猪突猛進
本日の授業も終わり、教室はガヤガヤと一日の学業から解き放たれたクラスメイト達のざわめきで満ちる。
「ふうくんに頼みたいことがあるんだけど良いかな?」
上目使いで小動物のような更紗の頼みごとを断れる男は果たしているのだろうか?
きっぱりと断れるの皐月はぐらいなものかもしれないな…
俺でさえなんやかんやで頼みを聞いてしまうし…まァ更紗は基本的に自分で出来る範囲はきちんとこなすし、それを越える場合は礼儀正しく他人に助力を求めるタイプだ。
だから今回は自分一人じゃ無理なんだろうな。
「ん、なんだ?」
「ちょっとふうくんのお家に行く前に繁華街の方行きたいんだけど…付き合ってくれないかな?」
「そりゃ良いけど…なんか繁華街に用でもあるのか?」
「うん、奥の方に美味しいケーキ屋さんがあるんだけど、あの辺りって治安あまり良くないからボディーガードにふうくん♪」
確かにあの辺りはこの辺の不良達の溜まり場になってるから女の子にゃ危ないか…同じ女の子でも春華なら一人で不良達を伸すだろうけど…
「皐月じゃなくて俺でいいのか?」
なんとなく幼馴染みを茶化してみる。
「さっくんだと逆に絡まれちゃうよ…この前も危なかったんだから。」
「それもそうだな…」
確かに皐月はボディーガードになるかもしれないけど、この辺りじゃ有名過ぎて絡まれるわな…
「じゃあ、行こっか。」
「あぁ。」
チバカやサキ達に挨拶し俺たちはクラスを後にした。
†
「あっ! ふうくん、子猫だよ。」
二人で繁華街を歩いていると更紗がビルとビルの間の路地でまだ小さい黒猫を見つける。
「ホントだな。で?」
「だから子猫だよ。」
「ホントだな、で?」
「だから子猫だよ。」
「ホントだな、で?」
「だから子猫だよ。」
「ホントだなってもういいわっ! そんなに見たいなら近くで見てくりゃいいだろ。」
「いいの!?」
「あぁ、好きなだけ可愛がってこい。」
無類の猫好きである更紗は黒猫のいる路地裏へ小走りで駆けていく。
ベチッ
「うぇ〜ん…ふうくん…」
「この…ばか。」
俺は頭を抱えたくなる衝動を抑えて更紗がコケた場所まで走る。
「ふうくん…」
「大丈夫か?」
近くに寄って更紗を見下ろすが怪我は無さそうだ。
「うん、びっくりしたけど怪我はしてないみたい。」
「そりゃ良かった…で、言いにくいんだが更紗に伝えないといけないことがあるんだが…」
「ん? なにかな?」
「…パンツ見えてるぞ。」
更紗のスカートが捲れて薄いピンク色の可愛いパンツがばっちりと見えている。
ごちそうさまです。
「きゃぁぁぁ!?」
「わ、悪ィ…とりあえずスカ「そこのお前っ! その女の子に何をしようとしているんだっ!?」」
「ふえ?」
普段なら出さないような間の抜けた声を出した俺は後ろを振り返る。
振り返ったそこには長い黒髪をポニーテールにし、意志の強そうな目をしている東雲学園の制服を着た女の子がこちらを睨んでいた。
「お前はこんな路地裏でか弱い女の子に一体何をしようとしているんだ、と聞いているんだ。」
「・・・?」
通りから少し離れた薄暗い路地裏、転んで涙目の女の子、しかも若干衣服が乱れてる…
えっ? 俺、なんか暴漢とかに間違われてる?
