乙女ゲームのモブに転生してしまった「彼女」の懸念事項 1
「危な、ばれてないよね……」
私はバルコニーに出てきた彼の動向を探るため、クラウディン=ハレーが住む洋館の近くの雑木林に来ていた。
そこで、グリズルドに見つからないよう木陰の下に隠れたのだ。
頭を出すと、フェンスを隔てたバルコニーの先で、本来ヒロインであるコハナのそばにいるべきクラウディンと、悪役令嬢のエリザが楽しそうに話し合っている姿が見えた。
和気藹々と楽しそうにしゃべる姿を見て、彼に対する苛立ちがどんどん募る。
「あいつ、どこまでシナリオ崩壊させれば気が済むのよ」
つい独り言が出た。
まぁ、それはしょうがないものだ。
私は、事が思い通りいかないせいで心臓を掴まれているような焦燥感に駆られているような気分だというのに、向こうは楽しそうに宴会ムードだ。
僻みだって出るに決まってる。
シナリオ通り進んでいるなら、今日は悪役令嬢のエリザがアカシックレコードの情報を手に入れてるころのはず。
……クラウディンがエリザと晩餐会で一緒にいる時点で、すでにシナリオは崩壊しているからその可能性すら薄いけど。
だが、今は昔やったシナリオの記憶を頼りに、グッドエンディングに向かうようなんとかしなければならない。
しかし、あの男、クラウディンに転生した『彼』も物好きな男だと思う。
エリザなんて助けても、あと少しで勝手に死ぬんだからほっとけばいいのに。
私と同じ転生者で男の彼が、マイナー乙女ゲーなんかやっているわけもなく、これからの展開なんて知らないとは思うけど。
そう、ここは乙女ゲームの世界だ。
そして私は、主人公のコハナやクラウディン達のような煌びやかな登場人物じゃなく、ただのモブにすぎないけど。
私は、この世界のモブキャラに転生したのだ。
数週間前風邪をひいた私は、酷い熱に苦しまされ、その際ベッドの上で前世の記憶を思い出した。元の私は日本人で、オタク気味な女子高生だった。
こちらでの名前は、モーリス。
私は、元々名前の無い男爵令嬢のモブキャラに転生した、コハナ達と同じ学園に通えるぐらいには家柄はいい。
記憶を思い出したときは、全然心当たりがなかったが、やけに見覚えのあるキャラクターたちがいて、ようやく思い出せた。
………この世界は乙女ゲーム「世界が終わる前に~君と俺の決断~」の世界だったのだ。私だって、それに気付いた時は本当に驚いた。
「世界が終わる前に」の簡単な説明はこうだ。
平民だが、女神の祝福を得た天才少女コハナ。その彼女を守護する様々なイケメンの4人の騎士たち。
黒髪で、クールな俺様系の貴族令息クラウディン。
荒っぽいが熱血漢の 騎士団長の息子フィン。
イケイケ系のナンパ男だが、実は情に厚い教皇の息子リーレイ。
魔法の天才で、草食系の後輩、アルト。
この4人達と学園で起こる事件を解決しつつ、ラストは魔王復活を阻止するって話。
シナリオは賛否両論で、賛成2:批判8くらいのいまいち人気の出なかったゲームなのだ。
よく、アニ○イトのワゴンでセールされてるのを見かけたことがある。
私も、推しの声優さんがそこそこ出てるから、チラっとやってみたけど、まぁ世間の評価は正しかった。基本的に暗めの話だし、好き嫌いの分かれる話だ。
ただ、マイナーな割には、そこそこ知名度のある作品とだけは言っておこう。
それはエンディングに理由があった。
4人の攻略キャラがいるけど、基本的にエンディングは二つしか存在しない。
一つは、魔王の復活を阻止し、魔王を呼ぶために開いたゲートを閉じるためコハナちゃんとヒーローの二人が犠牲になって、世界を救うエンド。
もう一つは、魔王の復活は阻止する所までは一緒だけど、ゲートが完全に締め切らず漏れ出した瘴気でコハナちゃんとヒーローを残した人類全てが滅びるエンド。
……このどちらかだけだ。
