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最後の審判の、その後

 その日は、冷たい雨が降っていた。神田 希子は、独りマンションの12階、窓から外を眺めている。いつからそうしていたのか、部屋は暗く、果物が熟れた香りが部屋を満たす。


「母さん」


 息子の声に、振り向く希子。突然明るくなった室内に、目を瞬しばたく。


「未亜、どうしたの」


 そう言って、疲れたように床に座り込む。花のレース模様の、ラベンダー色のニットに、ひざ丈の赤いタイトスカート。その足元は、くるぶし丈の黒い靴下。髪は頭のてっぺんにクリップでまとめられ、濃すぎる赤いチークにアイラインも引かれていない目。口紅は、オレンジ。

 ビーズアクセサリー作りが趣味で、仲間内では「上品な方」と評されている希子の呆けた姿に、未亜は自分自身が少なからずショックを受けている事に気が付いて、戸惑う。


「どうやら、”下の町”が大変な事になるみたいだよ」


 未亜は、出窓の鉢植えを見た。ポトスは枯れていた。


「そう。あの女が生まれた場所がどうなろうと、関係ないわよ」


 心底興味が無さそうに、希子はうっすらと笑った。


「………」


 未亜は黙って電子タバコを吸い始める。レモンティーの風味が、未亜の苦り切った心をほんの少しだけ、楽にした。そして、昏い空に、虹がかかった。


「え?」


 未亜は、ポカンと口を開け、その光景を見た。666タワー上部から、下に向かって虹がかかる。ゆっくりと、速やかに。その向かう先は、スラム。虹は、何かを地面に描くように、いや、焼き付けるように、焦点をなぞった。無数の人間の、悲鳴が聞こえた、そんな気がした。そしてスラムは、静かになった。未亜は、ある事に気が付いた。彼の顔から血の気が引いた。


「町の光が消えた」


 何か言葉を発する母親をそのままに、未亜は走り出した。

      *      *      *      *


挿絵(By みてみん)


イラスト提供:秋の桜子氏



 ………ええ。

 はい、全部です。

 ………え、それは

 ………。

 分かりました。

 通話を終え、腕をだらりと下ろす男が1人、現場と「非現場」の境界線に佇む。神田 未亜は、それまでに幾度か味わってきた無力感とは比べ物にならない、「大きな力」に踏み潰される感覚に、打ちひしがれていた。目の前の光景は「これを世に知らしめよ」と訴えかける。世は、これを拒否するようだ………俺にどうしろと?


「ありさ、何があった?」


 未亜は、(かがり)火のように灯りの消えた町を照らす数多くの燐光が、昇ってゆくのを見た。その光は静かに、往く………未亜は、手を合わせて顔を上げ、目を閉じた。声にならない叫びが、言葉にならない読経のように、死者に捧げられた。雨が、いつの間にか止んでいた。

      *      *      *      *

 ルナシティ・置いてけぼり亭は「厳戒態勢」が敷かれていた。「キング・サーカス、公演中止」の知らせと共に、「最後の審判によるスラムの消失」情報が届いたためだ。


「どうやら、今回は退くしかないね………どのみち作戦はやり直しだよ………っきしょう! 三年、準備してようやく………次は、あるのかね」


 キングのボヤキを、暗い表情で見つめる「レジスタンス」のメンバーに向かって、新参者のナギサが何か言おうとしたその時。

 閉鎖された、入り口のドアの真ん中が、ぼこり、と膨らみ、膨らんだ場所を中心にモザイク模様になったドアは、パズルのようにバラバラと零れ落ちた。呆気に取られてそれを見つめる観衆の前に、白い女が現れた。


「お前たちは、戦う意思があるらしいな」


 そう言って、ナギサの前に真っ直ぐ向かいぴたりと止まる女。


「だったら何なのさ。あんた誰よ」


 自分より背の高い女を見上げるナギサは、負けじと胸を反らした。


「私は、加藤 糺。悪魔(デーモン)を根絶やしにするために生まれた、死刑執行人(インフェルノ)。あんたたちの敵は、私の敵じゃ無いの?」


 店内が騒然とする中、キングが声を上げた。


「そうよ、私達が立ち向かおうとしているのは、デーモン………マッド・デーモン。欺瞞と虚の”神”。間違いないわ、さっき地球から連絡があったの。東京のスラムが666タワーからの”最後の審判”によって、滅ぼされたのよ………16年前と同じように」


