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スキル稼ぎは特殊個体により  作者: うちよう
一章 始まりの福音
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01 過去の記憶

 聞こえる、荒れ狂う旋律を奏でる雨粒たちの狂想曲が。

 聞こえる、幾人と重なる人々たちの叫び声が。

 聞こえる、狂想曲に引けを取らないけたたましいサイレンの音が。


 朦朧とする意識の中で、その情報だけが踊り狂ったように脳内を蹂躙する。

 一体何が起こったのか分からなかった。

 今の今まで、信号機のすぐそばにあった点字ブロックの内側で信号待ちをしていたのである。


 なのに、一体どうしてしまったのだろうか?


 気付けば、手が、足が、首が、顔が、身体が、思うように動かなくなっていたのだ。

 原因を探ろうにも、探ることは決して許されない。


 だけど、雨に濡らされて侵食していく——————あの洋服が身に纏わりつく感じは何となくではあるが認知できた。

 どうやら、感受性だけは正常に働いているようだ。


 「——————すぐに病院へ連れて行きますから、もう少しだけ頑張ってください! 大丈夫ですよ! 大丈夫ですからね!」


 怪我人を励ましながら切羽詰まったような声色を奏でる若い男の声が、鼓膜を通じて朦朧とする意識に溶け込んでいく。


 感受性だけでなく、聴覚も正常らしい。


 そんな事よりも、若い男が発した言葉の一部だけが妙に意識の中で反復していることの方をもっと気に掛けるべきだろう。


 ——————病院……? 誰か怪我でもしたのか?


 辺りを確認しようにも、網膜に映し出された光景が不鮮明にぼやけてしまっているせいで真面に確認することもできない。

 しかし、そんなぼやけた世界の先にあった光景でも、得られる不可解な情報は確かに存在していた。


 ——————どうして、地面が、こんなにも、近いんだ……?


 視界の三分の一を地面が占めている現状——————俺は、倒れてるのか?

 手が、足が、首が、顔が、身体が、思うように動かなくなっていたせいで気が付かないうちに倒れたとでもいうのか?


 でも、なんで途端に倒れたのかまるで分からない。

 持病はおろか、毎年の健康診断ではいつもトップクラスの成績を収めていた俺が、突然の病で倒れたなどとは到底考えにくい。


 だとしたら、俺は——————どうしてこんなことになってるんだ?


