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蝕むのは人の憎悪

 私の席から右隣の、2つ前の席だというのに、わざわざ貴重な休み時間に声をかけてくる。イライラしているのは山本くんだけではないはずなのに、誰もが近寄らない。




「あー、ほんといいよなぁ。受験から逃げ出して勉強しなくてもいいやつは。俺らなんかずっと勉強してなきゃなのに、ずっと勉強しなくていいんだからなー。つかズルくね?」




 余程、勉強が苦手なのか集中力が続かないのか休み時間になると決まって嫌味を言う山本くん。周りはそんな事にかまってる時間すら惜しいのか無視しているようだ。誰にもかまってもらえないせいか、最近は嫌味を言うだけでなく私の反応を待っているようだ。




「なー、なんか言えよ。勉強が嫌で推薦とりましたって言えよ」



 もっと他に言葉は出ないものなのかと、山本くんの語彙力のなさにかえって受験が大丈夫か心配してしまうくらい。

あと危機感がない気がするけど、今更なのかな、と横目で担任の村田先生が教室に入ってきたけど気づいてないよね。それを言う事もめんどくさい、正直どうでもいい。言って揉めるなら黙って過ごした方がマシかなって私は思っていた。


でも山本くんは担任が来たことを知らずに尚も私をからかう。


そばにいたクラスメイトが、ヤバいといったような顔をして山本くんを見たが誰も声を掛けなかった。

担任が来ても止めてくれないクラスメイトにもうんざりして、私は山本くんに応える事はなく、一息ついたまま黙って窓を眺めた。反応しない私を見て山本くんは机を小突きながら尚も私に嫌味を言う、担任が来ている事に気づかないまま。




「推薦で受かったやつは余裕でいいよな。勉強しなくてもいいんだから。だから呑気に音楽できるんだ、どんなズルしたら楽できるんだ?教えろよ」




机を小突く力が強くなってカタカタ鳴っていた物音はガタガタと鳴り始めた。

大きくため息を吐いた所で、この物音が止むわけでもなく、周りが止めることもないのだから私は山本くんの存在を無視していた。


それを無視しなかったのは村田先生だ。無言でスタスタと歩いて行った村田先生は、小突いている足に無言で持っていた教材を落とした。




「いてっ なにすんだよ!」と目線を上げた山本は青ざめた。小さいながらも厳つい村田先生の顔は、怒り狂っていた。




「山本!お前、人に嫌がらせするほど受験勉強余裕なのか!それに小坂が何したって言うんだ!推薦が悪いって誰が決めた!

お前らだって、真面目にやっていれば推薦で決まったやつだっているだろうが!

真面目にやらない奴が他人の頑張りを認めずに足を引っ張って許されるのか!

そんなに足を引っ張りたいなら、小坂の代わりに俺がお前らの足を引っ張ってやろうか?今なら漏れなく全員分の願書出せないようにしてもいいんだぞ!」




村田先生の一言に一気にざわつく教室。




「そんなっ!受験日まであとちょっとなのに、ひどいっ」


「いじめてた山本だけじゃないの?ありえない」


「先生っ 横暴すぎます!」


「そうだ!山本だけでいいじゃん!」




てんでんばらばらに悲鳴のような声が上がる。椅子から立ち上がり文句を言う者もいた。

今までずっと止めなかったくせに、って思ったけど耳につく悲鳴のような声が、音が、気持ち悪くて私は辛かった。



だけど村田先生は、教室内をグルっと見渡してから言った。



「ひどいのはどっちだ!小坂一人いじめられているのに、見て見ぬふりしていたのはお前らだろうが!

誰か一人でも小坂を、助けたか?今は誰も止めてなかっただろ。

クラスメイト一人見捨てて自分だけ助かろうとか思うな!お前ら全員でいじめたのと同じだ!」



 声を上げた生徒に向かってジロッと睨みを効かすと、立ち上がっていた生徒と否応なしに座るしかなかった。


そして村田先生は落とした教材を拾って教壇の前まで行き、黒板に背を向けて全員に向かって言った。教壇に大きな音をたてて教材を置き、机をバンッて叩いて、まるで私たちを威嚇するように。



「小坂が推薦で内定したのは事実だ。だが小坂の志望校、志望する科は例年推薦以外で入れる確率を知っているやつはいるのか?今年の一般入試での合格枠は1人だそうだ。それを知っていて言ってるのだろうな?

