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スキル稼ぎは特殊個体により  作者: うちよう
一章 始まりの福音
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07 突然の転入生

 「祝福の報せ」騒動から一夜が明け、俺たちは何事もなかったかのように朝を迎えていた。

 というのも、ヒヨミに対する意味不明発言は、俺の盛大な妄想——————すなわち夢だったということで話に終止符を打ったからである。


 でも、この目でしっかりと見た()()を、話の中身は別として夢と見過ごすわけにもいかない。


 だけど、<神聖之福音(ガブリエル)>の保持者であるヒヨミが「祝福の報せ」という単語を聞いたこともない反応を見せたのは一体どういうことなのだろうか?


 もし本当に知らないとなれば、「神聖霊」の力が無意識のうちに働いてしまっているということになるが、意思体の方のヒヨミは<神聖之福音(ガブリエル)>の存在をしっかり認知していた。


 その事実がある以上、ヒヨミが嘘を吐いている可能性を切り捨てることは容易ではないのだが、もしそうだとしたらなぜ嘘を吐く理由があるのか?


 俺にはヒヨミが起こした一連のアクションをまるで理解できなかった。

 おかげさまで今日の俺は完全に寝不足である。


 「兄さん~、早くしないと遅刻しちゃうよ~?」


 朝食を食べ終え、身支度を完璧に整えたヒヨミが催促するように口にする。

 本人に自覚がないにしろ、その能天気ぶりは羨ましい限りだ。


 「分かった、今行くよ!」


 そして俺はいつも通りの通学路をいつものようにヒヨミと歩いていく。

 そこに、ヒヨミの友人であるサラが加わり、代り映えのない永久不変のいつもの日常である。

 そう、そのはずだったのだが——————


 「……ん? あれ?」


 学校に到着し、玄関で内履きへと履き替えるなり変わった代物が目に飛び込んできた。


 出席番号が一番だからこそ、俺の下駄箱は最上段。

 クラスごとに下駄箱が分かれているため、出席番号が一番となれば嫌でも最上段となってしまう。


 だからこそ、俺の下駄箱の上には誰一人にして存在しないはずなのだが、今日に限ってはそうではなかった。

 見慣れない焦げ茶色のローファーに丸みのある黒革のバッグ。

 どうやら、持ち主はどこかの女子生徒のものらしい。


 ——————でも、何でここにあるんだ?


 俺の下駄箱の上に置いていった理由は不明だが、まあ俺自身に実害はないし、そのままにしておいても問題なかろう。

 仮に財布が盗まれたとか言われても、ここにおいて行った方が悪いんだし。


 それ以上気に留めることなく、俺は真っ直ぐ教室へと向かって行く。

 すると途中、慌てた形相で迫ってきたカナトに勢いよく肩を掴まれた。


 「お、お前! 一体何したんだよ!?」

 「え、急にどうしたんだよ。何かあったのか?」


 カナトの狼狽を抑えつけるように冷静に聞き返す。

 それから無事落ち着きを取り戻したのか、カナトはいつもの口調で淡々と事の顛末を語り出した。


 「実はさっき、不良でかなり有名なC組の奴が来てな? そいつがどうやらお前を探してるみたいなんだよ。だから何かやらかしたんじゃないかと……」

 「あ~、もしかして昨日の件かな……」


 思い当たる節があるとすれば、ヒヨミをナンパしていた不良を返り討ちにしたことぐらいだ。

 もしかしたら、失敗した腹いせに報復しに来たのかもしれない。


 「昨日、一体何があったんだい?」

 「あぁ、実はな——————」


 俺は昨日あったことを隠すことなく全てをカナトに打ち明けた。


 ヒヨミがナンパされていたこと——————それを見兼ねた俺が助けに入ったこと——————そして、そいつらを返り討ちにしたこと。


 全て話し終えると、カナトは額に手を当てて気が抜けたように苦笑しながら言葉を放った。


 「——————つまり、あいつは真夜に報復しようと追ってるってわけか」

 「あぁ、恐らくだけどな」

 「よかったぁ、俺はてっきり喧嘩でも吹っ掛けたのかと思ったよ」

 「十七年も一緒に居て、カナトは俺がそんなことをする奴だと思ってたのかよ……」

 「昔からよく喧嘩を買ってたからね。ついに売る側にまわったのかと」

 「んなことするかっ!」


 付き合いの長い幼馴染なのに、まさかそんな風に思われていたとは驚きである。

 カナトの目に俺がどのように映っているのかはかなり気になるところではあるが、着席を合図するチャイムが校内に鳴り響いたことによって、この話は強制的に遮断されてしまった。


