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乙女ゲームのイケメンに憑依してしまった「彼」の悩み事  作者: 遠出八千代
乙女ゲームのモブに転生してしまった「彼女」の懸念事項
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晩餐会にて 前編



「前置きは省こう、両家の交友をここに祝し、乾杯」


 

 クラウディンの父であり、お髭がダンディで渋い顔のハレー伯爵が音頭をとり、皆手に持った葡萄酒を目線より少し上に掲げた。


「「乾杯」」


 今日集まった20数人の親族も、ハレー伯爵の合図に続いた。

 俺も片手に葡萄酒……の代わりに林檎汁をグラスにいれ、隣の席のエリザさんに軽く会釈した。


「乾杯、クラウディン」

「ああ、乾杯だ。エリザさん」

 俺たちは合図に合わせ、お互いのグラスをコツンとぶつけ合う。中身の林檎汁がわずかに揺れた。


 前回の騒動から数日が経った日のある日のことだ。

 クラウディンの家が主催となり、晩餐会を開いたのだ。

 ここは、普段俺が執事達と住んでいる学園近くの屋敷タウンハウスのダイニングルーム。


 そこそこ広い敷地で、中には緑豊かの結構広い庭園が広がっており、屋敷自体もそこそこでかい。こういった身内の小さなパーティなら余裕で全員屋敷に収容できる。


 今は俺が住んでいるだけだけど、ハレー伯爵が王に謁見するときや都市部で用事があるときの滞在先、うちの家が主催の時のパーティ会場として使われる場所なのだ。今日は本来の用途通り使われているわけである。


 今日の目的はハレー伯爵の言っていた通り、クラウディンの実家とエリザさん達ダク家の二家の親睦を深めることだ。言ってしまえば、親族同伴のお見合いみたいなものだった。

 晩餐会に参加した総勢20人ほどの人間は皆両家の親戚一同なのだ。


 実はこれだけ多くの親戚一同が集うのは今回が初めてらしい。


 これまで何度か両家の晩餐会が開かれる機会はあったらしいが、その度にクラウディンが断っていたらしい。まだ貴族の息子でしかないクラウディンだが、子供のころから発言力を持っていたのだろう。学園でのあの王族みたいな扱いから見て、カリスマ性は凄いしね。


「ほらクラウ。お隣のレディのお洋服と髪型を褒めてあげないと。貴方の為におめかししてきたんだから」


 目の前に出されたオードブルの羊肉のコンソメスープを眺めていると、エリザさんとは逆方向に俺の隣に座る女性、つまりクラウディンの母親なのだが、彼女は美人な顔相応の朗らかな笑顔を讃えていた。


「は、はぁ」


 俺は突然声をかけられたため、こんな生返事しか出来なかった。失礼なことをしてしまったかもしれない。言い訳臭く聞こえるけど、この人と話すのはこれで2度目くらいなんだ。

 しかも一度目は形式的なもので、お忍びで俺達のところに視察に来たときのことだった。


 そのときも軽く挨拶をしたぐらいで、面識もほとんどない。普段、レイン夫人や父であるハレー伯爵は、俺が住んでいる屋敷の遠方にある領地の城で暮らしている。


 大貴族であるハレー伯爵が自分の領地をそう滅多なことで離れるわけには行かないので、当然といえば、当然なのかもしれない。

 つまり要約すると今日は、滅多なこととなるわけなんだ。


「ほら、前にクラウディンが紹介してくれた女の子も可愛らしかったけど、エリザさんはもっと可愛らしいわよ」

 と隣のレイン夫人は上品にスプーンでスープをかき混ぜながら、ベタモノでエリザさんを褒めちぎる。

「お、お母様。そんな……私などにはもったいないお言葉ですわ」


 エリザさんも負けないくらい綺麗な笑顔を作りお淑やかに、そんな受け答えをした……今の表情を見てもいつも学園で振り撒くような無愛想というか、キツそうな感じはこれっぽちも想像できない。

 さすが貴族なんだな、と俺は感心していた。


 それとも俺が彼女の本当の気持ちだったり、感情だったり、そういう大切なことを知らないだけなのだろうか。 


「ど、どうかしら」


 俺を挟んで会話をしていたエリザさんは、突如スープを飲む手を止めて、上目遣いに俺の顔色をうかがってきた……そういう事が似合う人じゃないでしょう、貴女。確かに可愛らしいけど。


