晩餐会にて 中編
エリザさんに腕を掴まれて強制連行された先は、二階のバルコニーだった。
アーチの奥にある手摺が隔てる先に、執事達がよく整えてくれた荘園がどこまでも広がっていた。
アーチを支える円柱は、滑らかで触ったらさらさらしそうな貴族趣味の高そうな大理石みたいな奴で、俺はそこに背中から押し付けられ、情けないことに、女の子に男の子がされる逆壁ドンみたいな状況になっていた。
彼女は夕暮れでも判別が付くほど顔を赤くして、にらみつけるような鋭い眼光を向けてきた。あからさまに不機嫌そうで、ちょっと怖かった。
「さっきのあの受け答えはなに?!」
「さっき……と、おっしゃいますと」
「さっきはさっきよ!お父様やみんなの前であんな変な受け答えをしたら貴方の正体がバレるに決まってるでしょ。もっとクラウ様を真似して私に接して」
そうするのが正しいでしょ。と付け足して、彼女は俺を開放したかと思うと、俺のすぐ横を通り過ぎてバルコニーの縁まで歩いた。
エリザさんは手に手摺を握り締めて、表情こそ見えないが、寂しそうな後姿に見えた。
「確かにそうするのが正解なのかもしれないけどさ」
確かに彼女の言うことは一理ある、のかもしれない。晩餐会のあの場だけじゃない、学園でだって俺の彼女への対応は正しくはない。以前のクールで、女嫌いで、エリザさんに冷たいクラウディンとは違いすぎる。
だけど俺が乗り移る前みたいに彼女をあしらったり、冷たくするのは演技でもしたくなかった。
「ちょっとばかしはそういうのも考えてみたけど。でも、ごめん。答えはNOだ」
「あ、貴方ね……」
エリザさんは振り返って、
「はぁ、貴方はやっぱり、彼とは全然違うのね」
案の定、呆れた表情をしていた。
けどすでに怒りは収まっているようで、いつものちょっとメランコリアなエリザさんになっていた。
「そりゃ他人だからね。俺は彼とは違う。それに君を守るって約束したから」
「よくそんな恥ずかしいことがポンポン出てくるわね……まぁ、今回は私が折れてあげることにする」
だが、やはり何か不安を感じているのだろうか、エリザさんはまた何か憂いを帯びた瞳でこちらを眺めてくる。
「……私は不安なのよ。いつか、貴方のそういう頑固なところで痛い目を見るんじゃないかもしれないって」
……確かに彼女の言う通りかもしれない。俺はそれで一度、痛い目を見ている。子供が助かったのは幸いだったが、川に溺れて死ぬハメになったわけだし。
「心配してくれるんだ?」
「茶化さないで、私は貴方の婚約者なんだから」
……エリザさんは俺というよりも、俺の中身の彼の婚約者なのだ。
そう考えれば、彼女の心配は当然なのだろう。なにせ俺は今、クラウディンの体を借りているだけの存在だ。この体は俺のものではないし、もし無茶をして怪我をしたら、もしも取り返しの付かないことになったら。クラウディンを好きな彼女に、泣いて謝っても許してくれるかどうか。
「わかった。無茶はしないように約束する」
「よかったぁ!ちょっと不安だったのよ。貴方がさっきみたいにNOだって言わないか」
クラウディンのことを気遣う彼女の言葉に、俺は同意した。
彼女も安堵したようで、ホッと一息ついて、胸をなでおろした。
「あ、そうだ!貴方に渡したいものがあったのよ。本当は晩餐会の後で渡すつもりだったんだけど」
エリザさんは猫みたいにめまぐるしく機嫌を変えて、今度はとてもいい笑顔でポケットの中に腕を突っ込んでいた。
……本当にエリザさんは表情がころころ変わって可愛いな。この数分で色々な彼女の表情を見ることが出来て、こっちもなんだか楽しい気持ちになってくる。やっぱり、厳しい目線を投げかけている時の彼女より、今みたいに、年相応に笑顔の時の方が似合うような気がする。
彼女は俺がそんなことを考えているなんて気付くそぶりもなく、ポケットの中から4つ折りにした茶色の高級そうな羊皮紙を無造作に出してきた。
「これは何?なんだか紙に見えるけど」
「パンフよ」
「パンフレット?」
「ただのパンフレットじゃないわ。正確にいえば、ある図書館の紹介状。というか中に入ることが許可された推薦書みたいなものね」
自慢げに話す彼女から、几帳面に畳まれたパンフレットを受け取った。
パンフレットを開いてみると、そこには簡単な教会みたいな建物の絵と、その下にびっしりとこちらの文字が書かれていた。えっと、なになに……
俺は最近ようやく慣れて来たこちらの言葉を目で追った。
「………ってこれほんとなの?」
「マジよ、マジ。体を取り戻す方法を知りたかったんでしょ?」
まずは難しい内容は抜きにして、パンフレットに書かれていたタイトルはこうだ。
先日手に入った、全てが記された書の閲覧と、図書館に入ることを許可する優待権利について。