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乙女ゲームのイケメンに憑依してしまった「彼」の悩み事  作者: 遠出八千代
乙女ゲームのイケメンに憑依してしまった「彼」の悩み事
2/11

中編



「はぁ、これだけ調べて、今日は手がかりひとつなしか」



 授業を終えた俺は、その足で図書室に向かった。


 ただしこの図書館、人はあまり立ちよらない。どこの世界も同じで、放課後になれば生徒たちは勉強そっちのけでお茶会を開くか、勉強をするとしても家庭教師をつけて自習に励んでいるからだ。


 俺がここにきたのも肉体の入れ替えだったりとか、この肉体を持ち主に返すといった秘術を調べるためであり、そういう目的がなければくることはないだろう。

 

 そう、俺がここに来たのはその例の調べ物に耽るためだ。


 図書室はこの学園の南端の離れにある。

 世界各地の名著や色々な魔法の本が置いてあり、どれも貴重な本ばかりだ。


 しかも、さすが名門校というべきか、危険な魔術書や貴族ですら一生触れられないような貴重な書物を多数管理している。まぁ一般生徒が読めないような代物は、このクラウディン君の公爵家の息子という肩書きを活用して本を借りている。


 問題は、読むのに時間がかかるということだ。日本から転移してきた俺には難解なものばかりだったし、そう簡単に成果につながるものも多くはない。


 今回もあてが外れてしまった。先程本棚に戻した魔道書も1週間かけて読破したものだったが、それらしい文献は載っていなかった。


 それで今は借りていた本を片手に途方に暮れている。


 本棚のかび臭い癖になる匂いにつつまれながら、俺は残りの本も本棚にひとつずつしまっていった。


 ……落ち込んでいてもしょうがないか。



 調べもの始めてまだたったの二ヶ月だ。


 独力で調べるのがダメなだけかもしれないし、何かしら体を戻す方法はあるはずだ。

 

 まぁ、なんとかなるさ。そう自分を鼓舞して、返した本のかわりに新しく借りる本を、カウンター越しに座る図書委員の男子生徒の目の前で広げてみせた。


「すいません、これ貸してください」

「お借りするのは『体を入れ替える禁断の魔法』、『魔法大全集』、『簡単に出来る怪しい黒魔術』……これ何に使うんですか?」


 図書委員君はいかにも、いぶかしそうにこちらに目線を向けてくる。

 見ない顔の男子だと思ったら、今日はいつも図書委員をしてくれる子が当番じゃないみたいだ。普段の図書委員ならこんなこと聞かれたりはしない。とはいえ初対面ならこの反応も当然なのかもしれない。流石に借りている代物が怪しすぎる。


「ちょっと講師に借りてくるよう頼まれてね。まいったよこんな怪しい本を学生に借りてこいっていうんだからさ。ほらその本だって――」

 俺は、適当な言い訳を見繕いながら、両手を掲げ参ったよというようなポーズをとる。


 だが、俺の返事に対して、彼が言葉を返することはなかった。


「……のよ!」


 急にどこかから、言葉にならないような怒声が俺達の会話を遮ったからだ。


「……っていってるのよ!!」


 張り上げるような大きな声量が図書室中に響く。

 俺と図書委員君、そのほか図書室にいる生徒達も慌ててあたりを見回した。


 すると、先程の怒鳴り声に似た言葉が否が応でも聞こえてくる。そのたびに図書室の窓がわずかに揺れ、この大声の原因が窓の外からのものだと判断できた。言葉の応酬をしているらしく、もしかしたら喧嘩でもしているのかもしれない。


「…凄い声しましたね」

「ああ。そうだね。なんだろう?こんなところまで聞こえてくるなんて、外で何かあったのかなぁ?」


 俺と図書室の受付をしていた男の子は慌てて、声の方向の窓をあけて、外の様子を確認した。

 

 探し始めて数秒。原因はすぐにわかることになった。どうやら一階の校舎の外で何者かが言い争いをしていたようだ。はじめに言うが、図書室は3階の校舎内にある。驚くことに、一階の真下にある校舎裏からここまで声が飛んできていた。

 

 しかも、最悪な事態が起きようとしていた。

 夕暮れで見えにくいが、校舎の下には見覚えのあるシルエットの人物がいた。


 シルエットの人物の髪型は縦ロール。

 この学園であの髪型をしているのはあの人しかいない。


 きっと、というかエリザさんだ。

 現在進行形で、エリザさんが誰かと口論をしているということになる。


 エリザさんと口論している相手は、ここからでは判別できない。だが、その相手に対し、嫌な予感がした。彼女は敵を作りやすい性格をしているとはいえ、彼女は公爵令嬢としてのマナーを重んじている。三階の図書室まで届くほど大きな声であからさまに怒鳴るようなことはしないはずだ。


