09 一難去ってまた一難
「——————なるほど、そんなことがあったのね……」
無事にクラスメイトの治療を見届けた俺は、保健室にてオダギリ先生から事情聴取を受けていた。
主に昨日遭った出来事を話の軸として進めていたものの、やはり今回のような惨状を未然に防ぐためにも不良の行動からの憶測についてなんかの説明も必要不可欠だろう。
とはいえ、俺が不良の反感を買わなければ、クラスメイトが傷つけられることもなかったし桜が危ない目に遭うこともなかったはずなのだ。
でも、仮にそうすれば妹であるヒヨミを昨日守れなかったわけで——————
「俺には分からないんです。自分が取った行動が正しかったのかどうかが……。ヒヨミを助けたからクラスメイトを傷つけてしまった。だからと言って、ヒヨミを助けなかったら今回の惨劇は起きてなかったはずなんです。俺の取った行動は正しかったのでしょうか……?」
押し殺すような酷く冷たい声でオダギリ先生に問う。
すると、オダギリ先生は顔を下に向ける俺の頭をポンポンと優しく叩き、良い意味で弱っている男を誘惑するような甘く優しい音色を奏でた。
「妹さんを助けた後の結末を知ってしまったからアサウミ君は悩んでいるんだよ。もし、その時妹さんを助けなかったら、きっとアサウミ君は後悔してたと思うよ?」
「そうでしょうか……?」
「そうだって、それにね、人生っていうのは後悔の無い選択肢なんてないんだよ? だからこそ、アサウミ君が直感的に委ねた判断に任せていいと思う。それがアサウミ君の中での最適解のはずだから」
「先生……」
やばい、先生が先生じゃなかったら完全に惚れてたわ。
だけど、今の俺たちは先生と生徒であって、決して恋愛感情を抱くことは絶対にありえない。
そう、決してありえないのだが——————
「——————先生とシンヤはどういう関係……?」
ムッとした表情でサクラが俺たちに問う。
「……は? どういう関係って、先生と生徒だろ?」
「そうですよ、今だって落ち込んでるアサウミ君を慰めようとしただけで……」
「そうなの……?」
どうやら、さっきの先生の行動を目にして俺たちの関係性が気になったらしい。
全く、変な勘繰りをしたら生徒を気遣おうとした先生に大変失礼だろ。
「でも、先生じゃシンヤとは釣り合わないと思う……」
「それは先生に失礼だろ!? むしろ俺の方が先生と釣り合ってないっての!」
「そうなの……?」
サクラは転校初日だから知らないのだ。
オダギリ先生がどれほど多くの男子生徒に愛さているのかを。
しばらくしてから、サクラが「そうなんだ……」と一言だけ呟いてこの話はここで幕を閉じた。
脱線した話を本筋に戻すと、オダギリ先生曰く、今までの俺のしてきたことは全て間違いじゃなかったらしい。
直感的に思ったことが俺の全てであって、その指し示された道に沿って歩いて行けばいい。
だから、俺はこれからも自分の直感を信じて、後悔のないように生きていけばいいのである。
「先生のおかげで自信が持てました。ありがとうございます」
「うん! ……って、あ、そういえば!」
オダギリ先生が、何かを思い出したかのように突然声を上げる。
「どうしたんですか?」
「そういえば、サクラさんのバッグの件なんだけど、どうやら職員室には届いてなかったらしいのよ」
「あ~、そうですか……」
やっべ、完全にサクラのバッグのこと忘れてたわ。
まあ、クラスメイトが不良に襲われているという一大事件が発生してしまったのだから、件が意識外に抜け落ちてしまったのも無理はない。
だけど、そうなればサクラのバッグは一体どこに行ったのだろうか?
下駄箱に置いてなければ、職員室にも届いていない。
双方の道理が叶わない理由がそこにあるとすれば、残る選択肢は一つしか残されていない。
これは勝手な俺の推測による決めつけだが、その人物————いや、その輩たちに心当たりがあった。
「とりあえず、もう少しで授業が始まるので教室に戻ります。サクラのバッグは休み時間の間にでも探すとします」
「うん、その方が良いわね。それじゃあ、とりあえず教室に——————」
と、オダギリ先生が言いかけたその瞬間に凄まじい爆発音が俺の鼓膜を猛烈に震わせた。
校舎内がゆらゆらと横揺れ、十秒も経たないうちに揺れは完全に収まったのだが、これは決して地震なんかじゃない。
「科学」という理系科目を専門とするオダギリ先生なら、嫌でもその異変に気が付いてしまう。
「誰かが校舎を爆撃してるわ! 二人とも、早く安全なところに——————」
咄嗟の爆撃による揺れから身を守るように頭を抱え込んでいたオダギリ先生が、すぐさま二人に指示を出す。
しかし、気が付いた時にはすでに二人の姿はそこにはなく、開いた窓から吹き込む風に揺られた純白のカーテンだけがオダギリ先生の網膜を酷く焼き付けた。
「コリュウ・ビャクヤ」——————「白虎夜行組」の総長にして最強の戦士。
収めた勝利の数は数知れず、対等に戦えるか、はたまた負かす者がいるとすれば、そいつは「四守の悪神」の誰かだと不良業界ならではの決まり文句があった。
それほどまでに、「四守の悪神」の存在は凶悪かつ凶暴で、不良だろうとなかろうと誰一人にして逆らう者は今の今まで存在していなかったのだが、つい最近にして歯向かう愚行者が「白虎夜行組」の目の前に姿を現したのである。
その男は、暇つぶし目的で女子生徒を拉致して来いという指示を出したコリュウの従順なる下僕を可愛がってくれた挙句、全不良を敵に回すような発言をコリュウの支配地で軽々と口にしたのだ。
そして、今朝方放った部下をまたしても、何事もなかったかのようにあしらってくれたという非常に不愉快極まりない事態。
それら二つの愚行が「白虎夜行組」総長であるコリュウを激昂させてしまった。
「総長殿、校内への大爆撃、一発完了しました!」
「良いだろう、俺たちに歯向かう愚か者がその姿を現すまで攻撃を続けろ」
「御意!」
コリュウには考えがあった。
「生霊力」の制限が掛けられる施設内よりも、外部からによる攻撃の方が「生霊力」の威力は何十倍にも増し、建物を崩壊させることなんざ容易いことだと。
それに、この国の基本方針として「未成人に重罪を下してはならない」という未成年を保護する規則が存在する。
つまり、いくら校内に大爆撃を撃ち込もうとも、大人たちは未成年相手を厳罰に処すことができないのである。
学校に向けて爆撃をしたところで、未成人なら重罪に問われることは絶対にありえない。
一体何のためにこんな縛りを作り出したのかにはかなり理解に苦しむところだ。
成人より未成人を守る政治体制を取ることによって生まれる事態の悪化を予測できなかったのだろうか?
もしそうだとしたら、治世者はかなりの大馬鹿者だ。
「総長殿! 一番から十番の大爆撃の準備が整いました、いつでも発射可能です!」
「よし、一斉に発射させろ。何が何でも愚か者を引きずり出せ」
「御意! 一番から十番、一斉に発射しろ!」
そして再び、大火力を含んだ火炎式大爆撃、計十弾を校舎に目掛けて一斉に飛ばしていく。