後日談 未来
鷹羽の現代恋愛物最高点突破記念のホワイトデーSSです(^^)
陽人と奈津美の結婚生活も6年目を迎えようとしていた。既に奈津美も21歳。学生生活と主婦の二足のわらじを履いた生活を満喫している。陽人は2年前に転勤したものの、赴任先が奈津美の大学と同じ市内の高校だったので、奈津美と一緒に引っ越した。目下の懸案は、陽人の顔を見るたびに「孫の顔を」と言い出す美芙由と、奈津美の就職のことくらいだ。
奈津美は、大学に通い、友人もそれなりにできたものの、結局は陽人との時間を最優先する生活を変えなかった。いや、変えられなかったと言った方がいいだろう。日々の努力の甲斐あって料理の腕は陽人を追い抜き、「おいしいよ」という陽人の賞賛を素直に受け取れるようにもなっている。
奈津美にとっては、家で陽人の帰りを待つ生活が性に合っているということのようだ。大学の友人から「口を開けばノロケる」と評されていることを奈津美は知らない。
今、奈津美は、気合いを入れてビーフシチューを煮込んでいた。半年くらい前、料理の本を見ながら半日がかりで煮込んだビーフシチューを陽人が絶賛して以来、ここ一番の料理としてノミネートしていたものだ。冷蔵庫にはスパークリングワインとケーキも入っている。
なぜならば。
「ただいま、奈津美」
「おかえりなさい、陽人さん」
「はい、これ。ありがとうね」
「なに?」
これは何か、ではなく、どうしたの、という意味で奈津美が尋ねたので、陽人は目を丸くした。
「なにって、ホワイトデーのお返しだけど」
「あ…」
「忘れてた? その割には、なんか嬉しそう…ああ、結婚記念日だからか」
「うん、結婚5周年だよ」
2人が入籍したのは、明博の命日の2日後、3月14日。式を挙げていない2人にとって、今日が5回目の結婚記念日だった。
最初の結婚記念日には、少し遠くに出掛けてレストランで食事をしたが、その後は特に外食等はしていない。
そんなこともあって、5周年で記念だなんだと騒ぐつもりのなかった陽人はホワイトデーをメインに考えていたが、奈津美にとっては“5年”という節目で結婚記念日の方が優位だったらしい。
陽人が着替えてくると、テーブルにはビーフシチューとサラダ、パンが並んでいた。パンは、陽人のお気に入りのパン屋から買ってきた、ナッツ入りの天然酵母のパン。後でケーキを出すつもりだから、少し軽めに抑えてある。
「5年間ありがとう。これからもよろしくね」
スパークリングワインで乾杯し、料理を食べ。最後にコーヒーを淹れてケーキを食べながら、奈津美は切り出した。
「私、一応教職取ったけど、就職しなくてもいいかな?」
就職するかしないかは奈津美に任せる、と陽人には言われていたが、奈津美としては、改めて相談しておきたかった。これからのことも併せて話しておくには、今日はうってつけだ。
「私達って、基本的に根無し草でしょ。陽人さんが転勤したらついて行けるように、やっぱり私は専業主婦でいた方がいいと思うの。
大学まで行かせてもらって就職しないのは、もったいないとは思うんだけど、2人で教師になっちゃうと、一緒に暮らすの難しいと思うから」
「もちろん、いいよ。奈津美が大学生活を送ること自体が目的だったんだし」
「ありがとう。
それでね、今すぐじゃなくていいんだけど、そろそろ赤ちゃん欲しいかなって」
「子供?」
「うん。来年はお父さんの七回忌でしょ? その時、お父さんに孫が生まれるよって言えたらいいなって」
「それって、お腹大きい状態で大学通うってこと?」
陽人が少し難しい顔をした。4年生になれば、通う日数は少ないだろうが、それでも妊婦が動くには不安がある。
「そうじゃなくて、ええと、七回忌の頃に妊娠がわかるくらいっていうか。さすがに、悪阻とかひどいと学校行きづらいし」
「そう都合良くいくとは限らないよ」
「うん、まあ、その辺はなりゆき任せでもいいかなって。
でもね、なんとなくだけど、欲しいと思ってれば、ちょうどいい時期に赤ちゃんできるんじゃないかと思うんだ」
奈津美は、陽人と引き合わせてくれた明博なら、と思っていた。明博に報告できるような時期に妊娠するだろうと。
「いいのかい? そりゃ、僕はもうすぐ32だし。そろそろ子供がいてもいいと思うけど、子供ができるってことは、奈津美が行動にかなりの制約を受けるってことだよ」
「赤ちゃんがいるからできることっていうのもあると思うし。陽人さんと一緒に赤ちゃん育てたいなって」
「わかった。どっちにしても、年末くらいまでは作らないってことでいいのかな?」
「うん、それでいいよ。それまでは2人で楽しもうね」
「そうだね」
5回目の結婚記念日は、こうして終わった。
奈津美の妊娠がわかって2人がハイタッチを交わしたのは、七回忌の半月前のことである。