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抜け出せない黒の世界


 あの日からずっと雲がかった空模様で暖かかった日は来ない。通学路で私を誘惑する白いものにも、私は反応せずに黒づくめの人だかりへと身を潜めた。人混みに身を任せて逆らいもせずにクラスへと向かった。




あれからの私は、ずっと黒の世界に身を寄せていた。



次の日教室に行けば「楽でいいよな、おまえは」とか「勉強しないで高校行くのズルくね?」などとクラスのムードメーカーでもあった山本くんから散々嫌味を言われた。でもそれが、徐々に広まって他の人からも言われ始める。きっとそれは、皆が苦しんでいる中、私はその苦しみを味わっていないから。やっかみを受けるのは仕方がないと思おうとした。


みんなが塾に通ったり、家庭教師をつけて冬休みも受験勉強という暗くて辛い色に染め上げられている中、私は推薦入試で合格したのだから。




 でもふと思った、推薦で合格した事はズルいのだろうか。



きっと、ズルくないとは思う、でも正直ウンザリして考えるのをやめた。

一人が一回言ったとしても、何人からも言われると言われる度になんで?って自問自答する事に疲れたから。表向きは素知らぬ顔をして過ごした、反応したらまた言われるから。




 そしてまた音楽室に行けば、また言われるのか、何かされるのか、と思うと怖くて行けなくなっていた。音楽の笹川先生にも心配されたけど、弾きすぎて腱鞘炎になっちゃって、と誤魔化して会話は避けてきた。今頃、間宮さんが演奏を志願している事だろうか………、もうどうでもいいや、どうせ弾けないから。




 私は楽しみを奪われて、怪我もして、悶々としているうちに私の事を何も知らずにただ嫌味言うのって理不尽だと思うようになった。ギスギスしている今、みんなに何をいっても聞いてもらえないだろうし言わないけど。みんなが耐えている辛い受験の冬を遊ぶために推薦を受けようと思ったわけではないのだ。でもそれは分かってもらえないだろうし、もう嫌になった。




私は勉強よりピアノが好きだった、だからみんなが遊んでいた頃から、3歳からずっと弾いてきた。


ピアノを弾き続ける為には、犠牲になったものもある。小学校に入って中学年になったらボール遊びも部活も許されない。指や腕の怪我はもってのほか、料理も包丁を使うからダメだって言われたし、下校したら練習やレッスンに行くからと友達ともろくに遊べていなかった。




 そんな自由と引き換えに、好きだった音楽に、ずっと白と黒の鍵盤に向き合っていたというのに!




 なのにズルいとか言われても、理不尽だなって思う、みんなは今、勉強しているけどそれって小学校くらいからだよね。私は好きでやっていたから、ずっとやってきた事が偉いわけではないのだけれども。




 ピアノ漬けだったのは好きだからよいのだけど、入試が終わっても練習だけでなく、進学した先でも困らないようにと聴音にソルフェージュに楽曲分析。受験が終わったからこそ、今まで以上にピアノを始め音楽漬けの日々。私から音楽を取ったら何も残らないだろうなぁと思いながら毎日を過ごしていた。


だって、受験が終わっても1日でも休んでしまったら、感覚を取り戻すのに3日、3日も頑張らないといけなくなるんだってさ。




 でも既に休んで何日経った?何日頑張らないといけないのかな、私。


これって迷信じゃんとか言われるけど、あながち馬鹿にできない。


誰でも解ける答えがあるわけじゃない、ただ楽譜をなぞるだけじゃなくて、その先の音色や想いを旋律にのせて演奏していたものを完璧に自分のものに出来ていないと、それは、あっという間に失う。掴めていた感覚すらも全て。掴めていた感覚を逃さないように一生懸命おさらいをしては身につける、楽譜にも書き込んでは逃さないようにする。




 サボってなくても、レッスンの時にはうまく弾けていた小節が、家では弾けないとか普通にある。その失ってしまった欠片を求めて、必死にピアノと向き合って白と黒の世界に浸かる、そうやって感覚を取り戻すんだ。


小さい時は楽譜通りに弾けばよかったのに、年を重ねていくにつれて音色はもちろんの事、複雑な動きの中で旋律を歌うだの、表現が足りないだの、この音に透明感を出してだの、形がないものを表現することを求められてくる。するとだんだん曲と向き合うのも辛くなる。