 たとえば、そういうことをするような相手でもなければ、こんな事態は起きない。


「あれって、エリザ公爵令嬢じゃないですかね?」


 俺の隣に立っていた図書委員君は、指差しながら目下のシルエットの人物を確認してくる。エリザさんじゃなかったらな、という俺の淡い期待は早々に砕けることになった。


「やっぱりそうか。確認してくれてありがとう。ちょっと行ってくるよ」

「行くって、喧嘩の仲裁でもしてくるんですか?」


「そんなところかな」

 俺は図書委員君に軽口を叩いて、その場を後にした。





 俺が図書室下の校舎裏にたどり着く頃には、凄まじいにらみ合い合戦が行われていた。


 いまひとつ人気のない図書室周辺だ。


 ここに人はほとんど来ないし、図書室であんな大声を聞かなければ人なんて集まらないし、注目も得ない。ある意味激論を交わすにはもってこいの場所だった。


 そしてその場にいたのは、エリザさんと……


 コハナちゃん。それに取り巻きとなるフィンたち3人だ。

 夕暮れの中にらみ合う彼らは、まるで西部劇の決闘シーンのようだった。


「クラウさんに付きまとうのをやめてください」 


 そう告げたのはコハナちゃんだった。彼女は意を決したように真剣な顔つきだった。

 後ろの三人もそれに、同意するように頷く。


 ……言い争いをしていたのはどうやら俺のことが原因みたいだ。まさか今朝方俺に声をかけた内容をそのままエリザさんに聞いてしまうなんて、思いもよらなかった。

  彼らの話は適当にはぐらかしていれば、エリザさんに危害は加わらないと思っていたのだが。


「君がクラウに付きまとって嫌がらせしていることは知っているぞ、エリザ嬢」

「さぁ、なんのこと?そもそも私と彼は婚約者よ。あなたたちは何?部外者以外の何物でもないでしょう?口を挟まないで頂戴」

「だけど、僕達は彼の友人だ。見過ごすわけにもいかないさ」

「……そうですね」


 騎士団長の息子フィンの言葉に続くように、二人の取り巻きも彼の言葉に加勢してエリザさんににじり寄る。彼らは目には見えない火花を散らしあっていた。


「はぁ?婚約者のいる男を取り巻きにしたり、侍らせているご令嬢に言われたくはないわね」

 エリザさんも負けじとコハナちゃんに嫌味をいう。


「そ、それはそうかもしれませんが…でも、彼の気持ちも――」

「彼の気持ちって、何よ?貴方に何が分かるの?」

「今のはいただけんぞ。コハナを愚弄する気なのか、エリザ嬢」


 声を荒げたのはフィンだった。これはちょっとやばそうな雰囲気だ。

 売り言葉に買い言葉じゃないけど、どんどんヒートアップしていた。ついにはフィンはいまにも剣を腰元の鞘から抜きそうな雰囲気だった。表情こそ変えないものの、荒立っているように見える。

 

「君達、もうやめなって」


 俺はエリザさんの目の前に勢いよく飛び出した。

 そのまま腰の剣に手をあてたフィンの腕を掴みあげる。

 皆驚いた表情で、一様に俺を見てきた。

 まさかこんな所に登場するなんて思わってもいなかっただろう。


「俺のせいで迷惑かけちゃったね、エリザさん。あとは俺に任せて」

「な、なんで貴方がここに」


 エリザさんもびっくりして、なんて答えるのが正解なのかわからないような顔をしている。


 俺だって同じ状況に陥ったら、どんな表情で出迎えるのば答えられないから当然の反応といえば当然だ。俺はエリザさんに謝って、コハナちゃんたちの方を見た。


「図書室で勉強するっていっただろう。あそこ、ここの真上だからさ。丁度君達の声が聞こえたんだよ」

「そうかなら、話は早い。クラウ君、君からもエリザ嬢に言ってやれよ。つきまとうのは迷惑だからやめてくれって」

 教皇の息子の彼が、そういってエリザさんを暗に揶揄してくる。ほかの男性陣も同じような意見なのか、頷いていた。


「皆に誤解させちゃってるみたいだね。俺は彼女に付きまとわれたこともないし、迷惑なんて思ってないよ」



 皆、唖然とした表情に様変わりした。


 まぁ、彼らがエリザさんを敵視しているのは知ってはいた。そして今の反応で心底そう感じていることだけは確認できた。それで彼らを咎めるつもりはない。


 俺は今回のことはお互いのいくらかの誤解の上で成り立った事態だと思っている。意匠返しじゃないけど、気になっていたことを俺は彼らにたずねた。


「…一つ聞かせてほしいのだけれど、君たちのいう嫌がらせってなんのことだい?」

「お前がエリザ嬢の嫌がらせに迷惑しているという話を聞いたんだ。嫌がらせというのはエリザ嬢の束縛が強くて、君の周りの女性をいじめているという類のな。なぁ、コハナ」

「……うん」


 彼らの言っている話は嘘の情報だ。


 ここ最近はほとんどエリザさんと会話らしい会話なんてしたことなかったし、あってもお互い各家の業務連絡くらいだった。彼女が周りの人間に意地悪をしているような場面も俺は知らない。たちの悪いデタラメ以外のなにものでもない。