「どうやら暴漢の類のようだな…ならば私がその腐ったお前の性根を叩き直してやろう。」
「ちょっと待て! 話せば分かる。」
こんなお約束なセリフを言うとは思わなかったが果たして聞いてくれるだろうか…
「問答無用!」
「くそっ、やっぱり無理か。」
女の子は肩に掛けていた鞄を地面に落とすと一気に間合いを詰めてきた。
「ふっ。」
体重を乗せた鋭い突きと蹴りを次々と繰り出してくる。
「っ!?」
これは…動作に型がないから独学か? それでいて動きに無駄がない…強いなコイツ。
しかも狙ってくる場所が人体急所とくるからたちが悪い。
首筋にきた蹴りを腕でガードするが結構重い。
「むっ、やるな…」
「ふうくんっ!?」
「危ないからあなたは下がっていろ。」
お嬢さんよ…今の更紗の愛称で俺たちの関係ぐらい把握してくれよ…。
学園内じゃ有名な俺たちを知らないってことはコイツ、多分新入生なんだろうな。
「ぐっ…」
脇腹を抉るような蹴りをなんとかガードするが、これは女子高生、しかもついこの前まで中学生だったヤツが出す威力じゃないだろ…
「ハァ、ハァ…なかなかやるな、お前。私の攻撃をこんなにいなせる輩はそうはいないぞ。」
「そりゃお褒めに頂き光栄至極。」
「私が病み上がりじゃなかったらもう終わってるはずだったのだが…」
これで病み上がりかよ…今まで闘ってきな中で間違いなく上位の強さだぞ。
春華を彷彿とさせる強さを持ってるけど、まだ春華のが強い。
さて、どうやって勘違いを解くかな…
「・・・うしっ、一旦行動不能にしてから話すか。」
「何がだ?」
流れるように突き出された鋭い蹴りを逸らして、女の子に当て身を喰らわせる。
「うぐっ!?」
そして体制を崩したところを足払いをかけ、地面に転がったところで両手を背中で抑えて“対春華・皐月用の秘密兵器”を内ポケットから取り出す。
ガチャッ
「は?」
「オマケでもう一個。」
ガチャッ
女の子の両手を“手錠”で後ろに拘束し、さらに壁にある雨樋にもう一つの“手錠”を使って拘束する。
「お前っ!? なんでこんなモノ持っているんだ?」
「周りにお前みたいに暴走する奴がいるから持ち歩いてんだよ。さて、話を聞いてもらおうか。」
「ふんっ! お前みたいな奴からの話を聞く耳なんて無い。」
「ハァ…、更紗。とりあえず説明よろしく。」
後ろに控えている更紗に説明をバトンタッチする。
「わかったよ。」
「へ? まだ逃げてなかったのか?」
「えっと…」
更紗が俺たちの関係やさっきの状況に至るまでの説明を目の前の女の子にする。
†
「ということだ。」
すでに手錠は外してある。
「すまなかった。つい早とちりしてしまって迷惑をかけてしまった。なんとお詫びしていいやら…」
「気にすんな。こんなん日常茶飯事だ。」
いや、ホントに…
「しかし…」
「そういえば名前も聞いてませんでしたね。私は国枝更紗です。東雲学園の三年A組に在籍してます。」
このままだとずっと引きずりそうな女の子の言葉を遮って更紗が話題を変えてくれる。
「俺は国崎風樹。更紗と同じ三年A組に在籍してる。」
「なんだ、二人とも私の姉と同じクラスなのだな。」
「「え?」」
「私の名前は御巫 渚。よろしくな、国崎先輩に国枝先輩。」
「御巫…」
「渚…」
「どうした? 二人とも固まって。」
(に、似てねぇ…)
いや、よくよく見ると顔の造りは似てなくはないけど…コイツのが身長高いんだな。
てか性格が…違い過ぎるだろ? 姉は常にハイテンションで妹は…古風?
「そういや…昨日御巫に」
「御巫?」
「姉の方な。スーパーで御巫姉に会ったんだが…妹が風邪引いたからとか言ってたけど、それってお前だったのな…」
「あぁ…昨日は風邪で入学早々学園を休んでしまった。一昨日の日曜日に初めて勝負に負けてしまって、その時にちょっと…」
とりあえずコイツが喧嘩強いのは分かったけど…
「今まで負け無し?」
「ん? 今までと言っても一昨日までだがな。今は267戦265勝2敗だ。」
というか…このお嬢さんは一体どういう生活を送っているのだろうか…
「御巫さん。女の子だからあまり無茶しちゃダメですよ。」
「ご忠告傷み入ります。国枝先輩。しかし、無茶と無謀の違いはわきまえていますのでご安心を。」
「そ、そう…」
「それと、国崎先輩に国枝先輩。私のことは渚で結構です。御巫だと姉と被りますので。」
「ん、わかった。なら俺は…ナギとでも呼ばせてもらおうかな。」
「私は渚さんで。」
更紗には敬意を払った喋り方なのに、何故か俺の方には敬語じゃないのは?
