ジョバンノ村へようこそ!〜異世界に転生したとある男の記憶〜
知人に「小説家になろうに一応登録してるよ」と話したら、「お!じゃあ異世界転生モノとか書いてるの!?」って言われたので「……書くよ?」と。はい、書きました。
異世界に転生したら……なんて、空想したこともある。
当然のように魔物と戦って、いつか魔王を倒したりとかさ。
別に勇者じゃなくてもいい。折角異世界に生まれ変わったんだから、魔法とか召喚とか、現実じゃできなかったことを派手にやってみたい。あ、でも拳はやっぱり男の浪漫だよなぁ……日本刀もイイよなぁ……
そんな他愛のない空想だ。
だから、突然の事故で死んだ後、もう一度視界を取り戻した瞬間、俺は興奮した。
ああ、間違いない、ここはファンタジーな世界だ、と。
長閑な村のようではあったが、日本とは違う。中世のヨーロッパの庶民のような出で立ちの人々も目に入るが、あからさまに、RPG的な「魔法使い!!」みたいな人や、「戦士!!」みたいな人もいる。それに、その人たちを率いてこっちに歩いてくるのは……わぁ!!見るからに「勇者!!!!!」って感じだ!!!間違いない!!間違えようがない!!!
その勇者が、俺に向かって歩いてくる。うわ、うわ、仲間に入れてもらえるかな、そもそも俺はどういう能力があるんだろう、あれ、どういえば仲間にしてもらえるかな、仲間にしてほしいって気持ち満々で見つめてればいいのかな、どうかな、どうかな!?
緊張のせいか足も動かないし自分の顔が強張っているのも分かるが、勇者が目の前に立った瞬間、俺の口は自然に開いた。
「ジョバンノ村へようこそ!」
転生してから数日が過ぎた。その間、色々分かったことがある。
俺はいつも村の入り口にいた。足は勝手に、たまに、ごく狭い範囲で同じルートを進む。勇者に(……勇者、だけだ)話しかけられると、口は勝手に、まったく変わらない声で
「ジョバンノ村へようこそ!」
……気が狂いそうだ。だが表情すら変わってないのが分かる。
とはいえ、このセリフを言ったのは今のところ二回だけだ。俺もゲームを嗜んでいた経験上、わかる。……勇者が、つまりプレイヤーが、違うセリフを言うか試しただけだろう。その結果分かったのは、なんらかのイベントでも起きない限り、同じセリフを言い続けるだけだろうということ。
異世界に転生したら、典型的な村人……それが俺だった。
他にも分かったことはある。夜になると、家に帰った設定なんだろうか。存在そのものが消え、意識だけがそこに残った。簡単に言っているように聞こえるかもしれないが、初めての日の夜はかなりの恐怖を覚えた。真っ暗な夢を見ているような感覚、とてもいうのだろうか。しかも意識は途切れることはなかった。……眠ることすらできないのだ。
そんな夜と昼を繰り返し、本当にどうにかなりそうだったが、なんとかこの状況から抜け出す術がないか考えることにした。
まずは、恐らく唯一自由意思で動ける勇者とその一行に助けを求めること。
なんとかこちらの意思を伝えるべく、身体や表情、言葉を使うことを試みた。が、あっけなく失敗。どれだけ強く願っても、体は決まったルートを巡回するだけ。表情は変わらない。言葉は話しかけられない限り一言も発せない。発せたとしても、そう、「ジョバンノ村へようこそ!」……拷問かよ。
次に、自分で動けないなら他人に頑張ってもらおう、というわけで、勇者たちがイベントを進めて何らかの変化をもたらすことを期待した。
だがこの勇者たち……分かってるよ、レベル上げだろ?見たところ装備もなんかまだシンプルだし、序盤なんだろ?この村を拠点に、付近の雑魚を狩ってるんだろ?…………さっさと魔王を倒しにいけよ!!!!!!
これはしばらく待つしかなさそうなので、別の手段を考えてみる。
そうだ、転生してこんな村人をやってるのは、そもそも俺だけじゃあないんじゃないか?勇者たちだってそうかもしれないけど、他の村人も転生者って可能性もある。
俺よりもっと自由に動けるやつがいるかもしれない。そうじゃなくても、一人じゃ無理だが、みんなで少しずつできることを組み合わせれば、少なくとも日々に変化をつけるくらいはなんとかなるんじゃないか……?
