これでどう?
端的にいうと、これはわたしたち人類と“虫達”たちとの戦いだ。
だけれども、わたしにとって、これはわたしとイライザの物語だ。
そう、イライザとともに駆け抜けた物語だ。
◆
ステルス型に改良された二機のタンデムローター式大型輸送用ヘリコプターは、それぞれ深い闇夜にまるで溶け込みつつ、巡航速度時速二四〇キロの速さで飛んでいく。
ヘリの一機に乗り込んでいた、体の線が浮き出た純白のスマートスキン姿の少女。彼女は自身が着用する強化外骨格の装備を念入りに確認している。
六本の短銃身を束ねた電動式ガトリング砲、補助腕にマウントされた一二・七ミリ重機関銃、五・五六ミリ軽機関銃、小型兵装コンテナに収められた無数の手榴弾と四〇ミリ擲弾発射器。誘導機能を有さない携帯対戦車無反動砲。そして腰から下げている直刀型の高周波ブレードの一太刀と大鉈。
複合空間装甲内部に充填された衝撃吸収ジェルもだ。それに左肩に取りつけられた敵味方識別用の赤外線ストロボなどの装備も漏れがないように少女は丁寧に、だが素早くチェックしていく。
少女――イライザは一通り点検して満足すると、豊かな金髪を片手で弄りながらご自慢の歌を披露する。
ジョージ・バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』が原作の『マイ・フェア・レディ』だ。そのなかの「今に見てろ《ジャスト・ユー・ウェイト》」という曲だ。音声学者の厳しい訓練に打ち込む花売り娘のくだりをヘリのカーゴベイ内で熱唱する。
「……おい、誰かあいつを黙らせてくれねえか」
同じユニットの相棒であるミシェルが殺気立つ。彼女はすでに装備の点検を終えて、強化外骨格を装着している。
「これから“害虫駆除”だってのに、古臭い歌まで聞かされちゃ堪んねえよ」
「『スペインの雨』まで歌うに五〇〇〇円」冷静沈着が売りのシアンが鼻を鳴らす。
「じゃあ、これから大乱闘になるに一〇〇〇〇円」天真爛漫なソフィアが掛け金をつり上げる。
うんざりしたわたしはイライザのほうへ近寄ると、彼女の耳元で囁いた。
「みんな殺気立ってるの。あんまり刺激するようなことはしないでくれる?」
「……そう、それはごめんなさい」
イライザはしおらしくミシェルたちのほうへ向かって手を合わせて謝る。
「わたしの歌で皆の気持ちが少しでも和らいでくれればよかったのだけれど」
その文言とは異なり、嫌みに聞こえない声音だ。
「はん、自信過剰かよ」
「ミシェル」わたしは反射的に窘める。
<降下一八〇秒前だ。当リモにご搭乗されている全ての淑女の皆さんは高飛び込みに備えてくれ>
機上輸送管理担当が言う。
「……アカネ」
イライザに呼び止められて、わたしは振り向く。
すると、彼女は朗らかに笑う。そして、戦場で会おうね、と言った。
言うが早いか、彼女は強化外骨格に両足を突っ込むと、そのまま上半身を一気に装着する。
一般兵用の濃灰色とも、特殊戦用の黒色とも違う、真っ白い強化外骨格だ。その機体色から「スノーフェアリー」の二つ名を持っている。それがイライザだった。
「アカネ、そろそろ着てねえとヤバいぞ」
「わかってるよ」
わたしは漆黒の強化外骨格を装着する。黒いナノコーティングは赤外線特性を抑えるための特殊塗装だ。もっとも、“虫達”相手にどれだけ効果があるのかはわからない。
わたしとミシェル、シアン、それにソフィアはスマート爆弾にも似た兵員輸送ポッドのなかに入って、腕を胸元で交差させた。他の一二名の隊員とイライザもポッドのなかへと入っていくのが、わたしが目にかけているコンバットグラス越しに表示される。
<降下一二〇秒前だ。機外投下のタイミングをそちらに譲渡する。ユー・ハヴ・コントロール>
「マザー・フライ、こちらファントムペイン・ワン。了解した。アイ・ハヴ・コントロール」
タンデムローター式大型輸送用ヘリコプターは巡航速度の時速二四〇キロのまま、闇夜を切り裂くようにして飛ぶ。兵員を降ろすために減速などしない。空中をホバリングしているときがもっとも危険なのだから。そのかわり、わたしたちはとんでもない速さで飛ぶヘリから投下されるわけだけど。
<降下六〇秒前、後部ハッチ開放>
カーゴベイに強風が吹きつけてくる。兵員輸送ポッドが微かに揺れる。