お前らの志望校はどれだけある?それでも小坂が臨んだ推薦が悪いのか?」



 教室が一気にシーンッと静まり返った。



知らないのも当たり前な話だ、普通の高校なら一般受験が当たり前なのだから。でも私が行きたかった高校は普通ではなかったし、それは推薦を受ける前から知ってた、2年生の時に行った夏期講習で聞いたから。


そもそも高校から音楽の道を選ぶのだからそういうものだと思っていた。

推薦枠を取らないと基本的に入学は無理だから内申点にしても、学力はある程度ないといくら技術があっても落とされるって。


だから、嫌でも推薦で行くしかなかったけど、それは言わなかった。いや、言えなかったのが正しい。

私はみんながまだ勉強して苦しんでいるのに推薦でいけるかもって事を言わなかったんだ。




 静まりかえった教室に、水面に、村田先生は一石を投じるように仁王立ちしたまま言った。




「誰がどこを受けようと、誰が合格しようと、1番の敵は自分自身だ!

自分に負けたら試験の時に力は発揮できないし後悔する。これでもかと、歯を食いしばって自分の力で乗り越えていくのが受験じゃないのか?

それなのになんだ、山本。お前は小坂に怪我をさせただけじゃなくて、勝手に卒業式の内容に口を出したそうじゃないか。

お前、そんな事許されると思うのか?

人の足を引っ張って、人の気持ちを踏み躙るようなやつに俺が喜んで願書ださせると思うか?」




 村田先生はぐるっと教室中を見渡した後、山本くんを睨みつけていたが、山本くんは私を睨みつけてきた。




「小坂、お前チクっただろ………、やっぱりズルいやつだ」山本くんが不貞腐れて吐きだした。



 私は何も言えずに眉をひそめた、言葉に出せるように雰囲気ではなかった。

山本くんから吐き出されたソレが私の周りを覆っていくように思えて、だんだん息苦しくなってくる。



村田先生が投げた石は冷ややかな空気をまとってじわじわと波紋が教室中に伝わる。


何かを言おうと口を開こうものなら、胸に入ってくる冷気に声を奪い取られたように。

波紋はやがて全体に広がり、代わりにクラスからの視線が突き刺さるようで辛かった。




──先生、村田先生は一石を投じたけど、その石は私にぶつかって、私は…痛いです。




 それでも私は言えなかった。チクってはなくても、私がみんなの受験の邪魔する事を望んでいるわけではなくても。また何を言われるのか分からないし、次は何を奪われるのかが…怖かった。


私はいたたまれなくなって、うつむきながら顔をそむけた。なんでこうなっているのかすら分からなくてギュッと目をつぶってやり過ごそうと思った時、山本君の小声が聞こえたのか前の方からまた怒った村田先生の声が響いた。



「馬鹿もん!山本、お前がやった事は2年の学年主任から聞いてるんだからな!

間宮が相談したんだよ、お前が音楽室で小坂に嫌がらせして怪我をさせたことはな!

小坂は何も言っていないし、むしろ笹川先生、保健師から何か知らないかと相談を受けたくらいだ。

お前は今日の放課後、指導室にこい!他のやつらは、今後一切弱いものいじめはするな!

それでもいじめたり、見捨てたりするなら俺も容赦せんぞ!

お前らの願書は出せないものと思え!分かったか!」




 殆どの生徒が首をすくめた、村田先生がここまで怒ったことはほとんどなかったからだ。



でも…でも私は、もう耐えられなかった。私の心にあった大きなものは一気に亀裂が入り、思わず小突かれていた机を叩き、勢いよく立ち上がって言った。




「先生!私はこんな事望んでいません。なんでみんなに嫌な思いさせるんですか?

私は、私さえ耐えていれば、何事もなく過ごせると思って耐えていたのに、なんでこんなにも大きな不協和音を鳴らすんですか!この時期にみんな頑張ってる時に、先生、ひどすぎます!

私はこんな事になる為に黙ってたんじゃありません!こんなっ、こんな理不尽なのって嫌です!」




 もう我慢の限界だった、あの場所にいるのも私が声を発したくても発せられなかった弱い自分にも。そして教室の中めいっぱいに蠢く黒い雰囲気に、耐えられなかった。



目いっぱい大きな声を出して私は言い返した、今までに出した事がないくらいの声を。



 そして言い切るや否や周りの視線に耐えきれられず、私は教室から飛び出した。どこかに消えたかった、誰の邪魔にもならず、不協和音にならないようにいたかっただけなのに、なんでこんなにもうまくいかないのだろう。


後ろで「小坂っ!」と村田先生の声が聞こえた気がした、けれど私は振り向かずにその場から離れた。私の後を追うように足音がしている気がするけど、そんな事も構わず私は走った。どこか隠れられる場所を求めて。こんな暗くてジメジメした場所にいたくなかった、私の心が荒んでいるのを人のせいにしたくなかった。





 私は何もかもが真っ黒に塗りつぶされた、そんなところから逃げたかった。

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