俺は周りの村人たちを注意深く観察することにした。まず視界に入るのは、かわいい村娘。勇者に話しかけられたら「村長の娘さんを、魔王が差し出せって言ってきてるの」って言う。俺の巡回ルートと彼女の巡回ルートは、たまに重なって、すれ違う。顔の向きを変えることはできないが、視界はどうにか、彼女の顔を捉えられる程度には広かった。彼女はどうだろう。俺のように意思はあるのだろうか。それとも単なるシステムとかそういったものなんだろうか。
何度もすれ違いながら、ひたすら彼女の様子を探る。見て分かるかどうかなんて、それこそ分からないが、集中できる作業があるだけでも、だいぶ心が楽だった。
数十回目のすれ違いだっただろうか。
(……?)
一瞬、違和感があった。巧くは言い表せないが(言い表そうとしたって、きっと「ジョバンノ村へようこそ!」しか言えないぜきっと)、微かな引っかかりのようなものだ。
またしばらく歩いて次のすれ違いのとき、違和感は確信に変わった。
彼女と、目が合った。
彼女にも意思がある。
それは俺にとってどれだけ救いだったか。それに気付いてからは毎回、すれ違うときには視線を送り合った。顔が見えなくなっても、互いの視線が名残惜しそうに糸を引くような、そんな感覚すらある。ああ、それだけで。なんという充実感。
希望を持った俺は、更に観察対象を「魔王に歯向かうわけにはいかん……」と話す爺さんに広げた。村娘の彼女よりは顔を確認できる頻度が少ない。根気強く行こう。
結果としては、爺さんにも意思があった。
だが、どうにも……様子が、というか、雰囲気がおかしい。こちらを見ているようでみていない。無関心かと思えば、凝視してくることもある。ムラがあるから意思はあるのだと分かるが、逆に言えばムラがありすぎる。
もしかしたら。
俺は躊躇いつつ、一つの考えが自分の中に浮かんでいるのを認めた。
既に心が、壊れてしまっているのかもしれない。
認めた瞬間、心の底から寒気を感じた。言い逃れようのない予感があった。
自分も、このままじゃきっと、壊れる。
いくら村娘の彼女とささやかな交流が持てているとしても、限界がある。
不安と恐怖が俺を飲み込もうと大きな口を開く。折しも世界に夜が来た。
―――いやだ。怖い。怖い怖い怖い。こんなのは嫌だ。怖い。嫌だ。助けてくれ。俺が何をした。いやだ。帰りたい。助けて。
この世界の夜は、行き場がない。逃げ場がない。怒鳴ろうが泣き叫ぼうが、怒りも哀しみも恐怖もやり場がない。
―――助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて
真っ暗な夜に圧し潰されそうな中、不意に世界が切り替わった。
いつもより早く朝が来たのか?と思ったが、どうも様子が違う。
明るいと思ったのは、火だ。あちこちで燃えている。破壊された家も見える。
俺もいつものように歩いてはいなかった。
地面に、倒れ伏していた。
―――なに、が?
疑問に思う俺の顔の前に、誰かの靴が迫った。ああ、勇者だ。勇者が俺にまた話しかけているんだ。
ということは……なにかイベントが起こった……?
何も言わず動かない俺の前から、勇者は立ち去った。そのまま向こうに倒れている誰かのもとに……ああ、彼女だ!村娘の彼女も倒れている!
彼女の前からも勇者は去った。どうやら彼女も「死んだ」らしい。
ふと、自分の意識が遠のくのが分かった。この世界で……俺は「死んだ」……ああ……解放、されるのだろうか……
最期の意識を必死に彼女に向ける。
彼女と、目が合った。
ふと気づくと、良く晴れた空の下にいた。
恐る恐る、辺りに視線を走らせる。
……あの村ではない。
助かったんだ!!
あの狂気の籠から飛び出せたのだ!!
心が喜びに打ち震える。死んで助かったというのは普通ならおかしいが、この場合は救い以外の何者でもない。
そんな俺の背後から、誰かが近づく気配があった。
そうだ、彼女も……彼女も、無事抜け出せたかもしれない!
支えてくれたお礼を言わなきゃ。お互いのこれからを喜ばなきゃ。ああ、なにから話そう!
俺は期待を込めて振り向く。考えるより先に口は開いた。
「チューバンノ町へようこそ!」
END(ENDLESS)