第一話 始まりは地震から
よろしくお願いします。m(__)m
この世界は、現代日本にとてもよく似た気候・風土の世界です。
これは、異世界チンチラ町のとある老舗旅館。
海と山に挟まれた、よく言えば風光明媚、悪く言えば町はずれのド田舎。
お勤めしている新米の仲居さんオズが、特に興味深い出来事があった時だけ、手帳に書き記していたいわゆる『雑記』をもとにしてまとめたお話。
アリニト歴七年 一月 十七日
今朝早く突然に起こった地震は、いままでに経験したこともない激しいものだった。
眠っていたところを、真下からドンッと弾き飛ばされたかのように、文字通り『飛び起きた』。
実は、社員寮の自分の個室に付き合っている男をこっそり連れ込んでいたのだが、とっさに後悔したものだ。
「お父さん、お母さん、親不孝をお許しください」
連れ込んだ男と共に地震で圧死など、ド真面目な両親が知ったら、どう思うだろうか。
幸いにも揺れは収まり、オズはすぐに男を追い帰して、出勤の準備を始めた。
オズの職場は、チンチラ町でもそこそこに大きな旅館である。そして、そこそこに老舗で、すぐ近くにある海で遊んだり観光地に行ったりする拠点として利用するお客さんたちで賑わっていた。……はずなのだが、出勤してみると、お客さんたちはほとんど全員逃げ帰ってしまった後だった。
閑散としたフロントで疲れ切った受付のお姉さんが、
「もう、残っているお客さんは二組しかいないわよ」
と、顔を見るなり声をかけてくる。
事務所内では、支配人をはじめ事務スタッフたちが情報の収集に追われている。
通信魔法を持ったスタッフが、我々従業員のために骨を折ってくれたおかげで、遠くにいる身内に、無事だから! と一言伝えることができた。
「オズです。うん、元気。無事。ごめん、次の人が順番待ちしてるから。誰かに聞かれたら、オズは無事って伝えて。じゃあね」
早口でこれだけ。
すぐに交代。長蛇の列である。しかし、早朝にいち早く対応してくれたのが大正解だったことが、すぐに分かった。数時間もしないうちに、通信魔法は、飽和状態になりまったく外部との連絡ができなくなってしまい、これが解消するのに数日の時を要したからだ。
日常の中にいきなり非日常が現れるとどうなるか。どうにもならないのである。
我々、旅館の仲居たちは、いつもどおり去っていったお客様のお部屋を黙々と片付けた。
家族や知り合いの住んでいる町が壊滅的な被害をうけている者もいた。しかし、慌ててそこに向かったところで何ができるわけでもない。つぶれた家に泊めてもらうのか? トイレもない。そこまで行く道さえない。とりあえず生きていることがわかったら、放置である。そして、黙々と商売道具の小物などを整理しながら時々、
「どうなっているんだろうねぇ」
と誰かが言うが、答えられる者はいない。いつもはやかましいくらいだが、今日は口数も少なめだ。
支配人がやってきて、『部屋割り表』という名のシフト表を壁に張り出す。全員で見る。お客様はたった二組。帰りそびれ、帰れなくなったあの二組だ。担当者の名前が下に書いてある。
『オズ』
たった二組だ。仲居の仕事としては楽勝だ。
わーい。こんなに楽な仕事にあたったのは、初めてだよ。ありがとうー。
思うか。
どんよりと、暗く。なんと声をかけてよいかもわからず。かけれるはずもなく。これほどに、憂鬱でつらい仕事は後にも先にもこれが、いちばん。ダントツだよ!
