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女の子のパンツになりたい話。

「男女間の友情って成立すると思う?」


「は?」


 大学の講義が終わってさて帰ろうかと支度していたところ、隣に座っていた女の子、月宮(つきみや)彩希(さき)からそんなことを聞かれた。俺好みの黒髪ポニーテールを揺らしながら俺を覗き込み、可愛らしい大きな瞳で問いかけてくるその姿は男であればぐっとくる姿第四位あたりにランクインすることだろう。


 しかし、男女間の友情。


「俺たちが証拠じゃないか?」


 俺と彩希は高校で出会い、そのまま気が合って友だち付き合いをし、たまたま同じ大学に進学した。そこに男女のあれこれとかピンクなどれそれとかはまったく存在せず、気安い友だちのような関係だ。


 だが、彩希は俺の答えをお気に召さなかったようでやれやれと肩を竦めてやけに腹の立つ呆れ方をしている。


「この前大翔(ひろと)との仲を友だちに疑われてさ。友だちだって言っても聞いてくれなくて」


「俺との?仲を?」


「大翔との、仲を」


 俺たちは二人そろって舌を出し、うげぇっとうめき声をあげた。


 想像してほしい。友だちと言い張っているのに仲を疑われる。つまり、男ならば男との仲を、女ならば女との仲を疑われるということである。俺はそういう人たちに偏見はないが、自分が当事者になるとなれば話は別だ。シンプルに嫌。


「それで、男女間の友情が成立するかどうか聞いてきたのか?」


「そ。何もないってところ見せつけてやれば納得するかと思って」


 言いながら彩希が指さした方を見ると、数人の女の子がなにやらひそひそと話しながらこちらを見ていた。ふむ、どうやらあれが俺たちの仲を疑っているやつららしい。気分が悪い。


「肥溜めがいいかな?」


「いきなり埋める場所の話しないで」


 怒られてしまった。しかしどうだろう。「肥溜め」と言った男に対して「埋める場所」と断定する女が果たしてその男とそういう関係になるというのだろうか。俺はならないと思う。なぜなら色気という色気が皆無だからだ。ということは、こういう会話を続ければそういう噂は引いていくというわけである。同時に彩希から友だちが引いていく可能性もあるが。


「男女間の友情が成立する、と証明するのならそれらしい会話をしたらいいんじゃないのか?」


「それらしい会話?」


「ほら、高校からやってるやつみたいな」


 高校生というのは基本的にバカで、中身のない会話を延々とやっていたりする。それが楽しかったりするので中身がなくとも充実した気持ちにはなれるのだが、そのような会話を彩希と何度も繰り返してきた。それは大学生になってからも続いており、一緒に帰るときもそういう会話ばかりしている。


 俺の提案に彩希は「あー」と納得し、腕を組んで考えた後、きりっとした眼差しで俺を射抜いた。


「最近の若者って悩み事が多いって言うじゃん」


「んー、まぁ言うかもな」


 特に世界的に物騒というか、心配になるような事件が多いし、日本の未来だってどうなるかわかったものではない。就職率が安定していても、肝心の日本の未来自体がわかっていなければ悩みを抱えるというのも無理はないだろう。


「私も最近悩みがあって」


「え、そんな素振りなかったけどな」


 彩希は俺の前で感情を隠したりはせず、常にオープンだ。隠したところで意味がないということでもあるが、そんな彩希が悩み事。


「ちょっと恥ずかしいからあんまり言うものでもないんだけど」


「いや、聞くぞ。他でもない彩希の悩みだからな、なんでもこい」


 親友も親友、大親友と言ってもいい彩希の悩みだ。俺が聞かなくて誰が聞くのだろうか。内容によっては親の方がいいかもしれないが、俺に話そうとしてくれている以上俺が適任だということだろう。若しくはもう親には話していて納得のいくような解決策が出なかったとか。