「答えてあげなさいクラウディン」

「綺麗だと思いますよ、とても」


 クラウディンの母に促されるまま、俺はエリザさんを眺めながら、思ったことを正直に答えた。


 今日のエリザさんは、自然に見える化粧と色素の薄そうな紫色の、上半身のラインがしっかり分かるローブデコルテを着ていた。確かに話題に出てきた通り、かなり美人だ。

 エリザさんの髪型は縦ロールからショートボブになり、印象がかなり変わったが、元々顔立ちは整っていた。そんな彼女がパーティドレスに身を包み、化粧でバッチリめかしこんできたのだ、美人じゃないわけがない。


「え??」


 直後、手に持っていたスプーンをテーブルクロスの上に落とすレイン夫人が固まっていた。

 ……どうも俺の発言は、間違いだったようだ。雑然としていた晩餐会の空気もレイン夫人同様一瞬で冷え切った。

 先ほどまで、エリザさんの父と談話していたハレー伯爵は、長テーブルの上座からこちらにあんぐりと口をあけて呆けていた。


「……クラウディン。お前、記憶をなくした時に頭を強くぶつけすぎたんじゃないか?」


 バレー伯爵はすぐに、自分の発言を吟味して、「もちろんエリザ嬢は美しく、彼女のことを貶めての発言ではない」と付け加えた。


「かもしれませんね」

 俺は大鷲の刺繍が入ったハンカチで口を拭きながら、慌てて口元を隠した。

 ボロを出すわけにも行かないので、わざとらしく慌てたフリをする。いや、フリと言っても慌てているのは事実なわけで、フリじゃないんだけど。


「お」

「お?」


「お母さん感動したわ、クラウディンぢゃん!!」

「え”!?」


 先程まで震えながら事態を静観していたと思っていたレイン夫人が、眼に涙を浮かべ、かなり突拍子もない事を言い出すものだから、俺の方も間の抜けた返事を返してしまった。


 というかレイン夫人、性格がさきほどと結構違いませんか?お淑やかで、まさに貴族の見本のような母親だと思っていたけど、ダク家の手前、礼儀を尊重していたのだろう。



「貴方そんな素直になって!ようやく反抗期を乗り越えたのね。お母さん信じていたわ」


 レイン夫人は世継ぎ早にそう言葉を口にした。それからは息子クラウディンの過去の話が始まった。昔は自分によくなついていたとか、素直だったとか、四葉のクローバーを貰ったことがあるとか。そういう世間話だ。その話をされたダク家の親戚も気まずそうに相槌をする。


 というか本当にすいませんお二人とも。

 

 感極まって涙を流すレイン夫人を見て、心底申し訳ない気持ちになってきた……そりゃ、血を分けた自分の息子だもんな。

 2人を騙すようなことをして本当に心苦しい。特にレイン夫人はだいぶ親バカなようだ。息子が成長して大人になったと思っているに違いない。

 せめて俺が本当の彼らの息子だったらよかったんだけど。


 いや、本当は俺が元に戻れる方法を一刻でも早く見つかることが一番いいんだ。


「彼の言葉にちゃんと返事をしてあげれば。我が甥ちゃん」


そう茶化してきたのは、ダク家の親族でエリザさんの叔父さんのグリズルドさんだった。

先程まで眼を点にして固まっていたエリザさんは、グリズルドさんの掛け声で、動きが氷解し、漸くまぶたをぱちくりさせた。

「あ、えっと……その」


 そして、少し間があって。


「ちょ、ちょっとクラウディン、こっちにきて!」

 エリザさんは我が居候の館の椅子を突き飛ばす勢いで立ち上がった。

「は、はい。わかりました」

 悲しいことに俺はエリザさんの言葉に反射的に返事をすることしか出来なかった。彼女の真横で戸惑っているとエリザさんは突然こちらを見て、座っている俺の腕を掴んで、そのままダイニングルームの入口までドシドシ向かう。




「なんだ晩餐会の最中に逢引かい?」

 グリズルドさんの茶化す言葉に反論する余裕すらなく、エリザさんと共にその場を後にした。





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