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Zhang Fang: 2020

作者: 宮沢弘

 中東のある山の麓、そこにある崖に部隊が展開していた。全体としては緊張感があるわけでもなく、ただ見張りだけが注意を怠っていなかった。部隊に守られた山の麓、とくに崖にあるいくつもの洞窟にも部隊の人員が潜り込み、ある意味での捜索を行なっていた。

 そんなある日。彼女は唐突に現われた。


「第一位修道司祭、何者かがこちらに」

 見張りに当っていた兵士 ——すくなくともそう見える者—— が無線で報告した。

「映像もこちらに回してくれ。あと、名乗れとも伝えてくれ」

 ヘッドセットからはそう答えが返って来た。兵士のように見える者は、ヘルメット脇のカメラを正面に向けた。

「Identify Yourself!」

 兵士のように見える者が叫んだ。

 その言葉に応えたのか、近寄って来ていた影は背中から荷物を下すと舞い始めた。

「第一位修道司祭、その、踊っていますが」

「こっちにも見えている。彼女の自己紹介の演武だな。わかった、通していいぞ」

 その答えを受け、兵士に見える者が言った。

「来ていいぞ。ただしゆっくりと。こちらには銃がある。わかるな?」

 影は下していた荷物を持つと、ゆっくりと近付いて来た。


 近付いて来た影は女性だった。東洋系。マントの隙間から見える体は、筋肉質だが付き過ぎてはいない。俊敏さをそのまま体にしたと思えるほどだった。

「メルタス修道会……」兵士に見える者のヘルメットにある紋章を見ると、その女性が言った。「あなたたちが来るとは聞いてなかったけど」

張芳(チャン・ファン)、よく来たな。というより、どうやって来たんだ?」見張りの近くにあるスピーカーから声が聞こえた。「見張りの後のテントで待っていてくれ。こっちもすぐに行く」

 女性は兵士に見える者に両手を広げると、そのすこし後のテントへと向かった。

 女性がテントの下のテーブルに荷物を下し、そして椅子に腰を下した時だった。崖から走って来た男性もテントに着いた。

「観たぞ、君の主演映画。スタントなしだって? よく宣伝文句にされるけど、君の場合、下手すれば合成もなしだろ?」

 男性はテント下の冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、テーブルに着くと自分と女性の前に置いた。

「合成くらいあるわよ。人をなんだと思ってるの? それに撮影チームもタワーから飛び降りたと思ってるの?」

「じゃぁ、あのシーンは合成なのか」

「そうは言ってないけど。便利よね、ドローンて。もちろん操縦者の腕があってのことだけど。あぁ、でもワイヤーは消してあるわ」

「1kmからのバンジー・ジャンプだったのか……」

「ちゃんと安全策は取ってあるわよ」

「君にとってのな」

 男性はビールを(あお)った。

「それより、なんであなた方が来ているの? 私は機構から来たんだけど」

「そうか、機構のヘリで来たんだな。ずいぶん遠くに下されたみたいだが。話は簡単だ。ここだからだ」

 女性もビールに口をつけた。

「機構にも対応できる部隊はあるでしょうに。やっぱり場所っていうことかしら。教会からあなたたちが来るっていうことは」

「まぁ、そうだな」

 男性は指を咥えると口笛を吹いた。すぐ向こうにいた兵士に見える者が振り向くと、手招きで呼んだ。呼ばれた者は駆け足でテントの下にやって来た。

「第二位修道僧、こちらは張芳。護書者だ。名前くらいは聞いたことがあるだろう?」

「張芳…… 聞いたことはありますが。アクション女優と同じ名前ですね」

「同一人物」

「え?」

「よく見ろよ。同じ顔だろ。同一人物。さっきの演武が自己紹介」

 第二位修道僧と呼ばれた男性は、そこに座っている女性の顔を見た。

「中国軍と渡り合ったとか……」

「あれは下っ端も下っ端。ただの野盗と変わらないわ」

 第二位修道僧と呼ばれた男性はズボンのポケットを探り、ペンとメモ帳を急いで取り出した。

「サインをいただいてもいいでしょうか?」

「名前と、あと場所はどこだったことにする?」

 ペンとメモ帳を受け取った女性が訊ねた。

「あ…… ここというわけに行きませんので。ではローマで」

 第二位修道僧と呼ばれた男は名乗った後に、そう答えた。

「記録と矛盾はないわね?」

 女性は確認した。

「はい。矛盾しません」

「こっちは少し調整が必要だけど」

 そう応えながら女性はメモ帳にサインをすると、第二位修道僧と呼ばれた男性に返した。男性は敬礼し、持ち場へと戻って行った。

「君は今、どこにいることになってるんだ?」

 向いの男性が訊ねた。

「たった今、ローマにいることになったわ。大変な調整じゃなくて助かったけど。ところで、私以外には来ていないの? あなたたちでなくても、護衛がいるならハンターは来てるんじゃないかと思ったけど。さもなければ、あなたたちならごっそり持って行くのかとも思ったけど」