 彩希は視線をあっちこっちへやり、指をもじもじと絡ませて頬を薄っすらピンクに染めながらもごもごと、しかしはっきりと聞こえる声で言った。


「あのー、実は、女の子の、パンツになりたい」


「ん?」


 彩希は俺と目を合わせると肩を竦めた。


「女の子の、パンツになりたい」


「現役の女の子がそんなことしながら恥ずかしいことを二回も言うな」


 一つ言っておくが、彩希の見た目はものすごくいい。髪は綺麗だし、顔も整っているし、手足も長くスタイルもいい。そんな女の子がパンツになりたい。


「まったく、女の子なんだからもっと恥をもってだな」


「いやでも考えて?」


 彩希は肩を竦めたまま手の平をこちらへ向けてきた。いちいちムカつく動作をするやつである。


「考えてって、何を」


「なりたかなりたくないかで言ったら、どっち?」


 ふむ。


「条件によるな」


「条件」


 彩希が神妙に頷いた。俺も男だ。なりたいかなりたくないかで言われれば、それは条件によると返してしまう。


 女の子のパンツになる。男ならば一度は考えたことがあるだろう。俺は四度考えた。その中で重要だと思う項目、これをクリアしているかどうかが俺の懸念事項だ。


「なったとして感触は伝わるのか?」


 言って、両手で何かを揉むジェスチャー。真剣な表情をする俺に彩希もまた真剣な表情で頷いた。


「それはそうでしょ。じゃなきゃなる意味ないし」


 それもそうか、と頷く。まず大事なのは感触だ。あれを堪能せずどうしてパンツになろうというのか。


「なら、パンツになれたとして元の姿には戻れるのか?」


 これも重要だ。一度パンツになったら戻れないなど、なる意味がない。パンツとは古くなれば捨てられ、燃えてなくなるものである。いくら至福の時を体験できるからといって、流石に燃えて死んでしまうのは嫌だ。であれば、なった後に解除して元に戻れること。これが必要なのだ。


「戻れる。私も一生パンツは嫌だし」


「なら、女の子が履いているパンツになれるのか?」


「は?」


 俺の言葉に、彩希が女の子の出してはいけない声で威圧してきた。そういうとこだぞ。


「だから、実際に現在女の子が履いているパンツになれるのかただただ女物のパンツになれるのかどっちだって聞いてんだ!」


「なんでヒートアップしてんの!それは現在女の子が履いているパンツよ」


 机を拳で叩きながら叫ぶ俺に、彩希がスカートをバサバサしながら答える。誰かに見られたらどうするんだと思ったが、そういえばこいつスパッツを履いているとんでもないドぐされ野郎だったことを思い出し、内心で舌打ちをした。


「なら、そのパンツにはどうすればなれる?」


 現在履いている女の子のパンツになれるとして、どうすればなれるのか。パンツになりたい!と思ってなれても美人の人のパンツじゃなきゃ嫌だし、もし母親のになんてなったら想像するだけでも死にそうになる。実際今一度死んだかもしれない。


「それは女の子見てなりたいって思ったらその子のパンツになれるよ」


「じゃあ今彩希のパンツになりたいって思ったらなれるのか……いやまてよ」


「なに」


 彩希のパンツになりたいという部分で俺にジト目を送ってきた彩希が、頬杖をつきながら答える。お前からこの話を振ってきておいてその態度はないだろうと思ったが、ヒートアップした俺は止まらない。


「問題があるぞ。最近盗撮が人気だろ?」


「あれを人気って言わないでしょ。まぁあるっていうのはよく聞くけど」


 彩希もやられていたりするのだろうか。ほとんど一緒にいるからされていたらわかるとは思うが今はそういう話ではなく。


「もし俺がパンツになってるときにその子が盗撮被害にあった場合、それって撮られてるのは俺じゃないのか?」


「それの何が問題なの?」


「俺は女の子のパンツになりたいと思っても、おっさんにやらしい目で見られたくはないんだよ」


「いやそこは我慢しなよ。やらしい目で見られてもチャラになるくらいいい思いしてるんだから」


「おっさんに!やらしい目で!見られたくはない!」


「そんなことを力入れて言うなバカ!」


 盗撮許すまじと怒りに震える俺の口を手で塞ぐ彩希。その手をどかそうともごもごしていたら叩かれてしまった。なぜだ。


「まだ問題はあるぞ」


「何?」


 彩希はうんざりした目で俺を見ていた。いじめられたいという性癖を持つ男であればこれだけで三日三晩過ごせることだろうが、生憎俺にそんな趣味はない。パンツになりたいとは思うが、そんな趣味はないのだ。


「自由に動けるのか?」


「自由に動く?パンツが自由に動くわけないでしょ。現実見ろ」


「パンツになりたいって言ったやつが現実見させるなよ!いいか、自由に動けないってことはいざ人間に戻る時いきなりそこに現れるってことでそれはつまりめちゃくちゃ不審な」


「うるさい!」


「いたい!」


 思い切り頭を叩かれてしまった。パーで。女の子が手を出すもんじゃないぞ。


「普通こういうのはおかしな悩みを言った方を言われた方が諫めるのが普通でしょ!なんでどんどんおかしな方向に転がっていって最終的に呆れさせんの!?」


「お前が悩みがあるって言ったからちゃんと考えたんだろうが!」


「パンツになりたいっていう頭のおかしい悩みにのってこられたら周りからあの二人頭おかしいって思われるでしょ!」


「じゃあ聞くぞ!」


「何!」


「パンツに!なりたいかなりたくないかで言ったら、どっち!」


「「なりたい!!」」


「やめさしてもらうわ」


 遠くで女の子たちが拍手していた。それに手を振って応え、彩希を横目で見る。


「こういうこと?」


「思い描いていたのとは違う」


 しかし彩希もそう言いつつ手を振っているので、男女間の友情が成立するというアピールになったのではないだろうか。女の子のパンツになりたいという題で口論する男女は友情以外の何物でもないだろう。


 「やめさしてもらうわとか言っちゃった」と少し頬を赤く染めている彩希を見て、うんうんと頷いた。今日も俺の親友は平常運転である。

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