 ——————ダメだ、意識が朦朧としているせいで思考が纏まらない。それに何だか眠気が……。


 視界の先を見届けようと瞼を精一杯開いていたのだが、どうやらここまでのようだ。


 そして、視界の先を遮るようにゆっくりと瞼を閉じようとしたその時だった。


 「おい! 救急車は来ないのか!? まだ怪我人が二人いるんだぞ!?」


 すぐ後ろから聞こえた突然の怒声に、驚いた反力で瞼が再び活力を取り戻す。

 怪我人が二人もいるのなら、こんなところで寝っ転がっている場合じゃない。


 最大限の力を振り絞って起き上がろうとしてみるも、やはり身体が思うように動いてくれなかった。


 「あんまり無理して動かないでください。傷に響きますから……」


 後ろから気遣う言葉が聞こえてきたと思った途端、背中に温かな物がそっと添えられ、俺の心臓は大きく跳ね上がった。


 今日の天気は雨で、着ていた衣類は雨の水分を吸って酷く冷え切っている。

 だからこそ、熱を含んだ温かい物には過剰に、敏感に反応してしまうのである。

 いや、良く考えてみれば、それはあまりにもおかしな話だった。


 衣類が雨に濡れた程度で、心臓が跳ね上がるほどの威力を温かい物が兼ね備えているとはとてもじゃないけど考えられない。


 ——————だとしたら、俺は、一体……。


 そんなことを考えていた、まさにその時だった。

 雨に降られ、滴れる髪の毛から零れる一筋の雨水が偶然にも俺の唇に転がり落ちてきたのである。


 雨水は、口すらもろくに動かせない俺の唇の隙間を縫って入るように口内へと侵入していき、やがて口の中には不吉な味が四方八方に広がっていく。


 ——————……血の味がする。


 頭から滴れてきた雨水は血の味がして、気が付いた時にはすでに身体が思うように動かなくなっていた。


 インパクトのデカいこの二つの情報だけでも真実へと容易に辿り着いてしまうのに、男が口にしていた「救急車」という単語が疑念という最後の砦を易々と破壊してしまう。


 俺は——————不幸にも、事故に巻き込まれてしまったようだ。


 しかも、見知らぬ男の言葉が真実だとするなら、怪我人は俺ともう一人いるらしい。

 きっと、不幸にも俺のそばにいたのだろう——————


 ——————……まさか、まさかだよな……?


 俺は信号機のすぐそばにあった点字ブロックの内側で信号待ちをしていた。


 だが、信号待ちしていたのは、俺一人じゃない。

  

 今日は()()()()()()の大事な日で、ランチは普段滅多に食べることのない予約制のバイキングレストランに向かっている途中だった。


 そう、俺はあの時、一人じゃなかったんだ。 


 あの場に、あの時間に、あの瞬間に、誰かが一緒に居た。

 かけがえのない、一生を共に添い遂げると誓った、()()()そこにいたのである。


 朦朧としていた意識が一気に覚醒し、潰れていそうな喉を無理矢理にでも鳴らそうとしながらも俺は名前を叫んだ。


 ——————……!!!


 しかし、言葉が出ている気配を全く感じない。

 何度も試みる……、それでも結果は全く一緒だった。

 やがて、俺の意識は次第に暗闇の中へと消えていき、そして——————


 ピピピピピピピピピ……


 突然にして、起床の御呼出しが掛かる。

 アラームを止め、気怠そうに身体を起こす。

 見慣れた天井、見慣れた本棚、見慣れた机。

 やっぱり、さっきのは夢だったらしい。


  「——————夢……か」


 額に手を添え、夢の内容を事細かに思い返してみる。

 今の今まで一度も夢に姿を現さなかった、随分と懐かしい夢だった。


 俺がこの世界の——————シンヤ・アサウミとして生を受ける前の最期の記憶。


 でも、どうして今更そんな夢を見たのだろうか?

 だって、もう十七年の前の話だというのに……。


 意味も分からず、ボーッとベッドの上で(ほう)けていたところにすぐさま自室のドアが三回ノックされた。


 「兄さん、おはよう~。もう起きてる?」


 ほんわかとした口調で俺の部屋に入ってきたのは、一つ年下の高校一年生である妹のヒヨミ・アサウミだった。

 目尻の下がった目つきに黒色のミディアムヘアが特徴的な女の子で、一学年の間では「絶世の美女」と呼ばれてるらしい。

 まあ、兄である俺からしたら、ただの妹にしかみえないのだが。


 「あぁ、起きてるよ」

 「朝食の用意出来てるから、早く降りてきてね?」


 俺が起きてるのを確認したら、ヒヨミはスタスタとリビングへと戻っていく。

 我が家は父と母、俺と妹の四人家族で、両親共々に単身赴任しているから妹と二人暮らしをしていると言っても過言ではない。

 俺は足を攫うようにベッドから抜け出し、学校の制服である半袖のYシャツに着替える。


 異世界に来たはずなのに日本感が拭えないのは、きっと名前と制服にあるだろう。

 名前からは完全に和風を感じられるし、制服も日本のデザインに少しだけアレンジを加えたものだった。

 日本と何が違うのかと言われれば、それはずばり「地名」と「魔法」が存在している点に限る。


 そう、ここは日本に似た異世界という——————


 「それよりも、なんで今更生前最期の記憶が夢に出てきたんだ……?」


 この十七年の間に、今朝のような夢を一度も見たことがなかった。

 心当たりがあるとするなら、こちらの世界に生まれた時にあった誰かに対しての未練ぐらいだろうか?

