第三話 一期一会とはいうものの
お待たせしました。m(__)m
アリニト歴七年 三月 十五日
ここ数日、結婚式が続いている。災害がおこると、どういうわけか結婚式が増える。偶然なのか。必然なのか。こちらはそのおかげで、仕事にありつけている。
今日の仕事は小宴会である。魔力乗り物バスンを借り切ってやってきた団体様が、お風呂でくつろぎ宴会で騒いでそのままお布団でぐっすりパターンだ。
小さな会社の慰労会などが多い。そして、ちょっと年配社員が多い。若い社員と違って、あちこち見て回るより、一か所でゆっくりしたいのかもしれない。
今回の小宴会は、会社ではなくまるで同窓会のような雰囲気だった。同じ自治会の団体なのかもしれない。
元気の良いお年を召したご婦人が、音楽発生機器カラオクンで歌ったり踊ったり、盛り上げていた。その旦那様は少しお身体が不自由なのだろう。ご婦人がかいがいしくお世話していた。こういう場合のご接待はひかえめにする。
運が悪いというか、今日の担当者は、末端仲居のオズと、三十歳を公言しているカナさん。オズより先輩仲居だが、カナ姉さんと呼ばれるのを拒絶している。
カナさん。絶対に誰にも「姉さん」と呼ばせない。
三十歳。デリケートなお年頃。
女性だって、行く道・来た道。皆、わかっていらっしゃる。カナさんだけは「姉さん」呼びは無しで通っている。
話はそれるが、かつて三十五歳で仲居の道に入った子がいた。(オズより、かなり年上だがそこは『子』呼ばわりであっているのだ) その時に指導をした大先輩お姉さんが、ずばりとその子に、
「結婚する気はないの?」
と、聞いた。その子は
「すごくしたかったけど、もう諦めて一生働ける場所を探して来たの」
と、とても正直に答えた。
大先輩お姉さんは、二・三日のうちに簡易お見合いを設定し、結果ふたりはうまくいって、勤めた一か月後には結婚退職。はやい。最短記録だ。
カナさん。その時には面白いくらい動揺していた。しかし、結婚の話をもちかけると「まだ、早い」と逃げるのだ。確かに若い。仲居さんの中では、だけれども。
でまあ、話は脱線しまくっているが、元に戻す。
こういう、若干ご年配方の飲んで騒ぐ宴会には、年配のお姉さん方が向いている。歌って踊って、お口もお上手だし、盛り上げ上手だ。その点、若手はなかなかだ。若いというだけで喜ばれるが、それ以上がない。
今回は陽気でご接待上手な年配のご婦人に救われたかたちだ。
宴会もおひらきという時間になって、お客様たちは宴会場からお部屋へ移動し始めた。来るときにはご婦人がご主人を支える形で連れてきていたが、帰る時にはご主人の足腰が思うように立たず、支えきれなかった。残念なことに車いすはない。
カナさん、台車を押してきて、綺麗に拭き上げ座布団を乗せて、ご主人をその上に座らせた。おかみに知られたら怒られるかもしれないが、どうしてもお客様の役に立ちたかったのだ。カナさんが台車を押し、両脇からご婦人とオズで軽く支える形で、無事に部屋まで到着した。
ご婦人はとても喜んでくれた。
「あなたたちは、姿かたちも綺麗だけれど、心も綺麗だわねぇ」
カナさんは感激して涙ぐんでいた。
アリニト歴七年 三月 三十一日
「オズちゃんオズちゃんオズちゃん」
朝、出勤するなりカナさんに呼び止められた。朝は忙しいのになんなのだ。
「十日くらい前、一緒に小宴会を受け持ったでしょう? あの時のお客様が亡くなったの!」
「え」
何を言っているのだろう。一瞬、全く意味がわからなかった。
よく聞くと、あの時のご婦人からお礼状が届いたらしい。
ご主人は病気でもう後がないことが分かっていた。友達が多い夫婦は知り合いを集め、明るく楽しくお別れ会を催した。
お礼状には、お陰様でよい思い出になったこと。主人にはいい冥途の土産になっただろうことを書かれていた。
カナさんはボロボロ泣いた。オズもつられて泣いた。
