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母親殺し

 偽善者たちよ。あなたがたは地と空の様子を見分ける事を知っていながら、どうして今の時代を見分けようとしないのですか。あなたがたは、何が正しいか、どうして自分で判断しないのですか。

聖書 ルカの福音書12章56節・57節




 一組の男女………人生をひと通り味わい、かと言って「老い」とは程遠い………そんな二人が、見つめ合う。

『新しい時代の結婚、転生。本当に愛し合う二人の永遠とわへの門出を、私たちは提供します。デーモングループ………』

 それぞれが扉の向こうに消え、余韻ごと画面が切り替わる。666タワーの客室紹介………青年は、手を止めた。テレビの画面のみが煌きらびやかな、男の部屋。


「フ―――っ………」


 丸めたティッシュをポイと放る。ゴミ箱は満タンだ。


「糺ちゃん」


 びしいん! っと襖ふすまが開け放たれ、部屋にこもった瘴気が母・喜代絵の顔面を襲う。


「uごほっ!! ぉえっぷう!!! あんた、臭いよ! カルキ臭い!! そのドヤマ、捨てるよ!!」


 そう言って、喜代絵は足音荒く立ち去り、すぐに戻ってきた。ビニール袋を携えて。


「やめてよママ」


 糺は、そう言いながらも動こうとしない。ビニール袋で全てのゴミを拾い上げ、ゴミ箱を袋の中で逆さにして揺すり中身を出す。そして袋を潰す。空気が抜け、嵩かさが減る。袋の口を、手早く縛る。


「これでよし」


 喜代絵は満足したような表情で、去った。

加藤糺、30歳。独身。彼女は………昨日出来た。

      *      *      *      *

「加藤さん、お子さんとかいるんですか? サンタになるんでしょ、お父さんって。ふふ」


 そんな風に話しかけてきた職場の同僚「今井 安代(やすよ)」の言葉に


「え?! ぼ、僕ですか?! そんな、オッサンじゃないですって………大体、彼女すらいないってのに」


 そう答える糺は、後悔した。安代に対して、見栄を張るのをウッカリ忘れたからだ。いつもなら


「どうですかねー」


 などと、秘密めいたセリフで誤魔化すのに。それは、街のざわめきのせいか。そう、クリスマスという名の、自分を含まない世界の、喧騒。


「え、そうなんですか? 何か嬉しい………てゆうか。好きです! アハハ! 言っちゃった!」


 安代の言葉に、固まる糺。そう言えば、更衣室前でよく会うよな、最近………そうか。糺は、気が付いたら安代を抱きしめていた。巨躯に思い切りしがみつかれ、酸欠になる安代。

(クラクラする・・・これがホントの恋かしら………)

 安代が、酸欠の症状を上手い事勘違いしている間、糺の方は。

(初めて、人から好かれた………!)

 そんな事を思いながら、泣いた。

      *      *      *      *

「えっと、僕の部屋なんか、何にもないよ、ホントに」


 居酒屋「INA」で食事を終えて、かなり酔った男女が並んで歩く。背の低い女が、長身の男にしがみ付く………手を回した位置が際どい。


「ええ~、このままじゃ帰れない~! 糺ちゃんちに行くんだから~!」


 安代が泣き始めた。

(参ったなあ………展開早すぎて。何かどうでもいいや………)

 糺は安代に押し切られる形で、自宅に向かうのだった。

      *      *      *      *

「ねえ、糺ちゃんって………お母さんと一緒に寝てるの?」


 無表情の安代が、眠る喜代絵を見下ろしながら、静かに尋ねた。


「………うん。それがどうかしたの?」


 糺が答える。

「それって、そういう事?」


安代の声は、囁くようだ。


「そういうって、何が」


 糺は、何の屈託も無いような声で訊き返す。


「自分の母親と、デキてるのかって訊いてるのよ」


 安代は言葉を絞り出した。

「………」


 糺は、答えない。

 男女の行為。いつからなのか、糺には答えられない。あまりにも、自然過ぎて。そういえば、世間ではそういうの、ダメなんだっけ? 分かんないなあ。他所の女とするのと、何が違うんだ? 安代は、傷ついたかなあ。だとしたら、悪い事したのかな。初めに言っといたほうが良かったのか? いや、そんなの変だ。もっと、親しくなってから言うもんだろ。普通は。普通。僕は普通なのか? いや。普通じゃ無いな。どう考えても………

 糺は、10秒ほどの間に、安代に答えるべき言葉を思案し、逡巡した。


「ねえ、安代さん。僕は、人間だろうか」


 糺は、ようやく、その一言を発した。祈るような気持ちで。


「人間じゃないかも。分かんない、私には。重すぎる。無理」


 そう言って、安代は去った。

      


 糺は、寝ている母親を殴り殺した。

      *      *      *      *

 暴れる糺を通報したのは、向かいの家に住む売春婦「本道 こずえ」。ようやく寝かしつけた赤ん坊が目を覚ますほどの物音に驚き、すぐさま警察を呼んだが………40分後に到着した警官が見たのは、血だまりの側で泣き叫ぶ、大男だった。


「彼の事。前から心配はしてたんだよね………悪い奴じゃ無いんだよ。ただ………運が無いんだよ。アタシみたいなもんさ………」


 警官にそう訴えるこずえは、静かに泣いていた。


「ママ………ママが悪いんだよぅ………僕を、ちゃんと愛さなかった、ママが悪いんだ………」


 糺は、隔離病棟に収監された。

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