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街ブラの話。

 お話を作る上で、参考にしている芸人さんがいます。

「おう、きたか」


「うん、きたよ」


 じゃあ行くか、と色気も何もないスタートで俺たちの街ブラは始まった。


 この前彩希がバイト先に来て『遊んでいるところを見せつけて本当にただの友だちだということを理解させる』作戦当日。正直俺も何をしているのかさっぱりわからない状況だが、とりあえず彩希と遊べばいいということだけはわかっているので他のことには気を回さないようにしようと思う。


「で、ついてきてるのか?」


「きてる。後ろ、十メートル近くのところに三人」


「どうする?迎え撃つか」


「迎え撃ってどうするの」


「いや、なんか追われてる犯罪者みたいだったから」


 ここは追っ手に気づいて振り切るか迎え撃つかの二択を迫られる場面だろう。もちろん俺は迎え撃つの一択だ。なぜなら相手は女の子だとわかっているから。口に出すと最低だと言われること間違いなしなので、心の中にしまっておくことにする。


「しかし、大学生がぶらぶらする場所に商店街ってのはどうなんだ?」


「色気がなくていいじゃない。まず大事なのは男女っぽくないことなんだから」


 きょろきょろと周りを見渡し惹かれるものを探す彩希に、まぁそういうものかと軽く頷く。どこにしろ彩希がいれば退屈しないのは間違いないからな。


「というか、薄着すぎない?まだ五月なんだからそれじゃ寒いと思うんだけど」


「そうか?」


 俺の服装は半袖のシャツと超機能重視のカーゴパンツ。できるだけ色気のない服装できてくれと言われたからこそのこれなのだが、ふむ、確かに寒いかもしれん。


「まぁでも洗濯物が少なく済むならそれで充分、ぶぅえっくしょい!」


「言ったそばからじゃん」


「くしゃみでるかと思った」


「出てたよ?」


 みっともなく鼻を啜り、「あー」と喉の奥から声を出す。風邪をひくほどやわではないが、警戒しておいてもいいかもしれない。引いたら引いたで彩希にお見舞いにきてもらえばいいが、今の彩希は俺と男女の関係に見られることを嫌がっているので、家にきてくれないかもしれない。クソが。人の関係を邪推するような奴らは腕の関節が一つ増えればいいんだ。


「くしゃみ出た時って噂されてるのかな?って言うやついるけど、あれって自分が噂されるほど価値のある人間だと思ってんのかな」


「本当に大翔のそういうところダメだと思う。ほら、定型句みたいなものだよ」


 ダメとはなんだダメとは。思っていることを言うのがそんなにいけないことか?薄々俺の思っていることはよくないことだと理解しつつはあるが、言うのを我慢すると俺がストレスで死ぬ。俺が死ぬと彩希が悲しむから言う。ほら、俺は見上げたやつだ。


「定型句って自分の個性を捨てるようなものじゃね?おはようとかさようならとかそういうのはいいけど、ふわぁぁぁあああああ!!!」


「あくびがうるさい!!大翔は逆に個性出し過ぎなの!」


 あくびをしたら怒られてしまった。ほら、眠気を吹き飛ばすには大声出すのがいいって聞くし。知らんけど。


 俺のあくびにびっくりしたのか、こちらを見てびっくりしているおっちゃんたちに頭を下げ、ついでに彩希にも頭を下げておく。


「ちょっと昨日遅くまで起きててな。ちょっと眠いんだよ」


「何かしてたの?」


「寝ようとして羊を数えてたらとうとう千までいって興奮して寝れなくなってた」


「千まで羊を数え続けられる脳は眠たくないに決まってるもんね」


 俺の牧場が千以上の羊で埋め尽くされればそれは興奮もする。途中から数がわからなくなったけど。ああやって単純作業の苦しみによって眠りにつかせるという技なのかもしれない。羊を数えるというのはある程度の覚悟がいるらしかった。


「ようそこのカップル!ちょっと寄っていきな!」


 そんなくだらない話をしながら歩いていると、もの凄く気のよさそうなおっちゃんが俺たちを呼び止めた。カップルではないが、俺たちをガン見しながら言ってきたので間違いない。


