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来訪2

 午後の授業を終え、ホームルームが終わると僕は図書室に向かった。

 近づくにつれて徐々に生徒も少なくなって行く。

 というのもこの学校の図書室はお世辞にも利用率が高いものではなく、お喋りの為にそこに居るような利用者までいる始末だ。あまり良い気のするものではないけど、司書が注意しないのならばそれがここのルールなのだと受け入れる他ない。


 そもそもとして、司書の大江という男は面倒臭がりで、何故その職に就いたのかと疑問に思うほどに最近の流行りや古典的名作と言われるものに疎かった。そんな男ではあるけど、無闇に干渉してこない態度だけは静かに過ごしたい僕にとって都合が良かった。


 図書室に入ると図書委員が一人、カウンターで携帯をしきりに弄っている。

 やる気も何もない勤務態度はこの図書室における正しいものであるらしく、真面目に活動している図書委員は半分以下どころではないと思う。何故、図書委員になったのか甚だ疑問ではあるものの、簡単だと思ったとか、じゃんけんなどで無作為にといったところだろう。

 これもある種の自主性なのだろうか。


 僕の他に利用者はおらず、つかつかとカウンター脇の返却箱とに借りていた本を入れた。

 そこでやっと気付いたのか当直の図書委員が携帯からほんの一瞬、僕に目を向け落胆のような表情を浮かべ再び携帯に取り掛かる。不躾だなと思うけれど注意する労を思えば何も言う気も起きないので目当ての本棚へと足をのばす。


 といっても借りたい本が特にあるわけでもなく、整然と並べられた背表紙をゆっくりと眺めていく。好きな本のジャンルも特になく、比較的雑食に読み漁るので気の惹かれるタイトルや装丁を探す。


 往往にして人との出会いを言うが、一期一会という言葉の通りに僕は自分の感性の向くまま本を手にすることを信条としているのだ。

 人の評価を気にしたところで、結局は合う合わないの話になるし、そんなもので好みの作品を世間では評価されていないからと断じるのは酷く勿体無い。名作だから、皆が知っているからと偏って読んでいたら読まれるべき作品は次々に取り零されていくだろう。といっても隠れた名作を見つけたいなんて思いはないので、気になれば手に取り読むだけだが。

 

 最近は海外小説に傾倒していた節があるので日本作家で何か読みたい。舐めるように視線を動かしていると、やにわにカウンターの方が五月蝿くなった。

 今いる場所からだと本棚の影になっているので、少し動き顔を出してみると、図書委員とその友達がぺちゃくちゃと何か話していた。静かだった図書室は活気というには粗雑な喧騒を帯びていくように思え、僕はいつの間にか顔を顰めていた。


 カウンターの前には椅子が置かれ、占有するように二人で喋り続けている。げらげらと響く笑い声に苛立ちを覚えるのは、昼休み見た夢のせいだろうか。ほんの少しでも蘇った忘れられない記憶が、心から余裕をなくしたのか。こんな気持ちになるのならさっさと帰れば良かったかもしれないと一瞬頭をよぎるが、来たのだから何か借りていきたいところだ。


 やけに耳につく声は次第に野卑たものに感じられ、どうにもならない自分の感情に溜め息をついた。どうしてこうも騒げるのだろう。静かにするべき場所じゃないのだろうか、ここは。見たことがない生徒だから上級生だろうとは思うけど、あれを先輩と称さなければならないのは正直苦痛だろうと思う。


 僕はかぶりを振り、耳に入れないように努めて意識しながら本棚を見ていく。早めに何か見繕って退散するのが丸いだろう。


「ねえ、まだ図書委員の仕事終わらないの?」

「うん、あと三十分でおっさんと交代」

「おっさんて言い方ウケるんだけど。なんだっけ司書のおっさん」

「大江」

「大江さあ、偶にあたしら見る目やばくない。飢えたケダモノって感じでマジできもい」


 大江に対して特に思うことはないものの、ほぼ同年代の異性の酷評に他人事ながら顔が引き攣る。そこまで言われるほどではないと思うが、異性じゃないと感じられない視線というのもあるのだろう。そもそも、保険医と大江が恋仲だとか騒いでいたのは女子じゃなかったか。パートナーが居るのならそんな風に言うべきではないと思う。近い年齢の大人は弄るのに丁度良いのだろうか。


「うえっカラオケもう始まったって」

「どうせ誰もいないんだし、すっぽかしちゃえば?」

「いや、後輩そこら居るっしょ多分」

「マジかぁ、空気読めっての」


 椅子の引く音がし、大きな足音が近づいてくる。そちらを見やると図書委員のお友達がこちらを覗き込み、僕の姿を認めると顰めっ面を浮かべ戻っていった。


「マジで居るわ。てか、利用する人いるんだ」

「そりゃいるよ。ま、ほとんど居ないようなもんだけど」

「さっさと借りてけよなぁ」

「ちょっ、どうせ三十分だから」

「や、カラオケの三十分はでかいっしょ」


 先程よりも深い溜め息が漏れる。どうにも、数少ない利用者は不要らしい。図書委員の方は幾らかましみたいだが、友達の言を諌めるほどではない。苦り切った顔で本棚から一冊抜き取る。何も借りずに外に出たら、借りなかったことさえも揶揄しそうに感じたからだ。


 一冊、カウンターに持っていき借りる手続きをする。横で、先輩様が「今から行けるわー。うん早く終わったっぽい」と電話をしている。感情が表情に出ていたのだろう、図書委員が「ごめんね」と本を渡してきた。


 僕は、気にしていませんと本を受け取り、鞄に仕舞う。借りる気のなかった本はやけに重く感じられ、憂鬱な気持ちにさせる。間が悪かったのだと、鬱屈とした感情を飲み込み、図書室を後にした。


「や、気にしろよ。遊びに行く邪魔したじゃんね」


 追い掛けてきたのはそんな声だった。

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