二人の友だちの話。
「なぁ、大翔って月宮と付き合ってないのか?」
「は?死にてぇのか?」
「何でそうなる」
昼休み、なぜか女友だちに連行されてしまった彩希を見送り友人であるヒロと飯を食っていると、唐突にそんなことを聞かれた。彩希と付き合っているかどうか。もしかしてこいつ、彩希を狙っているのか?
「付き合ってない」
「マジ?あんなに仲いいのに」
仲いいだけで付き合ってるとなるなら、少子化問題なんて出てこないに決まっている。そして、俺は彩希と一緒に少子化問題に貢献するつもりはまったくない。天地がひっくり返ってもということはないが、今のところは。
「じゃあ狙っちゃってもいいわけだ」
「お前みたいなやつに彩希はやらん」
「どの立場なんだお前?」
彩希は親友だ。交際関係に口を出してしまうのも仕方のないことだろう。なぜなら、遊ぶ時間が減ることが嫌だからである。ヒロは絶対に尽くすタイプだから、何よりも女との時間を優先するだろう。彩希と付き合ったとすれば、それは俺と彩希の時間が減ることを意味している。
「でも実際さ、月宮に彼氏ができたらどうすんだ?浮気を疑われんのはダメだし、距離とんなきゃなんねぇぞ」
「俺と彩希が?距離を?彼氏が我慢すれば済む話だろ」
「お前とんでもないこと言ってるぞ」
いやだって、友だちと遊ぶのをやめろって意味わからんだろ。どんだけ束縛するつもりなの?
「そうだな、月宮の彼氏が大翔と月宮の友だち関係を認めてくれる相手だったら問題ないが」
「認めるもなにも、俺たちは親友で浮いた話は一切ないぞ」
「お前らはそう思ってても、周りはそう思えないんだよ」
思え。俺たちを肯定しろ。
「てかなんで大翔はあんな可愛い子がそばにいて好きになんねぇの?」
「確かに彩希は可愛いが、それ以上に気が合いすぎるんだよ」
気が合いすぎると、どうもそういう目で見れなくなってしまう。いやらしい目で見ることもできるが、彼氏彼女の関係になろうとはどうも思えない。向こうもそう思っているからこそ今の関係が成立しているともいえるが。多分だが、どちらかが意識し始めればもう片方も意識し始めるだろう。
まぁ、そんなことはありえない。
「でもなぁ、月宮色んなアプローチ受けてるみたいだけど、全部きっぱり断ってるってことはやっぱり好きなやついるってことじゃね?それお前じゃね?」
「じゃねじゃねうるせぇよ。それはないな」
「もし可愛らしくキスしてって言われたらどうする?」
「しちゃうかもしんない」
「何が親友だ性欲の化身が」
いやでもまって。彩希は見た目めちゃくちゃいいから、そりゃキスを求められたらするだろ。悲しい男の性だ。それに彩希も覚悟があって言っていることだろうから、それを無下にするのも悪い。つまり、俺は応えるしかないのだ。俺はまったく悪くない。
「夜遅くまで二人で遊んで、しかも家にまでくるんだろ?そういう雰囲気になったことねぇの?」
「んー、どうだろう」
確かに、夜遅くまで俺の家で遊び、果てには寝泊まりすることもある。そして着替えまで俺の家にある。彩希は実家暮らしなので泊まる際には連絡しているが、彩希の親からもオッケーを貰っている。「男か?」という親父からの質問に「友達の家!」と答えていたから勘違いされている気もするが。
そんなことはあっても、変な雰囲気になったことは一度もなかったように思う。何せ親友だし。
「あ」
「お?あんのか?」
そういえば変な雰囲気になったことはあった。あれはそう、確か。
「ゲームしようと思ってモニターに電源入れたらAV流れちまって、それで変な雰囲気になったことはあるな」
「それAVつけっぱなしだったってことか?電気代大変じゃねぇか!」
いや、そこじゃないだろ。俺が言うのもなんだけど。
「彩希はノリは良くても普通に羞恥心があるから、そりゃもう恥ずかしがってな。あんときは高校生だったからそういう耐性もないし、何せ交際経験もないから」
「ねぇの!?」
「おう、なかったはずだぞ」
彩希本人に聞いてみても「ないよー」と軽く言っていたし。あの容姿でそれはないと思ったが、彩希の妹に聞いても「ないですよー」と言っていた。俺を騙してもなんのメリットもないし、本当だろう。
「えー、マジか。高嶺の花ってやつか?」
「ただ単に興味がないだけだと思うけどな」
彩希自身そういう甘酸っぱい話は大好きだが、自分がそうなることに興味がないらしい。中学卒業までは勉学に励んでいたみたいだし、高校に上がってからは俺とつるみはじめたからな。きっと彩希も俺との時間が減ることを嫌がっているからに違いない。
「ますます怪しい……大翔にそんな気がなくても月宮さんにはその気があるとみた。だって、好きでもない男の家に軽々と上がらないだろ。しかも一人で」
