女の友だちと男の話。
「ちょっといい?」
「ん?あぁ、秋野か。どうした?彩希ならバイトって言って帰ったぞ」
講義が終わり、バイトに急いで向かう彩希を見送った後のんびりしていると、彩希の友だちである秋野に声をかけられた。確か下の名前は千佳だったけか。普通の名前をしている割には地毛が綺麗な薄い金髪。しかし儚い印象を抱かせる髪とは真逆の元気いっぱいな性格をしているため記憶に残っている。
「星野君この後時間ある?もしよかったらどっか遊びに行かない?」
遊びのお誘い。女の子からの遊びのお誘いとあれば断るわけにはいかない。秋野は美人可愛い感じの子だし、これを断れば俺の男が廃るというもの。
「お、なになに?ナンパされてんじゃん大翔」
了承の意を示そうと口を開きかけた俺に、背後からヒロが肩を組んできた。モテないからって邪魔しに来るのはよくないと思うんだが。僻みなら他所でやってくれます?
「四条はお呼びじゃないの。私は星野君と二人きりで遊びたいんだから」
「そういうことだ。悪いなヒロ」
「えーいいじゃん。むしろこいつには月宮がいるから俺と一緒に遊ばね?」
まだ言ってるのかこいつは。いや、もしかしたら俺と彩希がそういう関係ではないと理解しつつも、秋野と二人きりで遊びたいから『星野、彼女いるアピール』をしているのかもしれない。実に不愉快で汚らしい手口だ。心底失望した。
しかし秋野はやれやれと首を振ると、俺と彩希の交際を疑っている(千紗談)とは思えない発言をした。
「星野君と彩希は付き合ってないのよ?そうだとしか思えないけど本人がそう言い張ってる以上そういうことなの。だ・か・ら」
秋野はまるで物を扱うかのようにヒロを俺から引きはがし、俺の腕に抱きついてきた。ふむ。
「私、星野君にアタックしちゃおっかなって!」
「薄いな」
「ん?」
「あ、いや、髪の色がね?」
マズいマズい。常日頃から彩希にデリカシーがないと言われているのにまだ直らないのか。女性の胸のことをどうこう言うのはクズだ。今の俺は髪の色が薄いな、と言っただけなのでクズではない。秋野からものすごく怖い目で見られているが、ないったらないのだ。
「ていうか、女の子に抱きつかれてるのに反応薄くない?やっぱり慣れてる?」
やっぱりとはどういう意味だろうか。俺が交際経験豊富に見えるのか?見えるとしたら光栄なことだが、実際俺は交際経験なしであり、遊びに人生を費やしてきている。それでも反応が薄いのは、近くに彩希といういい女がずっといたからだろうか。
それは、彩希より魅力的に見えないからということでもある。男女関係にならないとは言っているが、魅力を感じないかと言われればそれはない。
「別に、慣れてるとかそういうのじゃないぞ。ただ単に余裕がある素敵な男だってことさ」
「まー近くに彩希みたいな子がいたらそりゃ余裕でるよね」
「そうだ!羨ましい!」
「まだ帰ってなかったの?」
秋野に突き飛ばされたヒロがめげずに抗議してくる。羨ましい、か。確かに、彩希のようないい女と常日頃一緒にいて、今現在美人可愛い秋野にアタックされている。男がこれを羨ましがらずに何を羨むというのか。ただ、ヒロも顔と性格、頭以外はほぼいいから俺と付き合うのをやめればよりどりみどりになると思うが。俺が隣にいる限り俺という超絶いい男に女の子がきてしまうからな。
抗議をするヒロはヒートアップし、秋野がとっている俺の腕とは逆の腕をとって更に抗議をぶつけてくる。
「大体、月宮を家に招く関係なら他の女と遊んじゃだめだろ!そっちのケリつけてから遊ぶようにしろよ!お前のことを本気で好きになってくれる子に失礼じゃねぇのか!」
「彩希は親友だしなぁ。あいつ遊ぶの我慢しようって言ったらすげぇ悲しそうな顔するんだぜ?」
「うわっ、惚気だ。確認だけど、本当に付き合ってないのよね?」
ヒートアップするヒロの顔面をわしづかみにして黙らせつつ、秋野の質問に頷く。今のどこが惚気だったのだろうか。親友のことを言うだけで惚気にカウントされるのか?わからん。
「うーん、さっき本人たちがそういうならって言ったけど、こうなると疑わしくなってくるわね……」
なぜ。俺たちは親友だと何度も言っているのに。なんだ、男女が並んでいたらそれはもうカップルなのか?流石に短絡的すぎるだろ。
「だって、家に呼んでそのままお風呂に入って一緒に寝る関係なんでしょ?いくらなんでもそれで親友だっていうのは」
「親友ならそれくらいするだろ。あと一緒には寝てないぞ。ちゃんとベッドと布団でわかれてる」
「同性どうしならね。異性となるとまた話は別でしょ」
異性で親友にはなれないのか?いや、この場合異性なら距離感を考えろという話か?とはいっても家に泊まってもらった方が多くの時間遊べるし。非常に合理的だと思う。
「というか」