 「着席の予鈴に合わせて先生も来ることだろうし、急いで教室に向かえば不良と遭遇する確率はかなり低いと思うよ!」

 「まあ、どのみち休み時間には見つかるだろうけどな!」


 朝の登校時間とは違って、授業終了後の休み時間は着席している可能性が高いから獲物を狙うには絶好の機会だ。

 きっと、その例の不良もそこに合わせてクラスに姿を現すことだろう。


 ——————面倒なことにならなければいいけど……。


 そう祈りながら、俺とカナトは急いでAクラスまで駆けていく。

 カナトの読み通り、不良がクラスの前で待ち伏せしているということはなく、俺たちはスムーズに教室に入り、予鈴ギリギリで自席に着席することができた。


 「はぁ~、疲れたぁ~」


 小声でボソッと呟く。

 本当に疲れたから、もう報復しに来ないで欲しい。

 でも、こっちの事情は絶対に汲み取ってはくれないだろう。

 それに、学校へと来たからにはやるべきことが残されていて——————


 「おはよう、アサウミ」

 「あ、あぁ、おはよう、カラスダニ……」


 仏頂面で挨拶してくるアスミを見て、俺の心臓は刻一刻と寿命を縮めていく。

 昨日の一件の答えをまだ出せていないのに、これから彼女に何を話していいのか分からない。

 だからこそ、このタイミングでアスミには話しかけられたくなかったのだが——————


 「ところで、今日の昼、暇? 昨日の答えは昼の時間に聞こうと思うんだけど大丈夫?」

 「え? あぁ、うん。昼は特に予定ないし大丈夫だけど」

 「そう、それじゃあ、昼になったら体育館の裏に来てね」

 「あ、あぁ、分かった……」


 俺が了承の意を示すと、アスミは踵を返してあっさりと自分の席へと帰っていった。

 なんで今問い質さなかったのかは不明だけど、ほんの少しだけ延命されたんだから素直に喜ぶとしよう。

 この数時間を一杯に使って答えを——————


 ——————ん? そういえば、なんで予鈴のチャイムが鳴ったのにカラスダニは歩いてたんだ?


 ふと疑問が湧いて辺りを見渡してみると、まだ談笑してるグループがいくつかあった。

 どうやら、タヤマ先生がまだ来ていないらしい。


 「先生、まだ来てなかったのか……」


 結果的に不良もいなかったわけだし、わざわざ急いでくる必要なかったじゃないか!

 疲れるようなことをしただけの自分の愚行に後悔していると、ちょんちょんと肩を優しく突かれる。

 そして、俺の疲れは天にも昇る勢いで浄化されていく。


 「お、おはよう、アサウミ君!」

 「お、おはよう、ツキノト! 今日は良い天気だよな!」

 「う、うん! そうだね!」

 「「……」」


 はい、会話が途切れました。

 予想はしていたものの、どうしてこうも気になる子と話すと話題が思い浮かばなくなってしまうのだろうか?

 願いが叶うならば、是非とも奥さんのいる後世の俺に聞きたいところだ。

 しかし、現実はそう甘くはない。


 ——————分からん、この先どうしていいのか全く分からん……、何か、何か良い話題はないのか!?


 頭を抱えながら必死に話のネタを探していると、情けないことにツキノトの方から声が掛けられた。


 「そういえば、今日大丈夫だった? 何だか怖い人がアサウミ君を探してるみたいだったけど……」

 「あ、あぁ、それね、まだそいつと遭遇してないから何とも言えないかな?」

 「そうなんだ、だったら先生とかに早く伝えた方がいいんじゃ……」


 心配そうな表情で見つめてくるコトカが最高に可愛いく見えるんだが気のせいだろうか?

