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魔人が来りて女体化する

【ルナシティ・置いてけぼり亭】

 鈍いシルバーの、金属製のカウンターは立ち飲み形式。


「マスター、アカシックサイダー3っつ」


 キングが、三本指を店主に見せる。ブルーの照明がイチゴの髪色を紫に変え、ミサキはその色の変化に気を取られる。


「はい、サイダー」

 

店主はグラスをバン・バン・バン! とそれぞれの前に置き、キングにそっと目くばせをして奥に引っ込んだ。


「乱暴な店ね。ま、気ィ遣わなくていいから楽だけどね。私、18だけどね。ま、いっか」


 ミサキはボソボソ言い訳しながら、ブルーに色付いたサイダーを一口飲んだ。イチゴが、鼻で笑ってサイダーのグラスを掴むと、一気にそれを喉に流し込んで唇をぐるりと舐めた。濃い紫色の唇が、ぐにゃーりと歪んだ。


「これ、ただのサイダーですけど?」

 

 そう言うと、ミサキの方に体の正面を向け、腕を組んでミサキを観察し始めた。そのイチゴの態度に挑発されたミサキは、さらにサイダーを半分空けた。

 店内に流れる、サイケデリックな音楽。それに合わせるように、男女のポールダンサー達が店の真ん中で惜しげなく己の体を見せつける。その動きは、お互いに触れそうな距離で干渉し合わない絶妙な間隔。視線は絡まり、そして移動する。様々な模様のライトが、ダンサーに魔物の皮膚を与える。ミサキは、ダンサーを見つめながらサイダーを飲み干した。

 揺れる体は、何かを求めて歩き始める。ミサキの意識は、もっとダンスを見たいと思う。体は店の外へ足を向ける。キングの表情は、微動だにしない。イチゴは、焦ったような様子でミサキの後を追った。

      *      *      *      *

 ミサキは、街のはずれの「涙池」にいた。イチゴがミサキに呼びかける。


「そこに入ったら、戻ってこれなくなるよ!」


 今にもミサキを助けようといきり立つイチゴを力ずくで押えるキング。


「黙って。失敗したら、それこそ命は無いよ」


 白い砂地で、佇む二人。ミサキは、靴を脱ぎ裸足になる。

 そう、このまま行こう。永遠に孤独であるよりは、この、悲しい唄が聞こえる、池の向こうへ。いや、この声は誰のモノ? まるで風の声みたいに、悲しい………私、どうしたいんだっけ。そうだ。私、変わりたかった。ようやく、ドブみたいな人生から自由になって。体も、誰にも支配されない。自由に愛し、愛されたらいいじゃない………これから、自由に。


「………私。なぜここに?」


 ミサキの目に、光が戻るのを確認したキングが


「ミサキ。3次面接合格。じゃ、靴履いて。後ろを振り返らないで来るのよ」


 そう言って、キビキビと去って行った。その、左右に揺れる尻を見て、ミサキはイチゴを見た。イチゴも、ミサキを見た。


「キングのお尻って………!」


 そう言ってから二人は、一緒に笑いながら「置いてけぼり亭」へ帰って行った。

      *      *      *      *

「まずガード下の子らが一次面接。目を見るのよ。で、二次面接は「アカシック・サイダー」。あれね。意志の弱い人が飲むと狂うの。で、三次面接があの池。「不死の死者の歌声」に反応する物質が入っててねー、サイダーに。で、ミサキはその全てに合格したのよ。おめでとう」


 一気にまくし立ててあくびをするキング。後は任せた、と言わんばかりに簡易ベッドで眠り始めた。イチゴが後を引き継ぎ話始める。


「うちら、キングサーカス団って、彗星ショーを主に扱う曲芸師の集団なのよ。で、(ここ)には仕事で滞在してんだけどね。例外として。で、転生者と色々関わるうちにさ。見ちゃったのよ。ほら、ミサキってアレが無いでしょ。女のアレ。でもね、スケベな転生者の中には、再生しちゃう奴がいてね………それでまー、色々揉めてさ」


