第1話 『起床』
「……またあの夢か」
もう何年も前の事なのに。
ここ最近は見なかったのに、またあの時の事を夢で見てしまった。
「……今更だよな」
違う夢でも見て忘れようと、目を閉じて二度寝に入ろうとする直後。
階段を駆ける足音が近づいてくる。
足音が俺の部屋の前で止まるとノックもせずに部屋のドアが開けられた。
「おにぃー! 朝だぞー!」
せっかく二度寝をしようとしていたのに。
返事をせず、寝たフリをする。
「……寝たフリをしても無駄だぞー! おーきーろー!」
ベッドまで近づいてくるその声にも寝たフリを続けた、がしかし。
次の瞬間その声が俺の身体の上から聴こえてきた。
「……おもい」
「やっぱり起きてんじゃん」
その声の主は呆れたような声を漏らす。
「真陽さんや、早く退いてくれないかい?」
赤を貴重とした品のある制服を着た真陽はサイドテールでまとめられた黒髪を揺らしながら顔を近付ける。
「……退いたらまた寝るつもりでしょ」
「だって眠いんだもん」
はぁとため息をつく真陽。
「だってじゃないでしょ。 もう2年生なんだから先輩としてしっかりしてよね……さもないと」
真陽は制服のスカートのポケットから携帯を取りだし、ボイスメモのアプリを起動させ、こちらに画面を見せて、ニコッと微笑む。
「お昼の放送でこの『おにぃボイス』を全校生徒に流しちゃうよ?」
真陽の言葉で目が覚める。
「待ってくれ真陽。 それを世間では職権乱用と言うんだぞ」
「職権乱用って言われてもねぇ。 起きないおにぃが悪いんだし、仕方なくない?」
「仕方なくない! 酷い! こんな妹想いのお兄ちゃんに向かってそんな物をチラつかせるなんて!」
内容は知らないが真陽曰く「おにぃボイス」とは、俺の中学から現在までに至るまでに喋っていた言葉の一言一言を記録したボイスメモらしい。
そんな物をなぜ撮っているのかを真陽に聞いた時、『訳わかんないセリフを喋っているおにぃが面白かったから』らしい。
「ちなみに、うちのオススメは『おにぃボイス(黒歴史編)』だよ」
「いやなにその(黒歴史編)って」
うちの妹怖い。
というか(黒歴史編)って事はシリーズ化してるってことか?。
「それシリーズ化してるのか」
「もち。 他にも(初めてのお使い編)や(空き缶ポイ捨て編)っていうマイナー向けの物も多数揃えてるよ」
うちの妹怖い(2度目)。
その誰も得しないであろう記録を面白いからって理由だけで良くもまあ集めたもんだ。
兄ながら感心する。
……いや感心したらダメだろ。
「とりあえず退いてくれないか」
「お? やっと起きる気になってくれた」
「いや、二度寝したいから」
「…………」
その後、真陽に叩き起こされたのは言うまでもない。
・・・・・・