「カップルではないですよ。友だちです」


「こんなに絵になる二人が歩いてるのにか?特に兄ちゃんの方はすげぇカッコいいのによ」


「おい兄ちゃん、一人で何言ってんだ?」


「あぁいえ、おじさんがそう言いたそうにしていたので」


 おっちゃんの気持ちを俺が声に出してあげたらおかしなものを見るような目で見られてしまった。おっちゃんの気持ちでないにしろ、事実なのに。特に俺の方がすげぇカッコいいというのは少し盛ったかもしれないが。


「変わったやつだなぁ。まぁいい、客には変わりねぇ!お二人さん、ちょいと試食しちゃくんねぇか?若いやつの意見を聞きたいんだよ」


「ほう、試食ですか」


「いいですよー」


 快諾した俺たちの前に現れたのは、おぼんに乗った一口サイズの薄い緑のケーキが二つ。


「メロンですか」


「お、わかるか?顔もよけりゃ鼻もいいんだな姉ちゃん!」


「目の前にきたときにふわっと香ってきたので。美味しそうですね」


 笑顔を浮かべる彩希とは対照的に、俺は腕を組んで眉間に皺を寄せた。実は、あまりメロンが好きではないのである。


「すみません、いただきますがあまりメロンが得意ではないのです。おじさんが欲しいような感想は言えないかもしれません」


 おぼんの上に乗せられていたフォークを手に取り、メロンのケーキを刺して口に運ぶ。


「吐いちゃったらごめんなさい、いただきます」


 そして、口の中に入れた。


「どう?」


「世界一美味い」


 口の中に入れた瞬間に甘さが広がり、きつすぎない程度の香りが鼻を抜けていく。メロンが苦手な俺でも食べやすく、まさに世界一と言っていいほどだった。


「いや、美味い通りこして何か嬉しくなってきた」


「嬉しい?どれぐらい嬉しい?」


「東京オリンピック開催決定ぐらい」


「TOKYO」


「うおおおおああああああああ!!!」


 両手で拳を作り天へと掲げ咆哮する。「TOKYO」と言った彩希はそんな俺の様子を静かに見ていた。おっちゃんは唖然としていた。


「な、なんだ?」


「あぁ、すみません。この男は何かを食べるときこういうことをやらないと気が済まないんです」


「まぁ嬉しそうだからいいが。そうかそうかそんなに美味かったか」


 嬉しそうに頷くおっちゃんを見ていると俺まで嬉しくなってくる。いや、嬉しそうな俺を見ておっちゃんが嬉しくなったから、正しく言えば嬉しそうな俺を見ておっちゃんまで嬉しくなってそんなおっちゃんを見ていると俺まで嬉しくなってくる。うぜぇ。


「彩希も食ってみろよ」


「うーんでも甘いものってちょっとお腹に響くからなー」


 言いつつ、彩希はフォークでケーキを刺す。


「お腹痛くなっちゃうかもしれませんけど、いただきます」


 そして、口の中に入れた。


「軽っ!世界一軽いかもしれない」


「そんなに軽いのか?どれぐらい軽い」


「レスラーが持ち上げる綿毛ぐらい」


「優しいレスラー」


「春の芽吹きを待ちましょう」


 綿毛を持ち上げるレスラー。優しすぎる。そういうギャップに人類は弱いのだ。男とか女とかそういうスケールではない。人類。


「うん、仲いいんだなお二人さん」


「はい、いいんです」


「すみません……」


 彩希はノリはいいのだが、やった後に恥ずかしがってしまう癖がある。どこか恥を捨てきれていないのだろう。いや、この行動が恥だとかそういうことではないのだが。


 頬を赤く染めて縮こまる彩希に、おっちゃんは快活に笑って「いいってことよ!」と返した。俺も将来こういうおっちゃんになりたい。こういうおっちゃんは恋に悩める少年少女の背中をそっと押すポジションに決まっている。いいなぁ、甘酸っぱい恋が見たい。


 おっちゃんに手を振って別れ、また道を並んで歩く。先ほどのおふざけで注目を浴びてしまったらしく、商店街の人たちが俺たちをちらちら気にしていた。


「うーん、やり過ぎたか」


「みたい。やっぱ恥ずかしいなぁ」


 恥ずかしい、とは言うがおかしなものを見る目というよりはどちらかというと好意的な視線に思える。あれか、俺たちに試食してもらえば買い手が増えるかも?みたいな。そうなると俺たちはただ飯を食えるも同然なので、ぜひ協力させてほしい。


