狡猾王女と前世の記憶
光が見える。
ぼんやり、ゆっくり、形になっていくそれを、私は眺めている。
忙しなく動き回っては、私の顔を確認する誰かの顔。呆然としていると、私の耳にようやく声が聞こえてきた。
「お目覚めですか、王女殿下⁉」
「誰か、医師を早く!」
うすらぼんやりしていた目をぱちくりと瞬かせて、私は心の中でこう呟いた。
「国王陛下にご報告を!エリザ王女殿下の意識が戻られたと!」
───目が覚めたらゲームの敵キャラだったとか、それどこのライトノベル?
前世の死因は事故死だった。
よくある死因だ。ぶつかった車が軽トラックなのも、そんな事ある?と、ベッドの中でしみじみ思うぐらいにテンプレ。
さて。今の私は記憶の中で軽トラックに撥ね飛ばされた女子高生ではない。どちらかと言うと、女子高生とは縁遠い存在になってしまった。
エリザ・ダイヤモンド・アルトメリア。
それが、今の私の名前。この魔法と神秘に満ちた世界『ファンタルシア』の大国、アルトメリア王国の第一王女───私が生前プレイしていたゲームの敵キャラの一人だ。
そもそも、『ファンタルシア』とはこの世界の名称であり、私がプレイしていたゲームのタイトルでもある。近世の世界観、剣と魔法のファンタジー、多種多様の種族や職業など、王道RPGの要素を思いきり詰め込んだシリーズ物の超大作だ。
主人公は性別、容姿、そしておおまかな性格を設定する事ができるマイユニット。性格によって口調が変わり、性別と選択肢によってメインストーリーが多少変わる。一度クリアすると、二週目からは一部のキャラとの結婚システムが開放される。
あぁ、思い返していたら新シリーズ待ち望んでいた時の記憶まで蘇ってきた。軽トラック、許すまじ。
「失礼しますぞ、エリザ様」
───と、考え込んでいた私に話しかけてきたのは、真っ白な長い髪と髭の老人だった。どこぞの魔法学校の学園長感が凄いが、この人が教師ではない事を私は知っている。
ウォーレン卿。アルトメリア王国の宮廷魔法医師で、確かシリーズ通して最強クラスのヒーラーだった筈だ。
「儂の名前がわかりますかな、エリザ様」
「……ウォーレン卿」
「さようでございます。ほっほ、覚えていただけて光栄ですぞ」
ウォーレン卿の質問は更に続いた。
私の名前、アルトメリア王国の事、家族や侍女の名前───よくある、意識がハッキリしているかどうかを確認する為の質問だ。
前世を思い出す前の記憶もちゃんと覚えていたので、質問にはスラスラと答えられた。
「どうして今、ベッドで横になっておられるかはわかりますかな?」
「えっと……魔法が飛んできて、私の頭に……」
思い出す。目が覚める前の、私の意識がまだ“エリザ・ダイヤモンド・アルトメリア”時の記憶を。
「えぇ、さようでございます。エリザ様は四日前───魔法の練習をなさっていた第三王子殿下の魔法が当たってしまい、そのまま昏睡状態でおられたのでございます」
「よっかまえ……四日前⁉」
「四日前ですぞ。なので、そう大きな声を出すのはいけませんな」
冷静に話ながら、メイドが用意していた水を私に差し出すウォーレン卿。大人しくそれを受け取って一気に飲むと、今度は「元気があって大変よろしい」と言われた。
「そ、れより……アー、の、兄様は?今はどうして……?」
あ、危ない。うっかり名前で呼びそうになった……。
王女であるエリザには、三人の兄と一人の弟がいる。その一人である第三王子は、二つ上の三番目の兄───アーノルド・ダイヤモンド・アルトメリアの事だ。
「アーノルド様は、エリザ様を傷付けてしまったと、部屋にこもって反省しておられましたな」
「そ、う」
そうか。そうだろう。私は、キャラクターのアーノルドの事を知っている。
優しくて温厚な彼は、主人公の助けになってくれる重要人物で───家族の罪を命懸けで止めようとした、心優しい人なのだから。
そんな人だから、間違って妹に魔法をぶつけてしまった事をきっと後悔しているのだろう。
「……ウォーレン卿」
「は」
「アーノルド兄様の所に行く。ついて来て」
「かしこまりました」
ほっほっほ、とウォーレン卿が笑いながら、私の手を取って支えてくれる。うわ、作中最強ヒーラーが触ってくれた。というかそもそも話しちゃった。感動。
エリザ・ダイヤモンド・アルトメリア。
ファンタルシアシリーズ第三作目、『ファンタルシア=ブラッドハーツ』の敵キャラクター。
計算高くて狡猾で───誰よりも家族を愛していた女に、私は成ってしまったのだ。