表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

子供は夢の続きを見るために

「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人です」

 聖書・ルカの福音書5章31節より抜粋




挿絵(By みてみん)


 黒髪の少年が暗闇に紛れて路地を急ぐ。踏みしめる泥濘ぬかるみの、飛沫しぶき模様がブーツに染み込む。

 少年は傾いた長屋の引き戸を開け………「ただいま」と呟く。台所の流しには、汚れものの山。その臭気の元を一瞥し、障子戸を開ける。


「おばさん」


 少年の声に、布団で眠っていた女がもぞもぞと動く。

 掛け布団をめくり、掻きむしった痕がある腕に軟膏を付け手のひら全体で広げる。


「すまないねえ、ジャック………これでしばらくは眠れるよ」


 萎びた女が、前歯の抜けた口を歪める。


「おばさん、洗い物してきます」


 少年………ジャックは、立ち上がった。


「ジャック、父さんは………デーモンさんは良くしてくれるの?」


 女が、心配そうな顔で尋ねた。ジャックは、遠くを見つめるような表情になり、そして答えた。


「デーモンさんは………父さんは望みを全て叶えてくれるよ。そう………愛以外は全てこの手に」


 二人の間に、暫しばしの沈黙。

 それを破るかのように、笑ってその場を立ち去るジャック。目を閉じる女の目尻から流れ落ちる涙。


「きっと、何か辛い事があるに違いないさ。あれは、何かを我慢している時の顔だもの」


 老いた女は、胸の上で手を組み祈った。

「神よ、どうかジャックを助ける人が現れますように。私では、どうしようもないのです………」

      *      *      *      *

 化粧崩れの酷い顔の女が半裸で部屋を飛び出す。


「おい!まだ終わっちゃいない、戻れ!売女ばいため!」


 下半身を隠しもしないで、たるんだ腹を震わせながら男が叫ぶ。

 こずえは、血に濡れた裸足のまま街を疾走した。糺ただすの名を叫び泣きながら。

 帰宅すると、赤ん坊が泣いている。愛しい男は、今日も帰らない。そんな焦りが、こずえの顔を鬼気迫る表情にさせた。


「こずえちゃん、若い男は、長くは居つかないよ。いい加減、諦めなよ。らしくないねえ」


 こずえの姿を認めるや、立ち上がる黒サテン・ミニスカートの女。仕事の合間に寄ったのか、キャミソールの胸が半分はだけている。体のあちこちに、体液の筋。


「ごめんね、忙しいのに」


 こずえが素直に謝る。


「いいのよ。赤ちゃん、死んじゃったら可哀そうじゃん」

「………。わたし。母親失格だね。育てる自信、無い」

「弱気だね。………赤ん坊なんて、食べて寝て。奇麗にしてりゃあっという間に育つよ」

「………。捨ててこようかな」

「何言ってんのさ。うちらみたいにしたいの? 自分の子供」

「わたしらだって、どうにかなったじゃん。生きてるよね、生きてる。生きて………」

「こずえ、血、洗ってきな。3日休めるから、その間に考えれば。色々」

「考えたって、答えなんか出ない。糺だけが頼りだったのに」

「………あいつはダメ。頼っちゃダメだよ、こずえ、男に頼ったらだめ。立たなきゃ、一人で」

「疲れたよ………もう疲れた………う………うう………ううううーーーーーーーあああああん!!」


 悲痛な鳴き声と、母を求める赤ん坊の………未だ名前を与えられていない………叫びが、スラムのバックミュージックのように聴く者の気持ちを憂鬱にさせた。いつものように。男からくすねた中南海に火を点け、煙を吐き出しながらその様子を眺める女………ありさは、心の中で泣いた。一緒に泣いたりしたら、自分まで立てなくなるから。


「ねえ、その子。名前付けたげる。エデン。エデンにしよう、ねえ。楽園って意味なんだよ。ジャックが言ってた。あの子、色々知ってるよね………最近見ないけどさ」


 ありさはそう言って、泣く赤ん坊「エデン」を抱き、あやした。

      *      *      *      *

雨が上がり、虹が、架かった。バベルの真下、草原に佇む加藤 糺ただすは、探し物をしていた。

大事な………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