「だから親友だからだって言ってるだろ?ちゃんと耳機能してんのか?取り外して確かめてやろうか」
「怖いこと言うなよ」
軽く耳を引っ張ると、「すまん」と謝って縮こまった。おい、冗談だぞ。なぜそんなに怯える。
「でも、まったく嫌ってわけじゃないんだろ?」
「それはそうだが、なんかなぁ」
彼氏彼女の関係になるともちろんそういうことも増えるわけで、俺も男なわけで、そうなるとただ単純に遊ぶ時間が減るってことだ。
それは、つまらん。
「ねね、やっぱ星野君と彩希って付き合ってるでしょ?」
またそれか、と私は鬱陶しいという感情を隠すこともなく表情に出した。
昼休みになって大翔とご飯を食べようと思ったら、「借りてくね!」とまるで私を物みたいに掻っ攫い、お決まりの「付き合ってるよね?」攻撃。うんざりするなという方が無理だ。
「だから、大翔とはそんなんじゃないって」
「えーでも、前星野君と家にいってたらしいじゃん。何してたの?」
「何って、遊んでただけだけど」
きらきらとした目で私を問い詰める三人組に辟易する。他人の色恋沙汰に敏感すぎるでしょ。いや、私と大翔に限って色恋沙汰っていうのはありえないんだけど。
どうすればわかってくれるかな、と頭を悩ませていると、ふんわりした明るい茶髪の可愛らしい女の子、千紗が肩を組みながら問い詰めてくる。あ、いい匂い。背が小さくて目が大きくくりくりしていていい匂いって、女の子だなぁ。
「どういう風に遊ばれたの?教えてみ?」
うりうり、と私の横腹をつつくその姿は女の子としてどうなのかと思うが。この動作おっさん臭くない?
「遊ばれたって、別に、ゲームとかだよ?あと好きな番組観たり、それからはお風呂入って寝……たりはしてないし、そもそもお風呂は家で入ったし」
「誤魔化せない誤魔化せない。え、何?星野の家でお風呂入って寝るの?何それ?」
え?え?と首を傾げているのはショートの髪を金に染めている高身長の女の子、愛。すらっとしている割に中々胸が大きく、それを見た大翔がうんうんと頷いていたのを覚えている。「俺の好みは俺が好きになった子さ」とわけのわからないことを言っていた割には、女性の象徴に正直なのだ。
「それ襲われても文句言えないよー?だいじょぶ?あ、襲われてもいいからか。そっかそっか」
「違うから」
腕を組んで変に納得しているのは薄い金髪を肩まで伸ばしている、少し勝気そうな女の子、千佳。これで地毛らしい。綺麗な髪は儚さすら覚えるが、本人は元気いっぱいで少々手を焼く。私を攫うのも大体千佳である。
「大体、そんな雰囲気出したことないでしょ?」
私と大翔はよく二人一緒にいるが、ピンクな雰囲気になったことなんて一度もない。それは見ていればわかると思うが、三人は首を傾げるばかりだ。
「でも、仲良すぎない?普通付き合ってない男の家でお風呂入ったりしないって。入るとしても体の関係あるのが普通だし」
うふーんと体をくねらせて千佳が言うと、愛がなぜか私の胸を見ながら、
「それとも体だけの関係だからとか?」
「あのね、大翔がそんなだらしないわけないでしょ」
失礼なことを言ったのですぐさま否定する。大翔は性欲に正直かもしれないが、その辺りきっちりしている人だ。女の人との噂なんて立ったことないし。あれ、今私との噂が立ってるのか?
「これで付き合ってないとか言うの……?」
心底不思議そうに千紗が私の頬をつつく。「わ、気持ちいい」と言って私の頬を両手で挟んでもちもちしだした。何やってんの。
「うーん、付き合ってないなら狙っちゃおっかなー。星野君カッコいいし、面白いし。いいなって思ってたんだよねー」
私をふふん、と憎たらしい表情で笑い、唇に指をあてる千佳。確かに、千佳はノリがいいし元気だし、大翔とはお似合いだろう。スレンダーだが大翔はそんなことで文句を言う人ではない。恐らく。
「うん、いいんじゃない?どうせ断ると思うけど」
私の頬をいじる千紗の手を引きはがしながら答えると、愛が私の肩をぽんと叩いた。
「正妻の余裕ってやつ?見せつけてくれるね」
「や、違うって。ただ、その、うーん?」
私がいるから、と答えようとしたがそう言うとまた誤解を招く。私との時間を優先したいから?いや、これもダメだ。どう言えばいいんだろ。
「はいはい。まーでも正妻サマがいいって言ってるし、本当にアタックしよっかなー!ふふ、後で泣いたって遅いからね!」
「泣かないし」
というか、本気でアタックするつもりなのか。私をからかっているだけかと思ったが、そうか。よく考えれば大翔は少し、いや、大分おかしいところに目を瞑ればいい男だし、無理もないかもしれない。
「私の女の武器を使えばイチコロよ!」
「ないじゃん」
「ふん!」
反射的に「ないじゃん」と言ったら叩かれてしまった。女の子が暴力を振るうのはよくないと思う。