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スキル稼ぎは特殊個体により  作者: うちよう
一章 始まりの福音
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08 拳の意味

 ロッカーの上に確かにあったはずの黒革のバッグは行方を眩ませ、残っているのは焦げ茶色のローファーだけだった。

 誰かが動かしたことを吟味して、ロッカー周辺を隈なく探し回してみることにしたものの、結果としては悲劇的な状況になったとしか言いようがなかった。


 「もしかしたら、ここに置いて行ったから先生に持っていかれたのかもしれないな」

 「私のバッグを? 一体何のために……」

 「そりゃあ、ロッカーの上にバッグを置いちゃいけないからだろ?」

 「……よく分からない」


 とりあえず、不服そうに頬を膨らませながらプイッとそっぽを向いている彼女を連れて職員室へと向かうとしよう。

 運が良ければ、きっとそこに彼女のバッグがあるはずだ。


 「今から職員室に行こう。もしかしたら、そこに君のバッグがあるかもしれない」


 そう言って職員室へと足を踏み出そうとしたのだが、なぜか彼女はただ茫然とそこに立っているだけで後ろをついて来ようとしない。 


 俺、何か変なことでも言っただろうか?


 いや、先生に回収された可能性があるから職員室に行こうと言っただけだから、特に変なことは言っていないはずだけど……。


 「どうした? もしかしてバッグについて何か思い出したか?」

 「……名前」

 「はい?」


 ポツリッと言葉を零す彼女に思わず聞き返す。


 「名前、ないと不便……」

 「まあ、そうだな。でも、名前ないんだろ?」

 「そう、だから——————」


 彼女がゆっくりと近づいてくると、徐に俺の手を握ってくる。

 そして、彼女は誠心誠意を瞳に込めて俺に求めてきた。


 「——————名前、シンヤが付けて欲しいの……」

 「……はい?」

 「だから、私の名前をシンヤに——————」

 「いやいや、何で俺が君の名前を考えなきゃいけないの!?」

 「ダメ……?」

 「いや、普通にダメでしょ!」

 「ダメ……?」

 「……あの、人の話聞いてた?」

 「聞いてた、ダメ……?」

 「聞いてた上でお願いしてくるなんて、良い度胸してんな、おい!」


 いくら名前がないからって、普通同学年の男の子に名付けてもらったりしない。


 いや、そもそも名前がないこと自体、イレギュラーな事なんだけどね!


 名前がないのなら自分で好きなように付ければいいのにと思うのだが、捨てられた子犬のような瞳をする彼女にどうしても「ノー」と断言できなかった。

 次第には、彼女の純粋無垢な瞳に大分心をやられてしまっていき——————


 「——————あぁ、もう、分かったよ! 俺が君に名前を付ければいいんだろっ!」


 頭をわしゃわしゃと乱暴に掻き、彼女の要望通りに名前を考える。


 桃色の髪だから、桃っていう安直な名前でも悪くない気がするのだが、何だか最初見た彼女のイメージとは少し違う気がする。

 「妖精」——————というイメージに関連する言葉で思いつくものといえば「自然」だろうか?


 そしたら、「自然」に関連するような美しい名前が良いんだけど——————


 「——————あ、」


 ニッコリと微笑みながら名づけ待ちをする彼女の姿を目にした途端、その美貌にピッタリの名前が自然と思い浮かんでしまった。


 形容し難い美しい桃色の髪に、煌めく黄金色の瞳。

 そうだ、きっと俺は、彼女の優美なところに目を奪われてしまっていたんだ。

 だからこそ、彼女にはこの名前が一番ふさわしい。

 

 「——————サクラ。お前の名前、サクラなんてどうだ?」

 「サクラ……サクラ、サクラ……」


 噛みしめるようにサクラという言葉を幾度か口にする。

 お気に召してもらえなかったのだろうか?

 そんな俺の不安を他所に、彼女は大層ご機嫌な様子で唇を開く。


 「うん! 私の名前、サクラが良い! 凄く可愛い……」

 「気に入ってもらえてよかったよ。それより、職員室にサクラのバッグが届いてるかもしれないから取りに行こうか」

 「うんっ……!」


 とびっきりの笑顔に心を掴まれそうになるが、何とか平常心を保って俺たちは職員室へと向かっていく。

 どうやら、ホームルームを終えたクラスが大半のようで、廊下には何人かの生徒たちが立ち話をしていた。


 きっとA組もホームルームを終えて小休憩を迎えている頃だろう。

 そんな少ない人混みを掻き分けながら二人で職員室へと向かっている途中、廊下の先からオダギリ先生がこちらに向かって駆け寄ってくるのが目に入った。


 「アサウミ君! 話はツキノトさんから聞いたよ。それで彼女のバッグは……」

 「それが下駄箱にあったはずなんですけど、どこにも見当たらなくて……。職員室に届いてないか今から向かおうとしてたところです」


 一通りの事情を説明すると、オダギリ先生は状況を把握したようにコクンと一回首を縦に振る。


 「わかった、とりあえず、アサウミ君は彼女と一緒に教室に戻ってて? 私が職員室に届いてないか聞いてみるから」

 「分かりました、それじゃあお願いしま——————」


 そう言いかけたところで、表情の無い人形のような顔でサクラが口を挟む。


 「——————サクラ」

 「……ん?」

 「私の名前、サクラ。さっきシンヤに付けてもらった……」

 「え? あ、あぁ、そうなのね……」


 サクラの唐突な発言に、オダギリ先生は動揺していらっしゃる。

 というか、サクラのバッグを探してるんだから、まずは礼の一つぐらい言うべきじゃないのか?