 糺の、仮面の色が、白から赤に変色した。その事に気が付いたのは、近くにいたナギサだけだった。

糺は、壊れたドアの破片を裸足の足の裏で吸収しながら、立ち去った。


「あいつ、何かする気だよ」


 ナギサが、震える声で、呟いた。

      *      *      *      *

 破壊された船着き場の、停車した銀河鉄道666号に侵入し、己が体マシーンとしながら走行を開始する糺。その心が向かう先は、666タワー。進路は確実に、目的地ターゲットに向かう。

      *      *      *      *

「糺………いや、ジャックか? 喜べ。罪深い町は滅ぼした。聖なる息子を………奪われた父の嘆きを、大衆は支持した………当然だな」


 デーモン氏の言葉に、頷くメフィスト春馬。後ろになでつけた髪は、烏の羽のようだ。


「あんたは汚れてる、ただの人間の癖に。なぜそこまで破廉恥になれるんだ? デーモンという名前は、伊達じゃあないって言うのか?」


 糺はデーモン氏を挑発した。糺をたしなめようとするメフィスト春馬を腕で制し、デーモン氏は語り続けた。


「………お前たちは、拾われた犬だ。その事を忘れたとは。悲しいねえ。少しは、恩を返そうとは思わないのか? まあいい。用のない犬には、それなりの役が残っている」


 糺の表情が、ふと「心ここにあらず」というように固まる。そして、呟いた。


「役とは、食糧の事か。知っているぞ、たまに予定外の肉が入って来るんだ………その度に、鷹野さんが俺に文句を言って当たった。近頃残業が多いってな。あんたら、人間を何だと思ってる?」


 糺の顔を半分覆う赤い仮面は、めらめらと燃え上がるオレンジの炎に変化していた。


「人間? 人間とは、支配する者の事だ。そして、残りは、豚だ。それが、我が一族の全会一致で認める、真実であり、議会の決定だ。おい、私個人の想いかい? そう言いたいんだろう。それはな。息子………いや、娘よ。遠い昔に捨てた。これで、お別れだ、ジャック。お前はもしかしたら、一族の歴史を………人類の未来を変えるのかもしれない」


 マッド・デーモン氏は両腕を拡げ、無防備な姿になった。


「ジャック! 父を殺せ! 糺、せいぜい行け。どこまで行けるかは、神にも分からない」


 糺の左手………マシンガンから放たれた弾丸が、デーモン氏を、腹心・メフィスト春馬を、ハチの巣にした。そして血肉が散乱する時を与えずして、その全ての「証拠」は、糺に吸収された………一羽のカラスが現場を飛び去ったのを除いて。


「奴も魔人か………どうやら、デーモン一族とは………ふふ………ははははははっ!!!」


 糺は、666タワーを解体しながら、スラムがあった場所まで歩いた。空中に架けられた橋は、糺が歩き終わると同時に元の空間に戻った。その光景を、多くの人々は信じがたいという気持ちで見た。

 明け方の太陽の下。加藤 糺ただすは、衣服を全て脱ぎ去った。白い体が、黒い大地でただ一点、輝く。全身を震わせ、泣き叫ぶ………人々の「記憶」を、わが身一身で受ける苦痛と、快楽の狭間で。その、儀式のような叫びを終えると、糺は灰を解体・再構築しながら姿を変え………天を覆うような、大烏となった。そして、奇妙な声で啼きながら、東京上空を暗くし人々に一時の恐怖を与え、カラスアゲハとなって、どこかに飛んで行った。

      *      *      *      *

「マッドが死んだそうよ。ええ。甘い男だったわね。タワーだとか、審判だとか。日本で遊びすぎよ、あの子。ええ。私なら、そんなへまはや・ら・な・い。じゃ」


 通話を終えた「ルース・デーモン」は、新しい任地・東京での仕事について、思いを巡らせた。

その目は………デーモン一族特有の、緑がかったブルー。水底の、宝石のような………



 おわり

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