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来訪

 夢を見ると決まって目付きが悪いらしく、よほど夢見が悪いんだなと友人に言われてから僕は夢が好きじゃなかった。

 そもそも内容さえも判然としない、ふわふわとしたものに心を動かされていたと思えばこそ、そんな証左を酷く嫌に感じるのだ。

 うっすら記憶にある夢を思い、確かに苛立つような顔をしているだろうな僕は、と眉間に皺を寄せた。


 記憶に残る消えかけの夢。

 それは子供の頃の憧憬だった気がする。どこか鮮明で、それでいて焦点が決して合わないのは夢だからか、忘れかけているからだろうか。

 皆と楽しくお遊戯か何かして、ドッジボールをして、一緒に遊びまわるそんな夢。それが記憶などでないのは明白で、ただの感傷も呼び起こすに値しないものだ。かつて、一人死を待ち助けられた少年の創汰はもういないのだ。


 あれから、だいぶ経った。

 あと一月も待たずに一学期は終わる。思えば高校入学から随分と時間の周りが早く感じる。そんなことを言えば、友達からは年寄りみたいだと揶揄われるだろう。


 あの日から今日までを振り返れば、僕としては何もなかったと一言で済ますことが出来るものだったが、復学の際に小学校は転校し、名前も改めて叔母の名字である栗本を名乗ることとなったのは大きな出来事か。

 ニュースなどで見るような大々的で、誇大な報道もなく、母のことで揶揄されることも殆どなかったように思える。もしかしたら叔母が目につかないように気遣ってくれていたのかもしれないが。


 入信していた女、子供を置き去りに自殺。


 なんて見出しを見たら泣きはしないにしても酷く強張った顔を浮かべていただろう。

 今でさえ厭世的とでも言えばいいのか、変なしがらみを感じるのが酷く苦手で、いっそ人の目なんてどうでも良ければと思う節がある。それは脅迫じみた衝動で、表に出すには醜いものだ。

 孤立してはいけない。叔母の迷惑にはなりたくないから態度に出すことは無いが、いくつかの学校行事も不承不承と参加していた。真面目に参加している生徒達にほんの少しだけ引け目を感じるが、これが僕なのだから仕方がないのだとやや開き直るような気持ちも混在しているのだから僕という人間は随分と節くれだって育ってしまったのだろう。


「なに辛気臭い顔してんだよ、昼終わっちまうぞ」


 ぼんやりと思考の海に揺蕩っていた僕は、言われて腕時計を見れば残り20分となかった。

 教室には学食から戻ってきたらしい生徒達が入って来るところで少しずつ賑やかさを増しているようだ。

 大人が身に付けるような黒革の少しアンティーク調な腕時計は、叔母が高校に上がるときにくれたものだ。元々は叔父のもので、何となく惹かれていたのを見抜いた叔母が、甥が使ってくれるならあの人も喜ぶわよと渋る僕に微笑みながら渡してくれた。


「またパンか?」


 僕の前の席に座った田中は呆れたような顔で訊ねてきた。


「うん、田中と違って僕は燃費いいからね」


 田中とは引越し先の小学校からの付き合いで叔母に次いで最も親しい間柄だ。

 気兼ねなく話せる友人というのは貴重だと思うものの、なにかと僕に気を使っている節があり、一時はこれでもかと過保護さをみせたものだ。

 それも今では落ち着いたように思う。どうにも、居なくなった兄を僕に重ねてしまうことがあるのだと、バツが悪そうに話してくれたのはいつだったか。雰囲気のようなものが似ているのだと言う田中は少し泣きそうな顔で口にしていた。


 ぐっと伸びをすると田中は携帯を取り出す。予鈴がなるまでの時間手持ち無沙汰なのだろう。

 そんな余裕は僕には無いのでそそくさと鞄からパンを取り出し食べ始めることにした。もそもそとやっていると飲み物が無いのに気付く。自販機は教室から遠く、学食の前に一個あるきりなので諦めるしか無い。どうしても欲しければ水道で我慢すればいい。


 食べ終わったところで、田中が携帯から顔を上げた。


「そういや、創汰って部活は結局入らないことにしたんだっけ」

「うん。田中は変わらず卓球だっけ」

「まあね。……創汰も何か始めたらいいと思うんだけどなぁ。器用だし、運動神経もそれなりにいいだろ?」

「どうしてもやりたくなったら、その時考えるよ」


 そう言いつつも、きっと僕は何処にも入らないだろう。

 それはきっと田中も思っているはずだ。付き合いが長くなれば、なんとなく考えは分かってくるものだ。


 やりたいことが何かないのと問われれば、読みかけの小説を読みたいと思うし、観たかった映画を鑑賞したいと思う。ただ、それが相手の求める答えではないと分かっているから、肩を竦めてしまう。そんなもの誰かに決めつけられたくもないし、干渉はあまりしないでくれと叫びたいような気持ちに駆られてしまう。


 なんとも生きづらい性格だ。

 制服を縛られているように感じる生徒はこの中にどれほど居るんだろう。それともクラスメイト達は受け入れた上で学生生活に身を投じて居るのだろうか。もしそうなら、彼らは大人なんだろうか。それとも僕が子供すぎるのか。

 下らない堂々巡りの問いかけを反駁する。


 少なくとも、僕は大人ではないのだろう。


 どうにもならない思考をぱっと手放して、パンの包装をゴミ箱に捨てた。

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