02 シンヤの日常
「私立ウェスト・ミニアー高等学校」——————俺の住む「ウェルキア大国」に建立する教育機関の一つであり、近隣にある高校の中では、ずば抜けて頭の良い学校なのだが、国単位で見てみると偏差値は中の上ぐらいとかなりありふれた高校である。
なぜ「ウェスト・ミニアー高等学校」に入学したかと言うと、理由は至ってシンプルで「家から近かったから」だ。
高校選びって、大体そんなもんでしょ?
それに、近場だったおかげで猛暑の中を長時間移動しなくて済んだのだから、本日に限ってはちゃんとした志望動機であることに違いない。
「それじゃあ、兄さん。また放課後にね」
「あぁ、校門前で集合な?」
学校に着き、指定の上履きに履き替えるなりヒヨミとサラが一年生の教室へと向かって歩いて行く。
その二人の後ろ姿を見届けた後に、俺は二年の教室へ足早と向かった。
二年のクラスは全部で五クラスあり、A~Eと成績順でクラスが割り振られている。
ちなみに、俺はAクラスだ。
「あちぃ、早く冷房の効いた教室に行かないと……」
そして、二年A組の教室へと入るなり全身の汗がスッと引いてく。
扉がきちんと閉められていたおかげか、教室内には眠気を誘う程の快適な空間が広がっており、まさに極暑の砂漠の中に息を潜めるオアシスのようだった。
それから俺は開いた扉をしっかり閉め、早急に指定席へと向かう。
俺の席は窓側の一番後ろと、屋外の気温と屋内の気温が絶妙に調和の取れた最高の席だ。
「さて、今日は一日寝て終わりかな……」
着席するなり、外の景色を眺めながら本日の予定を決める。
前世の社会人時代だった頃に夢見た二度目の青春時代が、不本意ながらこのような形で訪れたわけだが、一日ぐらい何もしない日があっても良いだろう。
そんなことを考えながら机に突っ伏して寝る態勢を取ろうとしたところへ、俺に話しかけてきた輩が現れた。
「シンヤ、学校に来て早々もう寝るのか?」
「あぁ、カナトか。この先は気温の調和が取れた快適な席だからな、これは寝る以外の選択肢はないだろうよ。まあ、眠いのもあるけど」
カナト・カンバはクラスメイトであり、俺の幼馴染だ。
色素の濃い灰色の髪にルビー色に輝く切れ長の赤眼。
洗練された顔立ちに、誰にでも気さくに話しかけるダブルパンチのおかげで学校随一のイケメンと称されている。
イケメンな幼馴染を持つと苦労が絶えず、女の子にラブレターを渡してくださいと頼まれることが非常に多いのだ。
それはモテない男子生徒にとってはただの拷問プレイでしかなかった。
「結局、目が死んだ魚のようになってるのは、昨夜寝れなかったからかい? それとも暑さにやられてしまった方かい?」
「んー、恐らく後者だな。暑すぎて何もやる気が起こらない。だからもう寝るしかできないんだよ」
「寝ることに関しては貪欲なんだね……。でも、今日の体育は「生霊術」だからそれまでには元気を取り戻してくれよ?」
「……善処する」
俺がカナトより勝っているものがあるとするなら、きっと個々が宿している「生霊力」ぐらいだろう。
「生霊力」とは、言うなれば魔法の根源と言ったところだ。
その「生霊力」を使った「生霊術」という体育科目において、カナトは俺に勝った試しが一度もないから、今日みたいに体育の授業がある時は毎度のようにライバル視してくるのである。
まあ、カナトが俺に勝てないのも当然だろう。
だって俺の「生霊力」は、なぜか効力を七つも備えているのだから。
生まれた時に与えられた俺の「生霊力」は『統合』。
普通は一つの「生霊力」につき、二、三個程度と相場は決まっているはずなのだが、神の手違いか、はたまた神からの挑戦状なのか、俺はその力のおかげで七つの効力を秘めた「生霊力」をその身に宿していた。
言うまでもなく、ヒヨミや両親の効力個数は三つだけだ。
「それじゃあ、体育の授業までしっかりと休んでくれよ」
そう言って、カナトは俺に背中を向けながらヒラヒラと手を振ってくる。
体育……か、今日はイマイチやる気がでないな。
今日暑いし、余計に暑くなることは極力したくなかったのだが、幼馴染の挑戦状を破り捨てるほど人間性は歪んでない。
そんなわけで、体育の授業の時間までに体力を温存するとしよう。
カナトが俺の元から去った後、すぐさま予鈴の鐘が校内に響き渡る。
友達と談笑していた生徒一同は、鐘の音と共に自分の席へと戻っていくのだが、普段なら静寂に包まれているかのように静かな教室も本日に限ってはやけに騒がしかった。
そう、例の件のせいである。
「ねぇねぇ、誰の名前書いた~?」
「え~、やっぱそれは内緒でしょ!」
「なあ、お前の好きな奴教えてくれよ。俺も教えるからさ~」
「いや、お前絶対に後で本人に言いふらすだろ!」
それはいくら何でも悪趣味じゃないか!?