言って、秋野は美人可愛い顔をずいっ、と俺に寄せてきた。近くで見ると本当に美人可愛いな。秋野の性格と容姿なら男から大人気だろうに、なぜ俺なのだろうか。俺がめちゃくちゃいい男ということは疑う余地もないが、どうやら俺は少々おかしいらしいので、常識ある男のところに行った方がいいと思う。
「彩希みたいなかっっっっわいい子が隣にいて、欲情しない方がおかしくない?」
「欲情て」
女の子がそんな言葉使うな。
「いや、欲情というか性的な目では見るぞ?ただどうにかしてやろうっていう気持ちが起きないだけで」
「何それ、不能?」
「ちげぇわ。なんなら確かめてみるか?」
「落ち着け大翔!ここは俺が」
まだ俺の腕に引っ付いていた気持ちの悪いヒロが秋野の前に立ち、キリっとした目で秋野を見つめた。
「実は俺、不能かもしれないんだ。確かめてくれないか?」
「かわいそ。無理」
「なんで?みたいな顔をするな。逆になんでいけると思った」
「いや、お前が確かめてみるか?って言うからピンときて……」
そういうところが残念だって言うんだ。普通そんなところでピンとこない。
「星野君。四条は放っておいて行きましょ。どこに行きたい?」
どこかに行くのは確定なのか。いいけど。
「そうだな、家にくるか?」
「えっ」
正直秋野のことをまだよく知らないし、そんな状態でどこかに行っても最大限楽しめないと思って家にくるか?と提案したのだが、さっきまでぐいぐいきていた秋野が突然固まってしまった。心なしか頬が赤いように見える。
「もしかして星野君ってプレイボーイ?」
「なんでそうなる?」
「大翔、普通女の子をいきなり家に誘わないぞ。そういうのは酒で酔わせるか、もっと仲良くなってからすることだ」
そういうものなのか。如何せん交際経験がないものでそういうものがまったくわからない。え、だって家いいじゃん。金もかからないし、ある程度遊べる道具はそろってる。なんなら共通の趣味も見つかるかもしれない。
「距離を縮めるにはいいと思ったんだが」
「縮め方がエグイんだよ。百からゼロにするか?普通」
ゼロではないだろう。ゼロというのはつまり俺と彩希の関係のようなもので、流石にそこまで縮める気はない。というか縮められる気がしない。秋野は元気がいいし美人可愛いが、なんとなく彩希以上に気の合うやつはいないとわかっているから。
「いや、うん。私は、いいけど」
「おい!やめとけ秋野!男はケダモノなんだぞ!男の家に行ったら何するかわからんぞ!俺ならするから間違いない!」
「行こう秋野。これ以上ここにいるとヒロのためにもならない」
「それはそうね」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるヒロから逃げるように大学を後にする。道中ずっと秋野が腕を抱いてくるので「離れてくれ」と言ったら「アピールアピール」とわけのわからないことを言って離してくれなかった。歩きにくいったらありゃしない。
「連れてきてから言うことでもないが、本当によかったのか?」
「え?何が?」
俺の家に着き、ソファにダイブした秋野を微妙な目で見つつ聞くと首を傾げられた。何がって。
「俺の家にきて、だ。ヒロも言ってたが、男はケダモノだぞ」
「でも星野君はそんなことしないでしょ?彩希がいるし」
「ん?まぁ、彩希と遊ぶ家でそんなことはしないが」
彩希もそういうにおいが残っていたら嫌だろうし。それが原因で彩希が遊びに来てくれなくなったら俺の人生が一気に空虚になる。それは勘弁してほしい。
「そういうことじゃなくて、秋野が男の家にホイホイ行くやつだって思われるかもしれないってことだ」
秋野は顔が広く、持ち前の元気さと容姿で高い人気を得ている。そんな秋野が男と腕を組んで歩いていたとなればたちまち噂になるに違いない。そうなれば当然秋野が俺の家にきたということも最終的にはバレるわけで、そうなると面倒くさい男たちから言い寄られかねない。
秋野は唇に指を当て「んー」と首を傾げて考える。可愛いなその仕草。優れた容姿を持つ者だけに許された仕草だ。
「そうなったら星野君に責任とってもらおっかな。私の彼氏でーすって星野君を紹介すればいいんじゃない?」
「えー。それが一番断りやすいとは思うが……まぁいいや。遊ぼうぜ」
「まぁいいやって」
「そうと決まったわけじゃないし、なったらなったでなんとかなるだろ。いざとなったら俺がどうにかするよ」
鼻歌を歌いながらゲームを漁る。ボードゲームにテレビゲーム、カードゲームと色々ある。映画もあるしバラエティの録画もあるし、遊ぶのには事欠かない。俺の家有能すぎ?
「……彩希が星野君のこと男前って言ってた理由、ちょっとわかったかも」
「そんなこと言ってたのか?まぁ実際男前だしなぁ」
「自分で言うもんじゃないでしょ。あ、もう家にまで呼んでくれたんだし大翔って呼んでもいい?」
「おう、いいぞ。なら俺も千佳って呼ぶわ」
んで、何する?と振り向けば、元気いっぱいな彼女らしくない優しい笑みで俺を見ていた。なんで。