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あたためられ蕾は


 今日の私は、1人で昼休みを過ごしていた。


今まで過ごしていた音楽室ではない、4階にある音楽室から遠く離れた1階の図書室にいる。

場所を変えたのは、まぁいろいろあったからだ。先日の大雨を思えば今日はとても天気がよかった。太陽の陽射しを受けながら、私はぼんやりと過ごしていた。



 周りに私しかいない事をいいことに、私は手足を伸ばしてから暖かい陽が差し込むこの机に顔を突っ伏した。右手には仰々しく巻きつけてもらった包帯。時折ピラピラたなびく包帯の端っこを見つけてはグイッと隙間に押し込む。

ここまでしなかったら休めないしな…と右手を少し持ち上げてはみたけれど、やっぱり罪悪感が顔を出してくる。



誰もいない図書室は音を全て吸いとっているかのようにシーンとしていた。



なんだか、その静寂に責められているような気がして、私は昼休みに読みかけていた書籍を枕にして、窓の外に視線を向ける。その窓枠の先には時折、白と黒のボールが空高く飛んでいくのが見えた。


ここは読書したり勉強したりする図書室だから、静かにさせるための二重窓の遮音が、グラウンドの声をかき消している。その窓をこっそり一枚開けたらグラウンドで叫ぶ声がかすかに聞こえてきた。少しくらい音が零れてきた所で、図書室には私以外誰もいない。しかも皆、授業中だから誰も来ない。



ほら、他のクラスの子達は体育で外でサッカーをしている。



押し潰されそうな罪悪感の正体には、いまが授業中っていうのもあった。

私だってわざとサボってた訳じゃないけど、気づいたらドアを閉められてしまっていた。


昼休みに日向ぼっこできるこの場所でぼんやり外を見ていたらうっかり眠ってしまっていたみたい。

さらにここの場所は本棚の影で目立たないせいか戸締りの際に見落とされていたのかも。


 普段なら絶対しない事が重なって、でも今更教室に戻るわけにもいかず、私はぼんやり外を眺めていた。

ため息混じりにぼんやりと外を眺める。何をするでもなく、何をしたいのかも分からないまま暖かい陽射しをうけ、私の思考は窓の外を通り越して空の彼方へと行ってしまった。



 暖かい陽射しと、時折聞こえる声を耳に私は夢を見る。



高校から始まる授業においていかれない様、休み時間も読むように持たされた楽典の本を持たずに、私はクラスの子と遊ぶ。授業中もコソコソと書いては回す手紙に、見学しなくてもいい体育の授業。放課後はあきちゃんと遊びに行く、土管に入るにはちょっと苦しいからブランコに座ったり自転車でどこかに出かけたり。

近くにある駄菓子屋さんに立ち寄って買ったお菓子を食べながら帰宅したら、ご飯の時間まで勉強して、テレビみたり漫画読んだり。



 すごく楽しかった、嬉しかった、でも途中でこれが夢なんだって気づいてしまった。

全て、私がしたかったことは、夢にはいっぱい詰まっていたから。ささやかな夢、今までしたかったけど出来なかった事が、詰まった夢。でも大好きなピアノは出てこなかった、ピアノの代わりに失ったこと、失ったものはとても鮮やかに見えた。


そんな夢もあっていいな、そう思ってまた夢に浸ろうと思った時。



 私だけの世界は音を立てて破綻した。




 ──カチャカチャッ   ガラガラガラ   ピシャン




異質な音に、浸っていた世界から一気に呼び戻された。

私の思いとは裏腹に何もない世界に異音がして、誰もいない世界に誰かが来たのだ。


慌てて隠れようかと思ったけど、この場所は窓際の奥まった席。先生だったらどうしよう。高校、合格取り消しされちゃうのかなと思ったけどジッとしていたらばれないかもしれない。

さっきまでの幸せな時から一転して、まだ夢うつつな頭を必死で起こそうとする。

でも足音がだんだん近づいてきて、私は身体を固く小さくした。



 どうか…見つかりませんように……。



息を殺して、じっと過ぎ去るのを待つ。

グッと我慢して、静かにやり過ごそうとしていたら先ほど開けた窓から大きな声が聞こえた。


「やったーーーっ」の声に続いてホイッスルが長くなり、響き渡る歓声に合わせて私の心臓は大きく脈打っていく。


何か探し物だけなら、すぐ帰ったかもしれないのに、私が空けてしまった窓を閉めに来るかも。

どうしよう、バレちゃう。怒られちゃう…


少しでも小さくなって視界に入らないようにしながら私は「心臓よとまれ、静かにしなきゃばれちゃう」と必死になって願った。その間にも足音は少しずつ近づいてきて…、その足音はすぐそばまできて止まった。


もうバレた、絶体絶命だって思って半泣きになりかけた時だった。



「…小坂さん、起きちゃった?」



 不意に上から降ってきたのは優しいあの声。

その声の持ち主は、なぜだかいつも私を助けてくれる谷くん。昔遊んでいた事が最近分かって、このところよく話をするようになった。

でも大人な対応する谷くんがなんで今ここにいるんだろう。そうは思っても私は、先生じゃない事を知って大きく息をはく。そして泣きそうになったのがバレないように包帯が巻かれた右手で顔をこすってから、後ろに立った谷くんに視線を向けた。