本人の口から好意を伝える前に友達に告げ口されるとかあまりにもかわいそ過ぎる!
心の中でツッコミを入れながらボーッと周囲を見渡していると、ガラガラと隣で椅子を引く音が聞こえてきた。
その擬音にハッと意識を取り戻し、椅子に踏ん反り返って寝たふりをしながら横目で彼女の姿を窺う。
——————コトカ・ツキノト、例の気になる子である。
焦茶の長髪をハーフアップにした女の子で、左側のサイドバングをストレートに垂らし、右側をお洒落な花柄のヘアピンで留めたクラス一の美少女だ。(俺調べ)
かなりおっとりした性格のようで、ドジしてる現場を多々見かけたことがあり、男子生徒には大変人気のある女子生徒である。
そういえば、何となくだが、夢に出てきた人に似ている気がするな。
もし、夢に出てきたあの人がコトカだったのなら、気が付かないうちに俺は彼女を欲していたのかもしれない。
まあ、そんなキモい冗談はさておき、俺は「恋愛事情調査」において、当然ながら気になる彼女の名前を記述したわけだが、仮に好きになったとしても叶わない恋だろう。
だって——————彼女と一言も話したことがないから。
席が隣同士ということもあって話しかけるタイミングはいくらでもあっただろうが、席替えをした先月以降一回も声を掛けられず、今か今かと今月までズルズルと先延ばしにしてしまっていた。
どうにかしてでも彼女に話しかけたい——————だけど、一体何を話せばいいのか分からない。
何かしらのきっかけがあればいいんだけど……。
「ほら~、静かにしろ、予鈴のチャイムはとっくになってるぞ~」
騒ぎを立てる生徒を軽く注意して入ってきたのは、学年主任であるツヨシ・タヤマ先生だった。
体育の先生にありがちなジャージを着た筋肉質系の先生で、何かと生徒に絡んでくる面倒くさい先生だ。
その生徒の中に、もちろん俺も含まれている。
そんなことを考えている間にも、教壇の前に立ったタヤマ先生がいつものように点呼を取り始めた。
「それじゃあ、出席取るぞ~。——————シンヤ・アサミ」
「……はい」
「なんだ、元気のない声だな~。若いんだからもう少し元気の良い返事はできないのか?」
「は、はぁ……」
俺、アサミじゃなくてアサウミなんですけどね。
「海」の読み間違えってところか?
そんなことはどうでもよく、この苗字の呼び間違えは一年経った今でもずっと続いている。
カナトに聞いた話によると、タヤマ先生はわざと名前を間違えて無理やり生徒たちを笑わせようとしているらしい。
当の本人からしたら全然面白くないのだが、Aクラスは苗字間違いでクスクスと笑いを堪えるようにしている生徒で溢れていた。
本当にこの先生が苦手だ。
それからは順調に点呼の方が進んでいき、最後の生徒を呼び終えると、流れるように先生から連絡事項が告げられた。
「先日行った「恋愛事情調査」の結果が届いたぞ~。順に呼んでいくから教壇まで取りに来るように——————シンヤ・アサミ」
まただよこいつ、ほんとそれ面白くないから。
思っても口には出さず、スタスタと早急に取りに向かう。
そして、取り終えた俺は静かに着席し、中身の方を確認してみることにした。
名前の書かれた封筒の中には、綺麗に折りたたまれた紙一枚が封入されており、どうやらこの紙切れに自分の好いてる人の数が記されてるらしい。
「——————まあ、当然だよな」
折りたたまれた紙を広げ、記されていた内容に思わず笑ってしまいそうになった。
だって、そこには自分の好いている人数が『1』と記されていて、しかもこの『1』には心当たりがあったから。
「ヒヨミのやつ、マジで俺に入れてたとは……」
ってなわけで、「恋愛事情調査」の件は妹の悪戯ということでお終い。
そして俺は、折りたたんだ紙を封筒の中に仕舞い、静かに眠りにつこうとしたその時——————
—————……ん?
なぜか、隣の席に付いていたコトカに一瞬見られた気がした。
しかし、席を立って教壇まで足早と向かって行ってしまったものだから、見られていたかどうかの真偽はイマイチよく分からなかった。
まあ、俺を見ていたんじゃなくて、きっと「恋愛事情調査」の封筒を見ていたのだろう。
人の答案用紙がやけに気になってしまうような——————そのような類の心理が無意識に働いていたに違いない。
そして俺は、冷たい机に突っ伏して静かに寝ることにした。
「統合」の詳細は次の回で!