一応この二つがハッピーエンドとバッドエンドだと公式は言い張っていたが、どう考えてもバッドエンドオンリーなのだ(それで公式は一度炎上した)。
ただ切ないエンディングが好みだという人には凄い受けたのは言うまでもない。まぁ、それが先程の賛成2の意見と言うわけ。
私は、残念ながら批判8の方。
一応、4キャラ全員どちらかのエンディングには到達したけど、スチルは大体5割くらいしか埋めてないし、さっさとやってさっさと終わらせてしまった。
それで今、クラウディンと一緒にいる彼女、エリザ・ダク公爵令嬢は、本来のシナリオであれば、鬼のような性格の女のはずだった。
元のシナリオでは、彼女は三ヶ月前にコハナちゃんを敵視するあまりクラウディンに愛想を付かされ、婚約破棄をされた。
愛する人を奪われたと勘違いしたエリザは嫉妬に狂ってコハナをイジメにいじめ、それがまたあの4人との確執なる。だいたい学園で起こる事件は彼女のせいで起こっていた。黒魔術が趣味だった彼女はあの手この手で嫌がらせをするが、なんども彼らに邪魔をされる。
だが、ついには彼女を排除する方法を思いつく。
それはアカシックレコードを使うことだ。
あの本にはこの世の全ての事象が書いてある。もちろんコハナを排除する方法も。
そしてきたる運命の日、彼女はアカシックレコードを手に入れて、コハナを排除しようと本を読むのだが、アカシックレコードは素人が扱うには危険な存在だった。
全ての事象が書かれているということは、全ての事柄とつながっていることでもある。
本を介して封印された魔界の魔王の精神とエリザはつながってしまったのだ。彼女の体は魔王に乗っ取られ、肉体を現世に出現するために暗躍する。
そして最終的には、魔王の肉体がある魔界のゲートが開き、その時にぼろ雑巾みたいに捨てられるのが彼女なのだ。
と言うよくあるかませ犬の末路だ。
シナリオ的には、もう中盤くらいだろう。私も元々彼女の事が嫌いだったし、別にこれから死のうとどうなろうと知ったことではない。
だが、私が生き残るためにはコハナチャンが良い気分でヒーロー達と恋愛して、任務を遂行して死んで頂かなければならない。
なのにクラウディンに転生したあいつはコハナちゃんを怒らせるようなことばかりして、本当になに考えてるんだか。
こないだの騒動は私も見ていたけど、ああいう余計なことはやめてほしい。
正直言うと、クラウディンが転生者なのは一発で分かった。記憶をなくしていたというけれど、言動は180度違うし、あれは私と同じ転生者だということはピンときた。
モブである私は、彼らみたいに危険な目に合うリスクを負いたくはない。私は物語に、関わらないと決めてこれまで傍観してきた。
だが、前回の騒動は、度が過ぎた。
悪役令嬢のエリザを庇い、主人公であるコハナを敵に回したのだ。
私はあまりの醜態ぶりに呆れに呆れ、今度こそ注意してやろうと、今日彼の自宅に向かった。
そしてこの世界の事、全てを伝えようと考えていた。
……なのに、まさか、彼がここいるとは思わなかった。
一瞬目が合った気がしたが、私の方がいち早く反応できて咄嗟に隠れることが出来た。偶然の出来事で気付きはしなかったとは思うが……
彼と言うのは、クラウディンではない。
グリズルド=ダク子爵。
紫の長髪と、エリザと同じ鋭い目つきのワイルドなお兄さん。
彼は普段飄々としているが、気の良い人のように見える。だが、実際は魔王を復活させようとたくらむ一派に所属する危険人物だ。ダク公爵もそうとは知らず、資金を流している。
実は、エリザのいうツテとは、グリズルドが紹介した組織の一員なのだ。
だから彼に私の存在を感知させてはいけない。
所詮私はモブでしかないのだから。
そう、うまく立ち回らなければ。
私にはチートもないし、世界を救う力も無い。あるのはこれから起きることの知識だけなのだから。
そしてアドバンテージはまだ私にあるはずだ――