 でも、その件はとっくの昔に捨てていたはずだ。

 いくら考えたところで何も思い出せないのだから……。


 「きっと、ただの偶然だろうな……」


 簡易的に結論付け、制服に着替え終えた俺は真っ直ぐリビングへと向かう。

 すると、学校の制服の上から白のエプロンを着用したヒヨミが食卓に朝食を並べていた。


 「兄さんおはよう、夏服似合ってるね」

 「ありがとな、ヒヨミも似合ってるぞ?」

 「そ、そうかな? えへへ~」


 満更でもなさそうなヒヨミの笑顔を見て、ふと前世の記憶の一部が蘇ってきた。

 前世の友人の話によると、兄に制服を褒められて喜ぶ妹などは三次元には存在しないとのこと。

 もし、服装を褒めようものなら「は? キモイ、死ね」と言われるのがオチだとか聞いていたんだが、どうやらヒヨミはちょっと変わった妹のようだ。

 その可愛らしさを残したまま、すくすく育ってくれることを切に願おう。


 「にしても、ようやく夏服の許可が下りたって感じだよね」

 「まあ、ここ最近でかなり暑くなってきたからな」


 六月下旬だというのに気温が三十度を超える日が連日続いており、教師側もやむを得ずに夏服を許可したと言ったところだろう。


 にしても、今日は一段と暑い。


 俺とヒヨミは食卓の席につきながら、本日の気温に戦慄を覚えていた。

 体感温度でしかないが、今日の気温は連日の最高気温を遥かに上回っていたのだから。

 もしかしたら、夏の虫が季節を間違えて地上に顔を出すかもしれない。


 「さ、ご飯食べて学校行こ? じゃないと遅刻しちゃうから」

 「あぁ、そうだな、いただきます」

 「いただきます」


 食料のありがたみを味わうように、俺たちは行儀作法をしっかりとした後で朝食を頂く。

 そして、無事に朝食を取り終えた俺たちは炎天下の中へと足を踏み出した。

 さすがは連日最高気温といったところだ。

 道を覆う石畳から熱が逆放射され、揺らめく陽炎が行く先にビッシリと敷かれているのが目視でわかる。


 「ヒヨミ、熱中症には十分気をつけろよ?」

 「うん、兄さんも気を付けてね?」

 「りょーかい」


 そんな感じで互いの体調に気を遣いながら学校までの道のりを歩いていると、後ろから元気いっぱいの明るい声で呼び止められた。


 「ヒヨちゃん! シンヤ先輩! おはようございます!」

 「あ~、サラちゃん。おはよ~」


 振り返った先にいたのは、一つ下の後輩で—————ヒヨミの友達であるサラ・スナハラだった。

 金髪美少女という言葉をそのまま具現化したような感じの女の子で、金髪と紫紺の瞳のギャップが男性陣からの注目を集めている女の子である。

 また、ストレートに垂らす金色の長髪に飾られた花柄のカチューシャもポイントが高い。


 「あれ? シンヤ先輩元気がないですね、どうかしたんですか?」

 「いや、これだけ暑ければ元気もなくなるだろうよ……」

 「むぅ、ダメですよ。暑いからこそテンションを上げていかないと!」

 「随分とタフでおられるんだな……」


 そして俺たちは再び歩み出す。

 ヒヨミとサラが仲睦まじ気に話しているから、完全に俺は蚊帳の外である。

 まあ、内容が内容だから一向に空気として扱ってもらって構わないんだけど。


 「ねぇ、今日だよね? 「恋愛事情調査」の結果が返ってくるの」

 「そういえば、そうだったね~。どうでも良かったから忘れてたよ」

 「えぇー! 自分にどのくらいの人が好意を寄せてるのか分かるのにどうでもいいの!?」

 「だって、私好きな人いないしね〜」


 どうやら、ヒヨミに好きな人はいないらしい。

 「絶世の美女」と謳われてるのに好きな人がいないとは、わが妹ながら罪深き女だ。

 ヒヨミに好意を寄せる男性陣が少しばかり可哀そうに思えてくる。


 「私、好きな人の所に兄さんの名前書いといたよ~」

 「……あぁ、そう」

 「だから安心して、兄さんには一生私がいるから!」

 「いや、どこにも安心できる要素がないんだが? むしろ、将来に不安しかないわ!」

 「んもう、兄さんは冗談が上手いんだから~」


