勇者が召喚されたから死んでみた。
勇者が嫌いだ。この世界に勇者なんて必要ない。
勇者召喚の儀式が昨年行われた。召喚されたのは1人の青年だった。中肉中背、気迫もなければ度胸もない。なんでこんなやつに世界を任せなくてはならないのかと思った。こんなやつよりも俺の方が数百倍強いと、その時は思っていた。
神は不公平だ。この世界を30年前から剣1本で血反吐を吐きながらも守り続けた俺にはスキルなんて1つもくれなかったくせに召喚された勇者には人類全員でかかっても勝てないような強力なスキルを持たせていた。俺は奴に様々な面で勝ってる。体格も、力強さも、剣術も、体術も信念も、忠誠心も…。しかし俺が奴と戦っても万に1つも勝てないだろう。スキルのせいだ。どんなに努力してもスキルだけは覆すことが出来ない。血のにじむような努力で得た剣術も体術もスキルの前では児戯も同然。価値など皆無だ。スキルを与えたのは神だ。ならば神はこう言いたいのだろうか。
「努力は才能の前では無意味」
今日魔王が勇者の手によって討たれた。技術なんて関係ない。スキルによるゴリ押しだったらしい。
数日後、国王に王国騎士団団長を辞めたいと願い出た。国王は最初の方は止めようとしていたが、俺の眼に生気が無いのを察したようで、最終的には首を縦に振ってくれた。
寮の自室に戻り、荷物をまとめる。戦い以外に何も無い人生だったから部屋には必要最低限のものしかない。小さい布袋に私物を全て入れ愛剣を持って部屋を出る。寮の門を出た辺りで寮に向き直り、深々と丁寧にお辞儀をした。「ありがとうございました。」俺の人生の半分以上を過ごした場所。俺の故郷とも言える場所に人生で最も心の込めた感謝を送った。
そのあと1時間ほど歩き、最も近くにある河原に着いた。もう日は暮れかかっている。沈みゆく太陽がなんだかとても美しく感じた。少し涙が出そうになったけど必死に我慢する。1粒でも涙を零してしまったら、訓練中に泣いていた「奴」と同じになってしまう。俺は弱くなんかない。絶対に泣くものか。
太陽が完全に沈むと同時に俺は愛剣を持ったまま川に入る。30年共に戦った俺の相棒だ。あの世まで付き合ってもらおう。自分勝手だがきっとこいつも許してくれる。水が腰あたりまできた、それでも進み続ける。首まで水がきた、進む。ついに体が全て川に飲み込まれた。そしてゆっくりと目を閉じる。その目が開かれることは二度となかった。