 俺はコハナちゃんの目を見た。

 誰がその嘘ついたのかおおよそ検討はついてる。


「俺が保障するけど、そんなことは一度だってないよ……それにさ君達こそもう少し彼女に突っかかるのは控えた方がいいんじゃないかな?」

「どういう意味だ。エリザ嬢同様、俺たちにまで喧嘩を売るつもりなのか?」


「そういうわけじゃないよ、でもさ、君達は君達で楽しくやればいい。でも、エリザさんにそうやって何かしら争いごとを仕掛ける必要はないんだじゃないかな?彼女が君達を先に酷いことをしたとかなら別だけどさ……彼女は俺の婚約者だから、何かあったら俺のほうから注意する。それでも納得できないというのなら、こっちにも考えがあるけど」


 ちなみに、考えがあるなんて嘘っぱちだった。


 咄嗟に思いついた脅し文句だったし、そんなつもりは毛頭なかった。だが、きっと説得力があったのだろう。フィンたちは皆ひるんでいる様子だった。

 生前の俺が言ったとしても説得力はないだろうけど、俺の言葉に真実味を帯びているとすれば、それは全部、クラウディンの所業のおかげだろう。

 勿論今のはいい意味で言っていることだ。


「彼女に脅されてるんじゃないのか、クラウ!」

「まさか、絶対にそれはない。俺を信じてくれ」


 俺に歩み寄るフィンに、にべもなくそう答えた。そして彼はマジかよとでもいいたげな、呆れた表情に変わりつつある。


「……君が彼女の味方をするとはね」

「普通の事を、普通に言っただけでしょ。それに、こんなにギャラリーが来ているのにまたひと悶着起こす気はないだろ?」


 辺りには、騒ぎをかぎつけた学生が集まってきた。これは俺がたきつけたのだ。


 先程、階段を降りる最中にいろんな人に声をかけておいた。


 校舎裏で貴族達が喧嘩をしているぞと、そうすれば怖いもの見たさで野次馬が群がってくると踏んでいた。それだけじゃない。実は先程の図書委員君も協力を頼んでいた。彼にここに人を呼ぶようにお願いしていたのだ。俺が図書委員を一回替わりにやってあげるという条件のもと彼は快く引き受けてくれた。


 これでこの喧嘩がうやむやになれば上々だ。

 ……正直いうと、コハナちゃんやフィンたちと極力揉め事を起こしたくないと、俺は考えていた。


 彼らが高位貴族の集まりで有名人であることとは別に、俺が体を借りているクラウディンは、彼らと友人同士なのだ。体が戻ったときにお互い気まずい間柄になっているのは宿主に対して失礼でである。


 ……まぁ、彼らとの仲をだいぶ悪くさせてしまったが、これ以上向こうの方から俺やエリザさんに今日みたいに言及してくることはないだろう。

 少なくとも彼の意識が戻れば、仲直りできる範疇?のはずだ。


「……行くぞ、コハナ」

「う、うん」


 観念したのか(そうだとありがたいが)、そういってコハナちゃんたちはすごすごとその場を去っていく。周りのギャラリーも、興ざめしたのか蜘蛛の子を散らしたようにまばらに去っていった。


 騒動も収束し、さすがにもう見物するものはないと考えているのかも知れない。


「――さようなら、クラウさん」

 俺の横を通り過ぎたコハナちゃんは小声でそう囁く。

 俺は彼女の方を振り向かず、エリザさんに駆け寄った。


「怖い目にあわせちゃったね。大丈夫?エリザさん」


 彼らが立ち去ってから、ほっとしたのかのようによろめくエリザさんの顔は少し青い。あんな体格のいい男子たちに囲まれていたんだ。

 ずっと不安を感じていたのだろう。それも無理のない話だ。 


「あの、本当にありがとう。クラウ……それと、今朝はごめんなさい」

「今朝って?」

「……貴方にきつく当たったことよ」


 そんなことを気にしていたのか。俺は笑顔で大丈夫だよと告げた。彼女は俺の腕につかまると、すぐに体勢を立て直す。軽い貧血とかになってるのかもしれない。怖い重いをさせてしまった。


「ああ、あんなことかい?もう気にしてないよ。それよりも――」

「ねぇ貴方、本当はクラウじゃないんでしょ?」


 心臓がどきりとした。

 フィンたちとのやり取りで、激しく動悸していた俺の心臓は瞬く間に凍てついた。

 俺の顔は今、かなり引きつっているかもしれない。


 突然彼女の口からそんな言葉が出るなんて、思いもしなかった。

 いつバレれたんだ?俺は何かまずったのか?

 そんな不安感ばかりが立ち込めてくる。

 ……いや、もしかしたら最初から全部彼女にはバレていたのかもしれない。


「急にどうしたの?」

「ねぇ、場所を移さない。ここで話すのもあれでしょ?」




 彼女は俺の手を引いた。

 俺はその行為に黙って身をゆだねることしか出来なかった。




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