「まぁ気にすることはない。今が楽しけりゃそれでいいんだ」


「後を考えたくないだけじゃ……?」


 そんなことはない。ただ後のことを考えている暇がないほど忙しいだけだ。


「お」


「どうしたの?」


 後のことから目をそらすように立ち並ぶ店を見ていると、面白そうなものに目が止まった。


「千円以上お買い上げで福引券一枚プレゼント」


「へー。せっかくだし何か買ってく?余ったものは大翔の家に置いていくとして」


「俺が一人暮らしだからって物置にするな」


 実家暮らしのこいつは俺の家を物置にしている節がある。別に何か場所をとるようなものを置くわけでもないから困りはしないが、最近俺の家ではなく自分の倉庫だと勘違いしているような気がする。


 まぁいいかと小さく息を吐き、店に向かう彩希を追いかけた。


「何がいい?」


「そうだなぁ」


 入ったのはおもちゃ屋さん。完全に俺の家に置いていくものを買うつもりなことはひとまず置いといて。


「前TRPGやりたいとか言ってなかったか?」


 TRPG。テーブルトークRPGのことで、ゲーム機を使わず鉛筆やなどを使い、会話で進めていくロールプレイングゲームだ。確か専用のダイスがあったはずだから、売っていればそれを買えばいい。


「あー。でも人集まるかな?」


「適当に呼べばいいだろ。それこそ付き合ってないアピールになるし」


「天才」


 俺を表すに最も相応しい言葉を残し、彩希はダイスを探しに行った。案外ダイスはすぐ見つかったが、その値段に二人して驚くことになる。


「ダイスだけで千円以上するのか……いや、ちょうどいいと言えばちょうどいいのかもしれないが」


「福引券がなかったら買わなかったね、これ」


 いい機会だから買いはするが。


 ダイスに手を伸ばしていた彩希よりも早くダイスを取り、会計に向かう。


「む、いいのに」


「俺の家に置くんだから俺が払う」


「じゃあお願いします」


「引き下がるな」


 いや、引き下がらなかったら引き下がらなかったでめんどくさいのだが、あまりにもすんなり行き過ぎだろう。そんなやつが「む、いいのに」とか言うな。


 パパっと会計をすまし、店を出る。手には福引券が一枚。


「何が当たんのかね」


「あまり豪華なものはないと思うけど。現金とか掃除機とかじゃない?」


 まぁその辺りだろうとは思う。商店街はあまり若者がくるところでもないし、主婦層が喜びそうなものを景品にしていることだろう。


 福引会場に行くと、まだ目玉の景品は取られていないようだった。


「掃除機、二万円、自転車」


「テーマパークのペアチケット。あれ当たったらまた勘違いされそう」


「三等か。それは当てないようにしよう」


 おっちゃんに福引券を回し、ガラガラと無感情に回す。こういうのは欲があると外れやすい。更に当てたくないと思っていたものが当たりやすくなる。回すのは無感情にだ。


 ガラガラと回していると、穴から玉が一つ転がり出てきた。色は、青。


「おめでとうございます!」


「マジか」


「青って何か嫌な予感しかしないんだけど」


 俺も。もしかして三等を当ててしまったのだろうか。


「一等の現金二万円です!お受け取りください!」


「あ、はい」


 一等の青。大変珍しい商店街ですね。


 なぜだか納得のいかないまま二万円を受け取り、一万円を彩希に渡した。


「……三等出さなきゃダメじゃん」


「いや、反省してる。二万円は一番ダメだよな」


「ダメ」


 お互いに一万円を財布にしまいながらため息を吐いた。あの流れで三等を出さない自分に失望である。


「二万円でなんか買っていって家行こうぜ。そしたら忘れられるだろ」


「そうだね。TRPGのルール覚えよっか」


 そう言って俺たちは俺の家に向かって歩き始めた。この時点で彩希の友だちがついてきているということはすっかり忘れており、後日、なぜか俺が彩希にしこたま怒られてしまった。同罪では?

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