アリニト歴七年 一月 二十日
仕事がない。暇である。しかし、問題はある。
あの大地震の後、まあいろいろあったが、それは省く。書き出したらこちらの根気が尽きてしまう。まず目の前の問題が大事だ。今日の問題だ。水だ。水がない。これは、大変なことだ。
水魔法の使い手が、各寮の屋上に設置されている貯水タンクに水を補充してまわっている。普通ならば、上水道を通って新鮮な水が常に補充されているシステムなのだ。それが、もともとの雨不足、そして地震によるあれやこれやのごたごたのせいで、なんでもかんでも後回しにされている。
背に腹は代えられぬ。付き合っている男がいる二号寮に行ってみる。
「キヨくん。水、出てる?」
「ああ、二号寮は古くて住んでる人も少ないからな。まだ水は出ているよ」
「キヨくんのゲエムで遊んでもいいかな」
「泊まっていってもいいよ」
「わぁい。ありがとおー」
ゲエムと水でお泊りする女。末期である。世も末である。
アリニト歴七年 一月 二十一日
キヨくんの寮から、自分の寮に帰る。帰るのは仲居さんの出勤時間を微妙に外した七時ごろ。ちょうどお客さんの朝食の時間だ。もちろん、お客さんは少ない。とても、少ない。だから、ウォーキング中の仲居さんに会ってしまった。
お姉さんたちは体力を衰えさせない為、仕事がなくなってからも昼間温かい時間帯にウォーキングしている。朝の寒い時間帯に会うとは思わなかった。
「あらぁ、オズちゃん」
お姉さんはニヤニヤ笑う。朝帰りがバレバレなのだ。ぐぬぬ……。しかし、こちらも表面上はニコニコと、
「あ、ナナ姉さんお早うございます」
と、挨拶する。
「オズちゃんの所は朝のうちはまだ水が出るでしょう? 十号寮はタンクが小さくてすぐに水が無くなるのよ。そっちに洗濯させてもらいに行っていいかな」
「いいですよ。洗濯物が溜まっているんですか?」
「なるべく、溜めて置いて一度で済ますようにはしているのだけれどね。タカ姉さんはとうとう川の水で洗濯したらしいわよ」
「できたんですか」
「無理よ。真っ黒になったって言ってたわ」
「ですよね」
寮に戻った後すぐにタカ姉さん・ナナ姉さんが部屋に来て、洗濯をし始めた。
料理に使う分は、先に器にとって確保しておく。
夜にシャワーを浴びるのに困ったという話で盛り上がった。
寮に水はなくとも、お客さんが泊まる旅館の方ならば温泉の水があるはずだ。お客さんが少ない今であれば使用を許可してもらえないだろうか。
旅館のおかみや支配人と交渉しに行くことになった。こういう時、お姉さんたちは頼もしい。末端仲居のオズは、ただただ結果待ちなのである。
結果として、大おかみが快く許可をくれたらしい。いくつかの約束事はあったが、すべての寮にいる仲居たちにそのことは周知された。
深夜になり、うれし楽しい風呂タイムである。みんなでぞろぞろと旅館の風呂へ向かった。
化粧をおとし、髪を洗い、湯船でおもいっきり、体をのばす。今この時にこれほどの贅沢ができるのは大したことなのだ。仲居でよかったと、つくづく思う。
仲居さんは勤務時間がとにかく長い。普通であれば、ほとんどの時間を一緒にすごす。だから、家族同然なのだが、しかし、お姉さん達のスッピンを見たのは初めてだった。女のスッピンにどうこう言うのは野暮である。だから、スルーする。入れ歯だったのか、とか、かつらだったのか、とか全部スルーである。
ここで、ちょっと説明なのだが。
先に入った先輩はすべて『お姉さん』。これは、鉄則である。
後から入った後輩はすべて『○○ちゃん』。これも、鉄則である。
年齢は関係ない。いいね? 年齢は関係ないのである。だから、オズよりあとに入った『ハナちゃん』は、どう見ても十歳以上オズより年が上だが、『オズ姉さん』『ハナちゃん』と呼びあうのだ。けれど、お客さんの前では『ハナさん』と呼んだりもする。なんというか、そこは使い分ける。説明、おわり。
すっかり、ほかほかになった仲居さんたちは、湯冷めしないうちに自分の寮に戻るべく、さっさと深夜の旅館の廊下を集団で歩く。お客さんの邪魔になってはいけないので、喋ったりしない。
いきなり、薄暗い廊下で、音楽発生機器カラオクンを片付け中の副支配人に出会う。
お互い、びっくり。
「ぎゃー!」
先に叫んだのは副支配人の方。
「そんなに、うちらのスッピンが怖いんか?!」
トモ姉さんが、凄む。
え、そういう意味のぎゃあ? それは失礼な!
なるべく早く続きをだします。よろしくです。