 それと、俺が名前を付けたとか不用意に言わないで欲しいんだけど。


 「それじゃあ、アサウミ君とサクラさんは教室に戻っててね」

 「はい、分かりました」

 「よろしくお願いします……」


 オダギリ先生の背中を二人で見送り、指示通りA組のクラスへと戻っていく。

 それから五分も経たずにA組のクラスへと辿り着いたのだが、教室の前が何だか騒がしかった。


 「一体何の騒ぎだ……?」


 人混みを掻き分けて最前列に立った俺は、憤る自分の心に激しく戦慄した。

 それもそのはず、目の前に広がる光景はあまりにも残忍で、悲惨な様だったのだから。


 ——————クラスメイトが不良に殴られている。


 振るわれる拳は一発だけに飽き足らず、何度もクラスメイトの顔面を突き刺す。

 そんな残虐非道な光景をいつまでも見ていられず——————


 「——————お前、何してんだよ!」

 「あぁ? あぁ、ようやく現れたかこのシスコン野郎……」


 俺の声に反応するかのように、首をグルッと背後に向けた不良がこちらを窺うなり罵声を浴びせる。

 そうか、やっぱりこいつがカナトの言っていた俺を探してる不良だったか。


 彼のシスコン発言でなぜか周りがざわつき出したが、そんなことを気にする必要は一切ない。

 だって、こいつの発言は全部デタラメなのだから。


 「負け犬の遠吠えっていうのは随分とお粗末なものなんだな? 俺の妹をナンパして失敗した挙句、俺に負けた小物だもんな? そりゃあ、シスコンとしか罵れないわけだ」

 「随分と回る舌だな? 何ならその首ごと斬り落としてやろうか?」

 「現実を見てからものを言えよな? 俺に指一本すら触れられないのにどうやって俺の首を斬り飛ばすんだよ」


 メンチ切ってくる不良に対して、冷たい眼差しで応戦する。

 それが数秒間続いた後に、不良は微笑を浮かべながら「まあいい」と言ってメンチ切るのを突然止めた。

 何が、まあいいのかさっぱりわからないが。


 「ところでテメェ、どうして今朝は物置倉庫に来なかったんだ? そのせいで俺がパシられる羽目になったじゃねぇか。この落とし前はどうつけてくれんだ?」

 「……は? どうして物置倉庫に来なかったって、そんなもん行く用事がなかったからに決まってるからじゃないか。何言ってんだ?」


 こいつは本当に何を言ってるのだろうか?

 「物置倉庫に用事がないから行かなかった」なんて簡単な理由、小学生でもわかるぞ?

 すると、気に障ることでも言ったのか、不良は素早い動きで俺の胸ぐらを掴み掛かってくる。


 「テメェ、抜かしたこと言ってんじゃねぇぞ? テメェの下駄箱に『果たし状』を入れたんだからなぁ?」


  酷く冷めた声で、実に可愛らしいことを口にする。

 『果たし状』を『ラブレター』感覚で入れたような感じにしか聞こえないのだが、ツッコミを入れるべき点はそこではないだろう。


 「……は? 『果たし状』? 一体何の話だよ」

 「とぼけるのも大概にしろよ? いい加減にしねぇとブチ殺すからな?」

 「んなもん、下駄箱に入ってなかったわ! 知らねぇのに殴られる筋合いはねぇよ!」

 「この野郎……!」


 絞り出すような怒声を最後に、不良は無罪冤罪の俺に殴り掛かろうとしてくる。

 先ほども言った通り、知らないのに殴られる筋合いはどこにもないので迷う余地もなく反撃の手に出ることにした。


 校内では「生霊力(ライフ・コア)」が半減されてしまうが、その条件は必ずしも俺だけに限った話ではない。

 すぐさま「身体強化」して、迫りくる拳を受け止めてからのボディーブローを決め込もうと算段を立てていたその時だった——————


 「——————私が、捨てた……」


 のどかな風が、まるで突風に変貌したかのように場上を横断する。

 止まる拳、止まる反撃の手。

 二人が向ける視界の先には、桃色の髪を靡かせた妖精が無機質な表情で立っていた。


 「んだ、テメェ、もしかして、このシスコン野郎を助ける気か?」

 「……サクラ、お前、今何て言った?」

 「私が、シンヤの下駄箱に入ってた紙切れを捨てたの……。シンヤを守ることが、私に課せられた役目だから……」


 そう言って、サクラは『果たし状』を捨てたことを自白する。

 だが、そんな事よりも、俺を守ることが桜に課せられた使命ってどういうことだ?