フロント受付のお姉さんに、お客さんが待っているから早く行きなさい! と叱られてどうにか動いた。まぶたが腫れているのを濃い目の化粧でごまかして、働いた。
一期一会という言葉もあるが、いいお客さんにはまた来てほしい。
またもや話がそれるが、これはもう仕様だと思ってあきらめてほしい。
天涯孤独な年配仲居ヒサ姉さんがいる。
毎年、リピーターでヒサ姉さんを指名してくる家族連れのお客様がいる。
ヒサ姉さんは彼らが来るのを楽しみにしていて、その日は支配人に、給料は安くてかまわん! と豪語し、仕事の量を減らしてもらって、その家族にほぼつきっきりになる。帰る時には自腹でお土産を買って持たせる。他の仲居には「媚を売りすぎだ」などと悪くいう者もいるが、お客さんが帰った後しょんぼりとしているヒサ姉さんを見ると、家族のように思っているのだろうということがわかる。
所詮は、仲居とお客様。ヒサ姉さんの言わば叶わぬ片思いのようなものだ。
しかしなのだ。間にお金が挟まっていても、思いはあるのだ。あるのだ。
一日、仕事を終えると夜十時は軽くこえている。従業員用出口から、静かに外に出る。
暗い中、誰かに会う。
「おつかれさま」
「おつかれさまでした。あ、キヨくん」
たまたま、付き合っている男と帰りが一緒になる。そして、帰る時間は皆似たり寄ったりなので、二人で帰るところを、けっこうな人に冷やかされる。
「おう、ヤリすぎて遅刻すんなよ!」
「しません。ヤルのは休みの日にします」
「お、おう」
慣れっこなのだ。ド田舎。プライバシーなんてない。
行く店は決まってくる。そして、必ず誰かに会う。
都会に住んでいる人には想像しにくいだろう。パン屋といえばココ。買い物するならココ。喫茶店ならココ。居酒屋ならココ。田舎に選択肢はほとんどない。だから、何処へ行っても、誰かに会う仕様。仮に不倫なら、離婚は必至である。
「ちょっと、お参りして帰りたい気分なの。真っ暗で怖いから付き合ってもらっていい?」
「あー。まあ、通り道だからいいか」
旅館から一番近いお社。とても、小さい。海に近い砂浜の、そこだけ地面を固めてお社が建っている。明かりなんかない。真っ暗。
「うおー。見えないねえ」
「年末にも来たな。ここ」
「年末年始はお参りする時間もないもんねー」
「近場で済ますのは、しょうがないよな」
「暗い中来るんだから、ご利益ほしいよねー」
「ご利益あったら、地震こなくねぇ?」
「一月だったねー。この間なのに、昔みたい」
「危ない、ゆっくり、ゆっくり」
暗すぎてお互いの顔も見えない。
波の音だけが、やたら大きく聞こえる。ざあああ。ざあああ。引いて返す。
ポケットから小銭を出して賽銭箱に、かたんっ、と入れる。お金が木に当たる音が、いかにも誰もきていませんという印のようで、寂しい。
パンパンと手を叩いて、お客様の冥福を祈る。
隣で同じようにパンパンとキヨくんが手を叩いて祈っている。
「……」
「……」
「……毎年なら忙しさに追われて何も考えずに仕事ばかりだけど。地震のせいで暇が多くて、色々考える時間もあるのな」
「うん」
キヨくんが手をのばして、オズの小さな体を抱きしめた。
真っ暗。
ざあああ、ざあああ。波の音だけ。そして、いつもより、早い、キヨくんの心臓のおと。
「俺たち結婚して、一緒に住もう」
「おー」
「どうよ?」
「そうだねー。結婚しようか」
もう一度、ポケットから小銭を出して賽銭箱に、かたんっ、と入れる。
「結婚がうまくいきますように」
「ご利益ないと思うぞ」
「かもね」
ざあああ、ざあああ。
パンパン、手を叩いて。拝礼。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ほずみままは、ファンタジーが好きです。
しかし、少々学習いたしました。
頭の中の映像を文章にするには、圧倒的に言葉の引き出しの数が足りていない! 長いあいだ、時給を稼ぐために働いていた人間に、何が書けるんだろう?
考えた末に、こんなん出ましたけど、どうでしたか。