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1.小さな花束

 窓辺に佇んでいる令嬢は、何の感情も宿っていない無機質な瞳で雨が降っている外を静かに見ている。

 令嬢のいる部屋には彼女がいつも連れている従者が壁際に控えているが、外から彼女を見ることはできても従者の姿を確認することはできないだろう。彼は自分の主人の意向を汲み、自分の存在が邪魔にならないように、まるで物置のように立っている。


「・・・・・・」


 雨音で掻き消されているものの、令嬢がいる屋敷の中では先程から屋敷の主人である公爵当主とその夫人が言い争いを始めており、2人の聞くに耐えない声が令嬢の耳にもうっすらと聞こえていた。

 彼女自身もその場に居合わせたことがあるが、とても酷く醜い言い争いである。

 せめて他人の前では取り繕うことを我慢すればいいのに、最近の夫人は人前でもその醜さを隠そうとしなくなったようだ。そんな妻の影響を受け、公爵当主の言動も然り。娘がまだまともに見えるとの声も聞こえてくるようになった。


 それを偶然聞いた、当人は反論したそうだ。


『私はお金になんて興味ないわ。あの二人のように右も左もわからないまま喚き散らしたことがあって?私がまともだなんて、当然でしょう』


 それを聞いた令嬢の友人たちは一瞬押し黙ったが、ええそうですね、と素直に肯定した。

 それが賢い返答であり、つつく必要のない藪から蛇を出すことはないと友人たちは身をもって知っていた。由緒正しい家柄であり、本来ならばこうして友人として接することなど有り得ない彼女の側にいることができるのは、その苛烈さと陰湿さを知っていてもそれを許容しなければならない立場にあるからだ。

 令嬢が屋敷の使用人を陰湿ないじめによって幾人も辞めさせていることは社交界では有名な事実であり、一目見て気に入らないと採用が決まった次の瞬間に辞めさせた逸話は数年経った今でも語り継がれている。


 そんな令嬢の両親が朝から繰り広げているのは、数年から陰りを見せていた公爵家のお金に関することだ。

 公爵家という身分からお金は湯水のように湧き出て来ると勘違いしている夫人は何年経っても考えを改めることは出来ないらしい。余程、学習能力が欠如した人間なのだろう。残念な頭と言うべきか、おめでたい頭と言うべきか。

 一方で、当主の方は些か現実が見えているらしい。とは言っても夫人よりはというだけで、実際は夫人ともなんら変わらない、愚かな人間である。己の行動が更に自身の首を締めていることに一向に気付く気配すらない。


 未だ聞こえる金切り声を聞き流しながら、令嬢は1つため息をついて、雨の滴が流れる窓から視線を雨空へと移した。


 彼女は昔から雨の音は好きだった。

 耳を傾けていると、余計なものを流してくれているような気分になるから。


 エルヴィス=ヴィオレット・ルチダリア。

 それが令嬢の名前であり、彼女の存在意義そのものだ。


 彼女とて馬鹿ではない。

 建国当初からあり続ける公爵家の娘だからこそ許されるものがあることは理解している。


 令嬢はふと視線を下げて、屋敷の塀の外の道を見回した。

 傘を差して歩いている紳士、上着で雨を避けながら走っていく青年、雨だ雨だと楽しそうにはしゃいでいる幼い子供たち、通りの角にある花屋の店員は古くなった水を捨てている。


 令嬢は目を細めていつもとあまり変わらない外の様子を観察していたが、後ろからかけられた従者の声に少し遅れて反応を返した。

 一瞬だけ令嬢に向けられた鋭い視線に気付かない振りをして、カーテンを閉じて窓辺から離れる。


 部屋から出る前にドレスのポケットに入れた包みからクッキーを取り出して、ゆっくりと咀嚼した。それは令嬢がいつも好んで食べているクッキーで、少しだけ赤みのある色から記事に何か混ぜてあることがわかる。

 その様子を従者は一瞬見つめ、すぐに無表情に戻った。





「・・・・・・」


 顔を隠すように上着を被っていた青年は雨の中立ち止まり、もう一度ルチダリア公爵家の屋敷を見上げた。

 その目はまるで観察するようで、それでいて王都に構えているその広大な屋敷をただ見上げているようにも見える。実際、屋敷の前を始めて通る人間は一度は立ち止まって、これがルチダリア公爵の屋敷か・・・と見上げるのだ。


 しかし、どこからともなく現れた男がぼーっと突っ立っている青年に傘を差し出して路地裏へと促す。

 青年は渋い顔をしながらも、男に急かされたのか足早にその場を立ち去った。


 花屋の店員から小さな花束を受け取りながら、所々ほこりや泥で汚れた服を着たあどけなさが残る少女がその様子を見ていたことに彼等は気付かない。


「・・・早く終わらせないと」


 ぽつりと零れた呟きに、店員は笑顔で首を傾げる。

 少女も何でもないですと微笑みながら、店員にお礼を言って花屋を後にした。


 ヴィオレットの小さな花束を握り締めて、少女はある屋敷へ向かうために泥が跳ね返ることも気にせずに一気に駆け出した。



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