加藤 糺、そこにありき
「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう」
創造主の言葉・聖書 創世記2・18(新日本聖書刊行会)
山手線の「ゲートウェイ駅」から月面「ゲートウェイ駅」の区間をノンストップで駆け抜ける、鉄道が運行し始めて5年後。食肉加工会社「デーモンズミ―ト(有)」は、従業員の約半数が障がい者という、「模範的な」企業だ。つまり、世間の評判は、悪くない。雇用の面では。扱う肉が人肉である事から、当初は社会現象になったが。
世界的な食糧不足に伴い、戦争の内容も大きくシフトチェンジしたのだろう。その代表的な「事件」が、少数民族・国民管理法(通称・人肉食法)の、一方的な発布、施行だろう。
どの国から、というわけでは無いところが、責任の所在を曖昧にし、かつスムーズな時代の変化をもたらしたのか。大国は、自国(国土)の中で戦争を始めた。すなわち、「食料」と「捕食者」とを分ける法を、行使したのだ。食料側にとっては「戦争」。捕食者側にとっては「違法行為に対する刑の執行」。
勝負の女神はどちらに微笑んだのか。人肉食を人類が受け入れ始めて久しい昨今。言わずもがな、だ。
時代背景はさておき・・・
ここに1人の青年がいた。名は「加藤 糺」、30歳男性、独身。母「加藤 喜代絵」70歳との二人暮らし。喜代絵は、糺を生んだ時からシングルマザーだ。
糺、ちと容姿に問題がある。まず、顔半分がケロイドで引きつっていて、口を完全に閉じられない。常に口の端に光る筋・・・よだれが垂れている。身長が190cm以上あるのも、彼を異形たらしめる要因だろう。身なりがきちんとしていて、知性を感じるだけに、憐れまれるというよりは、恐れられる。
何よりも、表情がその皮膚ゆえにうかがい知れないという事が、糺の青年時代をより一層陰鬱なものにしていた。つまり、いつも一人だった。もちろん、彼女など居た事が無い。
おっと。後は、本人に語らせるとするか・・・。
* * * *
「ママ、僕のジュリア―ヌどこ?」
仕事を終え、体に付着した臭みをシャワーで洗い流し、腰にタオル一枚の姿で母に尋ねる糺。
「ええ?冷蔵庫にあるだろう? いつになく暖冬で、今日のお昼は30度超えちゃってさあ・・・」
母・喜代絵の言葉が終らないうちに、糺はその場に崩れ落ちた。タオルがはだけ、あられもない姿になる。喜代絵は思わず目を背けた……糺が口角から泡を流し
「あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあああああああーーーーーーー!!!」
重低音の奇声が家全体を震わせた。
「糺ちゃん!」
喜代絵は慌てて冷蔵庫に駆け寄り、「ジュリア―ヌ」の袋を取り出し、己の垂乳根の懐に、ザラザラとその中身をあけた。持病の狭心症を、気にしながら。そして、床に伸びて痙攣する息子に、常温になったチョコ菓子を一つずつ袋から取り出し、口に入れてやる母。一口サイズのケーキを、3っつ程食べ終わる頃には、糺の様子も落ち着いた。己の痴態を恥じる理性が、タオルを腰に巻く行為に繋がる。
* * * *
喜代絵は目を細めながら、菓子を食む糺を見つめた。慈しみ。その表情は、穏やかな見た目とは裏腹の、ある策略を孕んだ感情を隠し持っていた。
「私がいなくなったら、どうなるのか。この子に、嫁を探さなければ」
真冬の熱帯夜。木々は風も無く静か。波乱の前の、予感か。




