それでも真実を見たいか
聖書 エレミヤ書10章23節
主よ、私は知っています。人間の歩む道はその人によるのではなく、歩むことも、その歩みを確かにすることも、人によるのではないことを。
(新日本聖書刊行会)
観測者・神田 幸彦………転生者ミサキの片割れは、船着き場から出港した宇宙船「MISSION」内で月の光を見つめていた。どのくらいの時間が経ったのか………彼の外見は、地球にいた頃の「初老の男性」では無くなっていた。離れ離れになった当時、18歳のミサキにやや近づいたのか、幸彦の皮膚の皺は消えていた。船内は、666タワーの一室を模した造り。その洗面所の鏡に映る姿は、幸彦の記憶によれば
「未亜」
息子の名前。とうに成人し、自立していった。そして、「転生前の妻」、希子の事を思い出す。息子の母親。その前は、恋人だった女。今は神田家の主。幸彦は、自分の父母や資産の管理を全て希子に押し付け(任せ)、晴れやかな気持ちだった。長年患った「鬱」が、嘘のようだ。なぜ早く、「こう」しなかったのか。つまり………死よりも自由。それが、いまの幸彦の正直な気持ちだった。ただ、一つの「使命」を負った事を除けば………
「観測」。転生者は、必ず二人でなくてはいけない。それは「愛」のためだと、デーモン社のコマーシャルや営業担当者は強調した。地球上の人々の「夢」。それが転生。その費用は、通常の人間が一生の間に稼ぐ「金」よりも多い。つまり、転生する人間は、「選ばれている」。そう、選ばれた人間、それも、愛を手に入れた、最上級の人間が到達する、特権。それが、転生………のはずだった。幸彦は、深い嘆息と共に、思考を放棄した。
酒蔵から、一本のワインを取り出しふたを開け、瓶から直接飲む。幸彦の人生で、初めての行為。それは、息子や、その友人がやるような………下劣で卑しい行為だ………そう蔑みつつも、やらずにはいられない。
窓の外に目をやる。自動運転の宇宙船内には、幸彦ただ一人。新天地を求め、宇宙船は静かに、運行する。幸彦は、ただそれを見れば良い。見る事で、月との連絡………ミサキと繋がる。ただ、そのためだけに離れた二人。それに………もはや一つにはなれない。生殖の必要が無い体。最新型の人類………だろうか?
幸彦は、妻、希子を伴い田舎から上京した頃は25歳の青年だった。
懸命に働き、定年後はまた田舎の、両親の邸宅と農地を………そんな人生設計を妻が口にし始めてから数年は、原因不明の「憂鬱」に襲われ休職を余儀なくされた。いわゆる「ミドルエイジ・クライシス」。そんな時出会ったのが、行きつけのスナックに新人として入って来たミサキだった。
ミサキは、幸彦にとって「女神」または「菩薩」のような存在になった。希子は………幸彦の「本当の望み」を見ようとしなかった。夫が、死にかかっていたとしても。
幸彦は、希子からの「もう、お互い自由になりましょう」という言葉を引き出すために、あらゆる方法を実行した。つまり、夫婦で傷つけあった。ミサキの事は隠し通したまま。
その「茶番」を破ったのは、希子だった。ミサキを尾行し、ナイフで切りつけたのだった。
次の日、幸彦とミサキの「転生計画」は、実行された。
* * * *
ジャック デーモンは祈る。ただ一人、草原の真ん中で。
「神様。僕は嘘を吐いている。加藤 糺に。彼は神を信じない。育った環境が、あまりにも酷い境遇だったから。優しく愛したいけれど、そうすれば彼はきっと拒絶します。だから、傷つけて愛すしか無い。僕は、それが苦しい。だけど、そうしなければ、いけない。そうしたいから。嘘で彼を、躍らせながら」
その懺悔を、聞くのは神のみか。それとも、壁に耳あり、か。