まァいいけどな。
「しかしお二人は何故こんなトコに?」
「ん? あぁ、なんかこの辺りに上手いケーキ屋があるらしいからそれを買いに。」
「ガトールか?」
「あ、そこです。美味しいケーキを買いに…ただ治安が良くないんでボディーガードにふうくんを連れて来たんです。」
「この辺は本当に危ないですからね。確かに女性の一人歩きはしないようにしてください。」
「お前はいいのか?」
「私は大丈夫だ。あんな奴らに遅れを取るものか。」
あまり危機感というものを感じて無いのか? コイツは…
「まァ、お前が強いのは分かるが一昨日も負けたみたいだし、多勢に無勢や不意打ちや相手が武器を持ってる可能性だってあるんだから気をつけろよ。」
「何度も言うが大丈夫だ。無茶と無謀ぐらい弁えている。それにアイツ等には正義の鉄槌を与えなければ…」
あぁ…アウトだな。
「あんまり正義とか言って暴力を振りかざすもんじゃないぞ、ナギ。さっきの話を持ち出すのもなんだが…お前の勘違いで怪我人を出すかもしれない。それに俺は行き過ぎた正義は一番の悪だと思う。」
行き過ぎた正義を突き詰めると戦争だと俺は思う。
同じ人間を殺して何故英雄などと褒め称えられるのか心底理解出来ない。
「・・・」
「自分が取る行動にはちゃんとした意味と責任を持てよ。」
「分かった。」
「ならいいや。げっこんな時間になっちまった!? 更紗、そろそろ行こうか。」
「あ、うん。」
「時間を無駄にさせてすまなかった。国崎先輩、国枝先輩。」
「別に良いさ。可愛い後輩の間違いだ。」
「そうですよ。それに渚さんと会えたし、人の縁て大切ですしね。」
「ありがとうございます。」
『それにしても国崎先輩は強いな。出来たら指導を仰ぎたいのものだが… 御巫渚』
『断る。 国崎風樹』
†
「さて、ケーキも買ったことだし、家に行くか。みんな待ってるだろうよ。」
「うん、二人に会うのが楽しみだよ。」
隣りを歩く更紗が破顔して嬉しそうに言うその姿がとても微笑ましい。
更紗も子どもが好きだから二人に会うのが楽しみらしい。
「あんまりはしゃぐなよ。また転ばれでもしたら大変だ。」
「うぅー、ふうくんのいじわる…」
更紗が上目使い+少し涙目で睨んでくるが黙殺する。
まともに取り合ったら更紗の容姿も手伝って激しい葛藤に悩まされるためだ。
「まァ、今のは悪かった。せっかく二人に会うのを楽しみにしてたのにあんな言い方して。」
更紗の頭をポンポンと優しく叩き、幼馴染みの一番好きなスキンシップで機嫌を取る。
「ん〜、いいよ…許してあげる。」
目を細めて気持ち良さそうに言う更紗。
いつまでも道端で止まっているわけにもいかないので頭をポンポンとするのを止め、歩みを進める。
更紗が少し残念そうだったのなんて俺は知らない…知らないったら知らない。
†
雑談しながら歩くと時間が過ぎるのもあっという間で気が付けはもう我が家の前だった。
「さっくんも来てるみたいだね。」
車庫にスズキのGSX1400が止まっている。
「アイツまたバイクで学園に行ったな…」
「仕方ないね、全くさっくんは…」
「まァいいや…家入るか。」
「うん。」
「ただいま。」
「お邪魔します。」
ガタッ バタバタ
「パパ、おかえり〜♪」
登場人物更新しました。
ぶっちゃけ要らない話です。
と言うと語弊がありますが本編に関係ない話のようなものです。
というか誰がヒロインだよって感じですね。