 そんなやましい心中を悟られないように、平然とした態度で俺は言葉を放つ。


 「俺とそいつとの間に何があったかはタヤマ先生が知ってるから大丈夫だよ。でも、わざわざ心配してくれてありがとう」

 「う、うん……、でも、身に危険を感じたらすぐ先生に言うんだよ?」

 「分かった、その時はツキノトの言う通りにするよ」


 そんな感じで会話が綺麗に終了したところで、ちょうど先生が来室されたのだが、生徒一同、揃いも揃って銅像のように硬直した。

 突然、先生が入ってきて動揺していると言うよりかは——————


 「オダギリ先生!? 今日はオダギリ先生がホームルームしてくれるんですか!?」

 「そうなの、タヤマ先生が来客した方の対応をされているから、代わりに私がA組のホームルームを任されることになったのよ~」

 「マジですかっ! 今日ほど学校に来てよかったと思ったことないっす!」

 「はいはい、ありがとうね~。それじゃあ、ホームルームを始めるから席に付いて~」


 男子生徒の質問にそれぞれ簡易的に答えると、オダギリ先生ことルリコ・オダギリ先生は未だ席に付いていない生徒に着席をするように指示を出す。

 それから間もなくして、全員の着席が完了したことを無事確認したオダギリ先生によるホームルームが幕を開ける。


 「コホン、それじゃあ出席を取りま~す。呼ばれた生徒は元気よく返事してくださいね〜?」


 こうして生徒一人ずつ点呼が取られたのだが、タヤマ先生じゃないからか返事をする際にふざける生徒が少数派いた。

 まあ、俺は普通に返事をしたけど。


 「全員出席っと、点呼も終わったので連絡事項に移りたいところですが、その前にこれから皆さんに重大発表があります!」


 次の瞬間、クラス中が騒ぎ出す。

 「先生、まさか結婚しちゃうの!?」とか「もしかして、恋人ができたんですか!?」とか、いかにも個人的な質問がクラス中に飛び交う。

 というか、一々反応してたら全然話が先に進まないんだけど。


 「私個人の話じゃないよ、突然ですが、今日からこのクラスに転入生が加わります! みんな、仲良くしてあげてね〜?」


 「ほんとに突然だな!」と心の中で軽快にツッコむ。

 先生の恋愛事情の話の波長の影響か、調子を保ったままザワザワと騒ぎ立てている生徒一同。


 そんな彼らを無視して、オダギリ先生が「それじゃあ、入ってきて~」と廊下にいる生徒を呼びつける。

 しかし、転入生は一向に入ってくる気配を見せない。


 「……えっと、ちょっと待っててね~」


 ニコニコとしながら瞬く間に廊下へと駆けていくオダギリ先生を視線の先で追い、それから数秒も経たないうちに先生に案内される形で入室してきた転入生。

 その姿を見て、今まで騒ぎ立てていた生徒たちは一瞬にして言葉を失った。

 不本意ではあるが、俺も彼らと同様に言葉を詰まらせる。


 スラっと伸びた容姿に癖っ気のついた桃色の長髪。

 側頭部に飾り付けられた花型の大きなリボンも大変魅力的だが、髪色との絶妙な調和のとれた眠たげな黄金色の瞳にはどうしても目を奪われてしまう。

 まるで——————「妖精」のようだ。


 「それじゃあ、自己紹介をしてくれるかな?」


 オダギリ先生が転入生の美少女に向けていつものように優しい口調で指示を出すが、人形であるかのような端正の顔立ちをした転入生はピクリとも動こうとしない。

 きっと、緊張しているのだろう。


 「最初はみんな緊張するものだから、落ち着いて自分のペースで自己紹介してくれれば大丈夫よ!」


 微動だにしない転入生に向けて、オダギリ先生が最大限のサポートをする。

 そして、ようやく口を開いたかと思いきや、転入生の自己紹介を受けたこの場にいる全員が、豆鉄砲を食らったかのような間の抜けた顔をしてしまった。

 無理もない、だって彼女の発言は驚愕どころしかないのだから。


 「私、名前ない……。私は、シンヤと一緒にいるように指示されただけだから……」


 春のような長閑な声色で転入早々とんでもない発言をする。