 悪戯っぽく笑うヒヨミに、つい溜息が零れてしまう。

 好きな人がいないからといって代わりに実の兄の名前を普通書いたりしない。

 きっとヒヨミなりの冗談なのだろうが、俺にはちょっぴり酷だったりする。


 だって、俺——————モテたことないから。


 考えすぎだと頭は理解しているのだが、そんな俺を見兼ねた妹が情けの一票を入れてくれたのではないかとどうしても思えてしまう。

 その悲痛な事情を顔色一つで悟ったのか、可愛い後輩がご丁寧に話を切り替えてくれた。


 「そ、そういえば! シンヤ先輩って誰か好きな人いないんですか?」

 「……え、好きな人?」

 「はいっ! 実際のところ、先輩ってかなりモテると思うんですよ。だから好きな人の一人ぐらいはいるのかな〜と思いまして」

 「いや、それどういう理屈?」


 サラの理屈はイマイチ分からないが、「好きな人」というよりも「気になる子」ならいる。

 だが、ここで打ち明ける必要はどこにもないだろう。

 だから、俺はサラの質問に対して適当にごまかすことにした。


 「てか、俺全然モテないよ。今まで誰かと付き合ったこともないし……」

 「まあ、兄さんには私がいるからね~、他の人が入る隙なんてどこにもないよね。何度か兄さん宛てのラブレターを破り捨てたことあるし!」

 「付き合えない原因、お前の仕業だったんかい!」

 「ヒヨちゃん、重度のブラコンだからね……」

 「そう、だから好きな人とか正直いらないんだ〜」


 ヒヨミは俺の渾身のツッコミに全く反応を示す様子もなく、ニコニコと微笑んでいる。

 妹に好かれているのは、お兄ちゃんとしては飛んで喜ぶほど嬉しいことなのだろう。

 ですが、当然ながら実の妹と恋人になることは世間が決して許してくれません。

 それは、日本に似た異世界の地でも一緒だった。

 まあ、ヒヨミをそんな目で見たことは一度もないのだけれど。


 「今日も放課後、兄さんと買い物デートする予定なのです」

 「初耳だわ……。まあ、別に構わんけどさ」

 「わーい! 兄さんありがとう!」


 そう言って可愛らしく抱きついてくるのだが、正直暑苦しい。

 だからと言って、可愛い妹を乱暴に振り払うことができずに俺は黙って暑さに耐えるしかなかった。


 「もう、ヒヨちゃん! 道のド真ん中でそういうことしないの……って、あれ?」


 わざわざヒヨミを引き剥がそうとしてくれたサラの動きが突如止まった。

 それからサラは、俺の腕を優しく摩りながら恐る恐る口を開く。


 「先輩、この切り傷どうしたんですか……?」

 「ん? あぁ、そうか。今まで冬服だったせいでサラちゃんは知らないんだっけか? これな、生まれた時から付いてたらしいんだよ。理由はよくわからんけど」

 「そう、なんですね、ちょっとびっくりしちゃいました……」


 気が抜けたように「アハハ」と笑うサラを見ていると、嘘を吐いたことによる罪悪感が募ってかなり苦しかった。

 だって、この傷は恐らく、前世の交通事故で付いた切り傷だから——————


 「ヒヨちゃん、シンヤ先輩暑そうだから、もうそろそろ離れてあげたら?」

 「そうだね、私も暑くなってきたし」

 「だったら最初からくっつかなければ良かったのでは……?」

 「一日一回くっつかないと元気がでないのです」

 「なんだよ、初耳だぞ、そのキャラ設定……」

 「そりゃ、今考えたんだもん」

 「今考えたんかい!」


 訳の分からない理由のせいで、俺の身心は暑さとデッドヒートを繰り広げていたんだぞ?

 まあ、そんなことを言ったところで、どうせヒヨミの心には響かないだろうから言わないでおく。

 そして、暑さに耐え忍ぶ俺たち三人は寄り道せずに真っ直ぐ学校へと向かって行った。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

最初の方なので、ストーリーの方向性が見ていない部分が多いと思いますが、今後ともご愛読していただけると幸いです。

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