「…ん。さっき起きたとこ」



返事をすると谷くんは私のそばまで歩いて、止まった。

谷くんも授業のはずなのになんでいるんだろうと思っていると、開けていた窓を閉めた谷くの声が上から降ってくる。



「昼休みに帰ろうとしたら小坂さん気持ちよさそうに寝てたからそのまま閉めちゃったんだ。ここ特等席だよね」



ヘヘッと悪ガキっぽく笑いながら谷くんは隣の机に座り、頬杖をつきながら窓の外を見ている。


普段、こんな距離で谷くんの横顔なんて見ないのだけど、こんな日もあるのかと、私は左手で頬杖をつきながら谷くんを眺めた。



暖かい陽射しの中、目を細めて外を眺める谷くん。


差し込む光に髪の毛がキラキラ光ってみえた。私の黒々とした髪の毛と違って、ちょっとフワフワしていて柔らかそうで羨ましい。



図書室の中には二人、でも響く音もなく静寂に包まれている。

私は、何をするでもなく突然登場した谷くんをただ眺めていた。



「谷くん、授業はどうしたの?」



質問をしながら、私は髪の毛を持っては光に透かしてみていた。

キラキラしない、剛毛で縛った跡すらつかない可愛くない私の髪の毛。


横目で谷くんの髪の毛をチラチラ見ながら、私の髪の毛と比較していると谷くんの視線は外をむいたまま答えた。


「んー。忘れ物したので取りに行ってきますって言ってさー」


「そしたら、急いで戻らなきゃじゃないの?」


「大丈夫じゃん?もうちょっとしたらチャイムなるし」

ひょうひょうと語る谷くんは私に顔をむけてニカッと笑った。


こないだ私が自暴自棄になって逃亡した時も、授業を放り投げ出して私を追いかけてきてくれた谷くん。

でも堂々と授業をさぼる事をいとわない谷くんに思わずビックリしてしまった。

今まで淡々と中学校生活を過ごして、女子とは話す事があっても男子とはあまり話さずに来ていた。でも音楽室の一件以来、喋る機会が増えたから、なんだかちょっと知らない一面を見て嬉しい気持ちもある。あとここにいる罪悪感が少し共有できていた気がして。


「谷くんって、受験勉強そっちのけで授業サボっちゃうだなんて思わなかった」


ポツリと呟くと谷くんは窓の外に視線を戻して、まだ頬杖をつけながら眺めながら答えた。


「そうかな。僕だってサボりたくもなるんだよ」


「案外大胆なんだね」って言ったら横でケラケラと笑う声が聞こえた。


「でしょ、元々こうなんだよ。だから見た目と考えてる事違うって言われるんだ」


「忘れ物って言ってサボっちゃうとことか?」こちらを見てないと思うと、気が楽になって私も白黒のボールが飛ぶのを眺めながら答える。


「あと、起こさずに閉めちゃうとことかね」


おもむろに私を見てクシャッと笑った、谷くんの白い歯が印象的だった。

思わず私もつられて笑うと、谷くんは表情が変わる。突然真顔になって窓に視線を戻して「でも忘れ物の話は本当だよ」と話を続けた。


「あれから小坂さん、ちょっとは落ち着いた?いつもあんまり表情出さないけど、あれからもピアノ弾かないしさ、怪我辛いのかなぁって思って」


「あー、そう見えちゃってたかな。実は納得のいく演奏が出来なくて練習してたらね、弾きすぎ!って怒られて学校ではピアノ禁止なの」


包帯が巻かれた右手を見せて、ヘラヘラって笑った。

意外な事ばかりが続く。谷くんがそんな事気づいてたと思わなかった。

けれど慌てて誤魔化すように私は笑う。それを見たのか見なかったのか分からないけど谷くんは話を続けた。


「今週、バレー部の後輩が図書当番でさ、たまたま今日図書室で喋ってたら小坂さん見つけたんだ。

それでここを閉める時に鍵借りて、わざと閉じ込めちゃった。

幸せそうに寝てるのを起こすのもどうかなーって思ってね」


気遣ってくれて閉じ込められてたのかと思うと思わず笑ってしまった。

まさか谷くんが締め出したとは思えなかったから。


「犯人は谷くんだったんだ。私、てっきり気付かれなかったんだなって思っちゃった」

「あ、自供しなければバレなかったか…、失敗」

ポリポリと頭を掻いて照れ隠しをする谷くんは、少し考えた後、あらためて言った。


「あのさ、小坂さんに聞いて欲しいことあったし、ついでに図書室来ちゃったんだけど、聞いてもらってもいいかなぁ」


 チラッとこっちを向いた目が真剣で、「う…、……うんっ」と思わず緊張してどもってしまった。そんな私を見て谷くんは、また緩んだ顔で喋り出した。


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