 自己紹介の時も、俺と一緒にいることを指示されたとか言っていたが、さっきから例の知らない人に振り回されっぱなしだ。

 そういう話を本人の前でしないのは個人的に良くないと思う。


 「へぇ、それじゃあ——————サクラ、だっけか? お前はこのシスコン野郎を助けるために『果たし状』を捨てた、と。そういうことなんだな?」

 「そう、だけど、私のしたことはあなた達への忠告でもあるの……」

 「あ? どういう意味だよ?」

 「分からない?——————」


 サクラは俺の背後へと回ると共に、平然とした態度でその訳を軽々と口にした。


 「——————あなた達程度じゃ、シンヤは倒せないと言ってるの……」

 「んあ!? このクソアマがっ!」


 サクラの舐めた態度が不良の逆鱗に触れたようで、一時中断されていた攻撃の矛先を俺ではなくサクラへと迷うことなく変更される。

 こいつも俺の前だというのに、性懲りもなく過ちを何度も繰り返すよな。


 すでに「身体強化」されている俺の手は、サクラの顔に拳が突き刺さる寸前で不良の腕を掴み、気づいた時には、それを外に追いやったことで生まれた一瞬の隙を突くように拳を奴の腹部に叩き込んでいた。

 随分と苦しそうな声を上げながら廊下の真ん中で藻掻いているが、同情の余地はこれっぽっちもないだろう。


 とはいえ、俺も不良と同様に昨日の過ちをもう一度繰り返してしまっていた。

 相変わらず、殴ったことへの罪悪感は全然ないし、俺の心は一体どうしてしまったのだろうか?

 自分の拳を眺めながら現実を悲観していると、後ろから優しく肩を叩かれて——————


 「——————シンヤ、守ってくれて、ありがとう……」


 サクラの言葉を心身ともに受け止めると、何かがストンッと落ちていったのを感じた。

 そうか、何も深く考えることはなかったんだ。


 ヒヨミを助けた時も、見知らぬ女の子と男子生徒を助けた時も、そして——————クラスメイトを助けた時も、全ては守りたかったから手を出したんだ。

 憤慨する気持ちよりも、目の前にいる人を守らなきゃいけないという気持ちの方がずっと強く勝っていたから。

 都合の良いようにしか聞こえないが、それが事実なのだ。


 「サクラ、ありがとう」

 「……? お礼を言うのは、私の方だよ……?」

 「いいや、サクラのおかげで、ようやく大事なことに気が付けたんだ」

 「そう、なら良かった……」


 さて、俺が拳を振るう理由に気づけたのは良いものの、目の前にいる不良はどうしたものか。

 とりあえず、怪我してるクラスメイトを保健室に連れて行くのが先だろう。


 「大丈夫か? ごめん、俺のせいでこんな目に……」

 「ハハ、お前が謝る理由はどこにもないだろ……。それより助けてくれてありがとう……」

 「あぁ、それじゃあすぐに保健室に——————」


 と、彼を保健室まで運ぼうと抱きかかえたその時、足癖の悪い不良の足が俺の顔面を目掛けて一直線に飛んできたのだ。

 突然の出来事だった故に、俺は腕でガードすることしかできなかった。


 「ほう? 今の不意打ちも防ぐか」

 「ほんと往生際が悪いな、これ以上恥を巻き散らす前に尻尾撒いて逃げたらどうだ?」

 「ハ! 誰がお前の指示に従うかよ!」


 俺的にはクソ怠いから早くどっかに消えて行って欲しいんだが。

 そんでもって、二度と俺に絡んでこないで欲しいんだが。

 そんなことを考えていた矢先、救世主が廊下の彼方から飛んでくるように駆け寄ってきた。


 「一体何の騒ぎ!? 一体何があったの!」

 「オダギリ先生! ここに怪我人がいるんです!」

 「えぇ! 大変、早く保健室に連れていかないと!」


 人ごみに紛れるように生徒の一人がオダギリ先生に簡潔に状況を説明すると、不良の男は居心地が悪くなったかのようにその場から姿を蒸発させる。

 名前もクラスも割れているから、逃げてもすぐにバレるのに……。


 「ひ、酷い怪我! とりあえず、保健室連れて行きたいからアサウミ君、手を貸してくれるかな?」

 「もちろんです」


 俺が反感を買ったせいで怪我をさせてしまったのに、断る理由があるはずもない。

 クラスメイトを支える形で肩を貸し、俺とオダギリ先生は怪我人の歩速に合わせるように保健室へと向かって行った。


 ちなみに、当然のようにサクラも一緒に付いてきたのは言うまでもない話である。


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