 イチゴの話を、食い入るような視線で聞くミサキ。その話を、うるさいと言わんばかりにキングが遮った。


「ねえ、その話じゃ無くて。東京のサーカスの公演がさ。遅れてんのよ。連絡無し。あれ、どうなってんの? 事件が起きたとか何とか………困るのよね………それか、何かあったかよね。実際」


 キングは、ベッドの上で腕を組み、考え込んだ。


「彗星の中に、メッセージを入れる計画がさ………。あのね、ミサキ。うちら、転生ビジネスが嘘っぱちだって、そう地球の人に伝えるための………一種の、レジスタンスなんだよね」


 そう言い切ったイチゴの顔を、目を丸くして食い入るように見つめるミサキ。


「はあ? なにそれ………あのさ………あのさ………」


 ミサキは、息切れがして、キングの横に座り込み胸を抑えた。そんなミサキを、キングは抱き寄せ、抱きしめた。ミサキはされるがままになった。キングの胸で、ミサキは思い切り泣いた。

      *      *      *      *

 その頃、666タワー最上階では。

 転生装置まで行くための、「関係者用通路」を行く加藤 糺と、その腕に抱かれたジャック・デーモンの姿が。それを見送るのは、ジャックの父、マッド・デーモン氏と腹心「メフィスト・春馬」。

 メフィスト・春馬はデーモン氏にこう忠告した。


「社長。生きた人間と遺体との転生の結果については、いくつかの前例があり、その全ては………」

「わかっている」


 デーモン氏が、メフィストの言葉を遮った。幼いころから教育係としてマッドを見てきたメフィストは、どこで声を発し、どこで黙るべきかを心得ていた。


「社長。”愛するたった一人の息子”が殺害されたとあっては………罪深い人々、いや、町を、許しては置けんでしょう。既に報道されている通り、罪には罰を。その声は高まっています」


 メフィストの「報告」を、悲し気な表情で受けるデーモン氏は、決断を下した。


「神の審判は、今日の夜、8時に行う」


 デーモン氏は、眼下の光を見ながら涙を流した。


「はい。承知しました」


 メフィストは、音も無く持ち場へと消えた。

      *      *      *      *

 月の船着き場は、騒然としていた。と言っても、執行人と糺の間で。


「糺さん、死者との転生は、良い結果を生みません。装置が汚れるので、出来ればやめて頂きたい」


 防毒マスクをした執行人が、糺の説得を試みていた。糺は、執行人の耳元で囁いた。


「ジャックの部屋の、引き出しの中をそっくりお前にやる。だから、頼むよ」


 執行人はしばらく動きを止め、そして頷いた。


「知らねえぞ、ミンチだ」


 そう言いながら、ぐったりしている裸のジャックを装置に詰め、糺のいる装置のドアを閉め………両方の装置を密閉するスイッチをオンにした。


「人類の可能性に」


 決まり文句を口にし、装置を繋ぐパイプの色が透明になるまで見守る執行人。通常であれば、転生は完了する………やけに遅い。パイプの色は………真っ黒・黒だ。


「ああ、だから嫌だって言ったんだ、畜生め」


 執行人が悪態をついたその時。


「汚い言葉はやめて」


 女の声が、その場の空気全体を震わせた。転生装置が炸裂し船着き場が吹っ飛んだ。周囲の無機物及び人間の存在を解体・再構築しながら進む、一人の女。その姿は、白髪の夜叉のようでありながら、少女のような顔。顔の半分は仮面に覆われ、肉感的な体は濃いクリームのように滑らか。


「ジャック、お前は体を。俺は意志を。これは、転生では無い………唯一無二の………」


 日本における最後の「転生者」、いや………他者を解体し取り込みながら生き続ける………魔人化。


 魔人・加藤 糺ただすの誕生。


挿絵(By みてみん)

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