでもようやく私も妊娠した。凪沙はやっと奈津とママ友になれたわ、と言って喜んでいた。
「奈津だと気を使わずにいられるから楽なの。医師の奥さん方とのママ友付き合いももちろんあるのよ? 幼稚園が同じだったりするから。でもマウントの取り合いばっかりで疲れるのよね。奈津と話すのが癒しだわ」
でも実を言うと、私はずっと凪沙からマウントを取られていると感じている。
お金があっても幸せじゃないと言いながらお金のかかる習い事を子供にさせ、身体にいい高級な食べ物を与え、毎年海外旅行して。
高くて綺麗ないい服を着てブランドのアクセサリーを見せつけておいて、『奈津は自由でいいわねえ』と言う。『ちゃんとした服を着ておかないとみっともない、って姑に言われるのよ。私も奈津みたいな楽な服装にしたいわ』って。
会うたびに私は自分が惨めな気持ちになるのを感じていた。
うちだって、貧乏なわけじゃない。出産でスーパーは辞めたけど、もう少し子供が大きくなれば復帰するつもりだ。
毎月少しずつだけど貯金もしている。でも贅沢はできない。子供の学費のために節約できるところはしていかないと。いつかマイホームだって建てたいし。
だからホント言うと、凪沙の愚痴を聞かされるためだけに高いカフェとか行きたくない。
こちらの都合なんて考えずに誘ってきてるんだから奢るくらいしてくれたらいいのに、なんてさもしい考えが浮かぶくらいは煮詰まっている。
だけどそれを本人に言うことができない気の弱い自分が一番嫌だ。
これからずっと凪沙の愚痴とマウントに付き合わされる人生だとしたら、私はかなり不幸なのかもしれない。