カウントが見る見るうちに減っていく。いい感じだ。何がいい感じかというと、今のわたしはこれから赴く戦場に対して、適度な興奮を覚えていた。恐怖で体が強張ったり、不安で精神に異常を来すこともなく、どこか楽しみで待ち遠しい感覚があった。
<……三、二、一、〇>
「ファントムペイン・ワン、投下」
ロックが外れると、自重ですぐに真下へ引かれていく。そのまま自由落下していく。上部のフィンが細かく動いて、兵員輸送ポッドを降下地点まで誘導する。
兵員輸送ポッド下部の機銃が展開し、降下予測地点の廃墟で蠢く“虫達”たちを粉々にしていく。
四〇ミリ擲弾も撃っておいて、無防備な着地の瞬間を狙われないように、わたしたちは執拗に“虫達”たちへ攻撃を行う。
すると、全長三メートルを超えるカマキリ型――両手に鎌を備えているくらいしかカマキリと共通点はないのだが――の“虫”。それに、全長四・五メートル近い、まるで戦車のようなカブトムシ型――肉と殻で戦車を作ったかのよう――の“虫”がまだ生き残っていた。
<どうするファントムペイン・ワン、厄介なのがいるぞ>
<……じゃあ、わたしが>
イライザが先ほどと同じように朗らかな口調で言うと、兵員輸送ポッドの上部が展開して、制動傘が展開する。
ある程度減速してから、ポッドが空中分解する。なかからイライザの強化外骨格の白い機影が飛び出してくる。
純白の機体が右腕を差し出すと、ミニガンを掃射する。
カマキリ型“虫”の頭部を確実に捉えて、ずたずたにしていく。巨躯が揺れて、その場に崩れ落ちる。
そして、カブトムシ型“虫”に対しては、携帯式対戦車無反動砲を放つ。一発、二発、と立て続けに放つ。
カブトムシ型“虫”の槍のような切っ先が届くよりも先に、成形炸薬弾がカブトムシ型“虫”の外殻を貫徹する。漆黒の外殻が穿たれて、なかから体液が迸る。カブトムシ型“虫”は勢いもそのままに横倒しになって、そのまま動かなくなった。
<……これでどう?>
<まぁ、文句はねえよな>ミシェルが苦々しく吐き捨てる。
着地地帯の安全を確保してくれたイライザには感謝してもしきれない。
LZに兵員輸送ポッドが着地すると、ポッドが全ての衝撃を吸収し尽くして、自壊する。
なかからは装甲で全身を覆った少女たちが一六人が出てきて、周囲の状況を確認する。
<殺した“虫達”のフェロモンが番人“虫達”のもとへ到達する前に、“女王蜂”を排除しましょう>シアンが言う。
<そんなの、シアンに言われなくってもわかってるでしょ>ソフィアが抗議の声を上げる。
<まさに、“キラークイーン”ってわけだな>
わたしとミシェル、シアンにソフィアの組みが先陣を切って、その場から駆け出す。
まだ推進器は使わない。こういった行軍時には筋力増強だけで十分だ。推進剤は最後の最後まで温存しておきたい。
退路を確保するために残ったふたり以外の、一四人とイライザでの行軍だ。イライザはわたしの隣で鼻歌を歌いながら駆ける。
<熱源反応、三メートル級が四つ、一〇秒後に会敵>シアンが警戒してくれる。
<よっしゃ>ソフィアが手榴弾片手に、その場で片膝をつく。
カマキリ型“虫達”が四体、地を這うように飛んで来た。
ソフィアが手榴弾を投擲する。
先頭の“虫”へ内部に入った硬質の鉄線が危険な破片群となって襲い掛かる。
先頭の“虫”が転倒し、後続の身動きが取れなくなる。
<おらぁッ!!>
ミシェルのミニガンが火を噴いた。
前進も後退もできない“虫”は確実に蜂の巣にされていく。
<行きますよ>
シアンの四〇ミリ擲弾発射器から、擲弾が発射される。
レーザー測距で捉え続けた敵影をトレースし、きれいな放物線を描いてから、きっかり二秒後に炸裂した。
頭部を失った“虫”は横倒しになったまま、身動ぎひとつしない。
「最後はわたしが」
わたしは推進器を吹かすとその場で一気に跳躍する。
そして、鎌を上段に掲げて迎撃の構えを取る“虫”に大鉈を振るう。勢いと自重に任せて振り下ろした一撃が、鎌を砕き、そのまま頭頂部へと刃が食い込む。
そのまま力任せに押し込むと、ぐらりと巨体が崩れて落ちる。
「第一段階はこれにて終了かな」
人の往来が絶えた廃墟のなかで、わたしは誰に言うでもなくぽつりと呟いた。
戦闘描写の練習で、手癖で書きました。約10,000文字あります。