「来ているよ。洞窟の中に篭りっぱなし。持って行くつもりではあったんだけど。機構案件と思しきものが見つかってね。そうも行かなくなった」

「ハンターは誰が来ているの?」

 その問いに、男性は缶ビールを空けると立ち上がった。女性も同じように缶ビールを空け、立ち上がった。

「知り合いだよ」

 男は崖にある洞窟の一つに向かって真っ直ぐに歩き始めた。


 案内された洞窟の奥では、一人の男性が巻物を次々と繰ってはタグを着け、ノートにメモを書いていた。

「ノック、ノック」

 案内してきた男性はそう言った。その声に、作業を続けていた男性が振り向いた。

張大姐(チャン・ダイジェ)

 振り向いた男性は立ち上がり、両手を大きく広げて女性に近付いた。女性もそれに応え、ハグをし、互いに背中を叩いた。

「フィリップ、久しぶり。まさかあなた一人なの?」

 体を離すと女性が訊ねた。

「そのまさかだよ。ハンターは出払っている。教会が全文書の調査を受け入れただろ。だからね」

「それにしても増援が私だけ? 私はハンターじゃないわよ?」

「そこにはちょっと理由があるんだ、張大姐」

「その呼び方はやめて欲しいけど。理由って?」

 フィリップは張芳の後に立っている男性を見た。男性はその視線に軽くうなづいた。

「メルタス修道会の様々な方面への貢献は間違いないんだが。意外なことに横流しの疑いがあってね」

 女性は後に立っている男性に振り返った。

「私自身が報告した。初期調査と収蔵数に食い違いがあるんだ」

「それで、メルタス修道会は武装しているだろ? それに対抗できる人物として(ファン)、君が選ばれたってことだと思う」

「いくらなんでも買い被りってものよ。こっちは鋲があるとはいえナックルだけ。メルタス修道会は現代兵器で武装しているのよ?」

「それは違うだろう」張芳の後の男性が答えた。「刃夫(じんふう)の本領は暗殺だと聞いている」

 張芳は溜息をついてから答えた。

「そういうことがないとは言わないけれど。それが本領っていうのは勘違いよ」

「そんなことが起きなければ、本領でもどうでもいいんだ。芳、ともかく資料を作るのを手伝ってくれ。まずは、ともかくそっちが最優先だ」

「いいわ、フィリップ。これについてはハンターも護書者も同じですものね」

 その答えを聞くと、フィリップはまた奥へと向き直った。

「じゃぁ、芳はそっちから始めてくれ」

 言うが早いか、フィリップは早速巻物を手に取っていた。

「ジョン第一位修道司祭、わかったことがあったら教えて」

 張芳も急いで示された場所に向かうと、バックパックからノートとペンを取り出すと作業を始めた。ペンを握ると小さな痛みがあった。それは機構が使用を推奨し、また用意しているDNAペンだった。合成DNAをインクに混ぜ込むのではなく、筆記しながら生のDNA、あるいは生体認証可能な化合物をインクに混ぜていくものだった。そのメカニズムの中に残留しているDNAが筆記されることはあるが、それは使い尽される。まとまった筆記があれば、使用者をまず間違いなく特定できるペンだった。


 その夜だった。フィリップと張芳が目録を作った洞窟からの搬出と輸送が始まった。

 そして、幸いにも問題の人物は状況を舐めていた。張芳はその男が巻物をズボンのポケットに滑り込ませるのを見逃さなかった。

 張芳は両手を腰の後に回し、ナックルを握ると、静かにその人物の後へと歩み寄った。

「第二位修道僧だったわね」張芳がそう言った時には、鋲は第二位修道僧の首に当たっていた。「反撃しようとしても無駄よ。そういう能力があるの。聞いてるでしょ?」

 第二位修道僧は両手を挙げた。張芳は第二位修道僧のズボンのポケットから巻物を抜き取り、自分のポケットに収めた。

「依頼のとおりにするならあなたを殺すことになる。だけど、あなたは私のファンよね? 情けをかける理由にはなる。第一位修道司祭に報告はするけれど、ここで殺さなくてもいいかもしれない。それに情報も得られるかも。協力してくれる?」

 第二位修道僧はコクコクとうなづいていた。第二位修道僧は、首に当たっていたものが、そして背後の人物が消えたのに気付いた。


「これで終りということもないでしょうけど」

 テントの下で張芳は巻物をテーブルに置き、第一位修道司祭に報告していた。

「充分だよ」

 第一位修道司祭は巻物を手に取って応えた。

「アクション女優だから油断するとかなんとか考えていたんでしょ?」

「まぁ、ないとは言わないが。君の刃夫に期待していたのも本当だよ」

「いいわ。どのみちフィリップを手伝わなきゃいけないことに変わりはないし。ついでに他にもいたら手伝ってあげる」

「頼むよ」

 そう言って第一位修道司祭は右手を差し出した。張芳はその手を握った。

「まったく、忙しいったらありゃしない」

「まったくなぁ」

 二人とも笑った。


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