推薦入試の時はまだよかった、良くも悪くも先生に言われた通り弾いたから。この高校の先生受けがする演奏にしなさい、と矯正されたから。






問題はそのあとからだった。






 合格した高校では音楽を専攻して勉強するのだ、いわゆる音楽高校。音楽大学に進学する人ばかりがいる場所、中学校でピアノが弾けたからって話にならないのだと先生は言う。言われた通り弾けるのは当たり前で、そこに私なりの解釈が出来ないといけないのだと。


それから先生が私に与えたのは、落ちこぼれないようにさせるための勉強。高校で学ぶような内容を今、教えてくれているのだけれど、それはもう答えの出ない迷路に迷い込んでしまったんじゃと思うくらい先が見えなくて辛い。


まさにみんなが受験勉強をしている時に、私は高校に入ってからのための勉強をしてきた。


そして、きっとこれからも、みんなも、同じような辛さがあるのだと思うけれど、私は心折れた。今回のことで向き合えなくなった、勉強が嫌になったのだ。






 つまり、好きだった音楽に触れたくないと思ってしまった。向き合うための勉強すらもしたくなかった。






 あとで後悔するのだと分かっていても、どうしても音楽に触れるのが怖くなってしまった。


先生に言われた通り、高校に行ってからの最初の課題曲を早々と与えられ、しかも高校でする授業内容を今、教えてくれている。わざわざ受験が終わったのに通う日を増やしてまでして。




でも実は、私にはとても辛かった。

初めての事の連続に、何故出来ないのかと言われ、さらにはピアノの課題曲もなぞったけれど掴みきれない曲の表現に。我慢していたけれど、それでも難曲を自分のものにできた時の喜びを味わうために頑張ってきた、頑張ってきたのだけど、怪我と同時に心も折れて何もかもが嫌になって逃げ出した。






そう、私は一昨日からピアノを弾いていない。


 怪我してはいるけれど、それでも弾けないわけではない。






学校に行っても嫌味の日々で、レッスンと称した地獄に家にいても練習、楽曲分析に、有名なピアニストの演奏を聴いたり……もうウンザリだった。


日に日に溜まっていくものが、私の中でチャポチャポと音をたてるようにもう限界が近い時、心の中で一つの思いが芽生えた。




 "受験から解放されたはずでしょ、腕休めてる間、今だけ休んでもバチは当たらないよね"




だから母さんに言った、「たまには息抜きもいいでしょ?今日はお休みしてもいいかな」って。


答えは「ノー」だった。そんなこと言っている暇があるのなら勉強しなさいだって。

他の子はみんな受験勉強しているでしょ?と。

そりゃ、そうなんだけど、でもちょっとくらい気分転換させてよって思った。




 私も今まで好きでピアノ弾いてきたけど、学校に通わせたいのは母さんであり、また先生も実績の為にさせてるんだって思う。

母さんは昔ピアノを教えていた、それで私もピアノを弾いていたんだ。

私が小さい時に教えてくれていたけれど、発表会の演奏を聴いた今の先生が、才能があるとかなんとか言って今の先生にずっと通わせて、学校も専門の学校に行きなさいって進めてきた。


勿論、私ももっと弾けるようになりたいし、勉強してみたいっては思ってる。

でも、怪我した時くらい休ませてくれてもいいのに。



 ほんと、大人ってズルいよね。



 もっとこう表現しなさいっていうけど、感情なんかこめられない。感動ってなに?


 そもそもそんな感動する事ってないよね。学校行って勉強して帰ったらピアノ弾いて寝る毎日。


 テレビとか見なければ、友達と遊びに行く事もほとんどない。


 連絡兼演奏を聴くためだけのスマホも、家族以外の通知はほぼほぼない。



私だって勉強したいっては思っていても、こうも自由がなくて鬱屈とした中では息も大きく吸えなかった。そしてそれが私の肩にのしかかる重責になって、私を押しつぶそうとする。



 私は毎日の事に不満を感じて、好きでやっていた音楽の事に嫌気がさしていた。

こんな毎日が嫌で嫌で逃げ出したかった…。




 ここから逃げ出したい一心でぼんやりと眺めたところで空は、スッキリしない。冬の透明感のある空が好きだったのに、濁って雲に汚されてだらしなく染まっている。暖かった陽射しもどこへ行ったのやら、見る影もなかった。




 つまるところ現実逃避したくても出来ない、そんな時間が受験が終わった私にのしかかっていたのだ。







 ほら、また、山本くんが私に、八つ当たりをしてくる………。


※高校受験と大学受験がごっちゃになっていたので一部を変更しました。

既に読まれていた方、申し訳ありません。

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