 残念ながら、「シンヤ」というありふれた名前でもこのクラスには一人しかいない。

 だからこそ、クラス中の視線が一気に俺に集中するわけで——————


 「え!? 待て待て、意味が分かんないんだけど!?」


 クラスメイトの視線に耐え切れなくなった俺は思わず転入生に聞き返してしまう。

 すると、転入生は大変嬉しそうな表情を浮かべながら俺の元へと近づいてくると、他の目があるというのにも関わらず、迷うことなく俺の懐に飛び込んできた。


 「ちょ、ちょちょ、ちょっと!? なんで抱きついてくんの!?」

 「シンヤと一緒にいるように指示された……から?」


 可愛らしく首を傾げられても全く意味が分からん。

 それよりも、男性陣からの視線がより一層痛々しくなった気がするんだが……。

 一早く誤解を解くためにも、まずは事情を知らないと!


 「指示? それはどこの誰に指示されたんだ?」


 懐にいる彼女を引き剥がして問い詰めてみる。

 すると、今度は逆の方に首を傾げながら桜色の唇をゆっくりと開いた。


 「……知らない人?」

 「おいおい、それ一番信じちゃダメなやつだろ!」

 「そうなの? でも、シンヤと一緒にいることを選んだのは私だから……」


 そう言ってもう一度抱きつこうとしてくるが、前もって肩を押えていたおかげで抱きつかれることなかった。

 もう、朝っぱら勘弁してくれ。


 「ええっと、それじゃあ席はアサウミ君の後ろでいいかな? いいよね?」

 「いや、良い要素どこにもないですよね!?」

 「シンヤと一緒にいられるのなら、どこでも構わない……」

 「は〜い、それじゃあ決まりね! 机と椅子持ってくるから誰か手伝ってくれるかしら?」

 「俺の意思は汲んでもらえないんですか!?」


 必死の訴えは誰にも届かなかったらしく、オダギリ先生が生徒の誰かに手を貸して欲しいと頼むと、男子生徒の意識は全てそっちに持っていかれていた。

 もう何でもいいや、これで一安心できるのなら。と思いきや更なる問題が——————


 「そういえば、今日は手ぶらで来たの?」


 転入初日のせいなのか、彼女の手や背中にはバッグらしきものが見当たらない。

 いくら指定のバッグが用意できなかったからといって、手ぶらで来ることはないと思うのだが……。


 「ううん、バッグ持ってきてた……。でも、気が付いたら無くなってたの……」


 何だろう、彼女の言葉を聞いて何か心当たりがある気がする——————


 「そ、それって、どんな形の何色のバックだった?」

 「形までは覚えてないんだけど、黒色だった気がする……」

 「……一応聞くけど、今朝学校に来たとき下駄箱に寄った?」

 「うん、シンヤの下駄箱の場所を確認しようとして……それがどうかしたの?」

 「あぁ〜、ちょっと心当たりがあってな……」


 どうやら、俺の下駄箱の上にあった靴と鞄は彼女の物だったらしい。

 もし、貴重品が入っていたら問題になるだろうし早めに取りに行った方が良いだろう。


 「ツキノトごめん、俺がいない間に先生が戻ってきたら転校生のバッグを取りに行ってるって言っておいてくれないか?」

 「……」

 「ツキノト? どうかしたか?」

 「え! あぁ、うん! 分かった、伝えておくね!」


 ボウッとしている所に突然話しかけたせいか、凄く慌てた様子でコトカが了承する。

 あとで、驚かせてしまったことを謝罪するとしよう。


 「ほら、バッグを取りに行くぞ~」

 「あ、うん、分かった……!」


 俺の背中を追うようにタッタと駆け寄ってくる。

 そして、各々の教室内にいる先生の声が反響する廊下を歩くこと五分、俺たちはついに下駄箱に到着した。

 しかし、恐れていた事態がすでに現実に起こってしまっているようで——————


 「——————バ、バッグが無くなってる……」


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