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彼のこれまで

 Jと呼ばれた男…… 

 年齢は二十歳。そしてモニタに映し出された者の例に及ばず、彼も無職だ。

 彼は、幼い頃から優秀だった。

 勉強面はもちろん、決断力、判断力、分析力、行動力、思考力、洞察力、統率力、言語力、人心誘導能力、話術、柔軟力、精神掌握、エトセトラ……。

 そのすべてが、子供の頃から、周りとは、ひいては、そこらにいる大人よりも、彼は比べ物にならなかった。

 しかし……

 そう――「しかし」である。

 彼の優秀さは、優秀すぎる――強さによる人生は、高校入試を期に狂うこととなる……。


 高校の入学試験に、彼の人生の歯車が、ズレ始める。

 中学時代でも、彼の優秀さはもちろん変わらなかったし、彼の目指す高校は、もちろん、地元では超優秀な進学校だった。

 もしも、彼の人生の中で、唯一、彼にないものと言ったら、それは財力だろう。

 一般家庭に生まれた彼は、中学はもちろん公立に進み、高校受験も私立など受けずに、国立の進学校を目指したわけだ。

 だが、これほどのハンデなど、彼にとっては、何の痛手でもなかったし、逆に、この頃になると、それが好機だとも思い始めていた。

 社会は、一見、這い上がりの人生だと思える人が好きだ。

 自分がのし上がるには、この公立、国立に、家のために進んだ人生というのは、好評価だろう。と、彼は考えていた。

 皆、外見に、外観にすぐに騙される、愚民どもにしか、彼には見えていなかった。

 しかし、彼はまだこのとき気が付いていなかった。


 出る杭は打たれる。


 という言葉において、そのときの彼は、出る杭になっていたということを……。


 入学試験の日。

 そのとき、彼は少しイラついていた。

 別に、勉強が上手くいっていないとか、家族との不和とか、友達とのいざこざ、なんて、思春期にありがちなことで、イラついていたわけではない。そんなものに、イラつくほど、愚かではなかった。

 しかし、原因は極々些細なこと。

 ただの、歩きタバコに対するものだった。

 街を歩いているときに、高校生の不良と思われる人物が、歩きタバコをしていて、その匂いが、ずっと、後ろを歩いている彼に届いていたからだった。

 別にタバコが、嫌いなわけでも、匂いがどうの言うつもりはまるでなかった。

 条例などで決められているとはいえ、バレなければ問題はない。と思う。

 しかし、彼は、目の前の男が、なんとはなしに、落とした灰が、体に掛かったことが、気に食わなかったわけだ。

 不良の行動が、とても、陳腐に見え、どうしてこんな人間が生きているのか、とさえ思った。

 それでも、彼は優秀だ。

 そんな感情の起伏を、一瞬で遮断するくらいの自制心は有していた。

 だけど、それがきっかけだったのだ。

 もうすぐ、校舎に入ろうかというとき、他校の生徒と肩がぶつかった。

 それだけで、彼の人生が狂うはずなどない。不運というほどのものでもない。謝れば済む話だった。

 問題はこの先。

 おそらく、あのタバコが引き金となったのだろう。

 相手を確認すると、明らかに不良だった。おそらく、彼が受験しようとしている高校周辺の中学生の、しかも不良と一瞬でわかる身なり。

 彼は、無意識のうちに、相手に向けて言葉を放ってしまっていたのだ。


「ブレザーの中にパーカー着て、フード出すとかダッセェ! 気付いてないの?」


 彼からしても、信じられない言葉だった。

 おそらく、これまでの人生で、初めての失態というやつだったに違いない。

 そして、彼の優秀すぎる頭脳だったが故の失態だった。

 彼は、自分が発した言葉を本当に思っていたわけではない。

 今の若者――同年代――の中で、特に不良は、ファッションという面において、同世代より最先端を行っていると自負している。

 だからこそ、そこをけなせば、顔をけなしたり、身長をけなしたりするよりも、ある意味強烈なダメージを望めることを、彼の脳が、一瞬で判断した結果の言葉だった。

 案の定、不良は怒る。

 その瞬間を、今でも彼は覚えている。見る見るうちに、変わる相手の表情、そして振り上げられる拳。

 最大の失態はここでの、彼の思考だった。

 言葉を発したまではいい。

 だが、あれほど優秀だった彼が、その先を、この後、どう切り抜けるのかということを、まるで、考えてなかったことが、最大の失態だった。

 中学生という時代では、ケンカの強さは、体の大きさでほぼ決まる。

 彼に成す術はなかった。

 不良は、烈火のごとき、彼を殴りつけた。

 そして、彼が動けなくなったとき、財布を取ろうとして、カバンをあさったときに、彼の入学試験を受けるための、受験票を発見した。

 そのときの不良の笑みは、とても下衆な笑みだった。

 目の前で破り捨てられる受験票。

 無惨にも、彼自身というものが、まるで紙切れ一枚に思える瞬間だった。


 人生で初めて犯した失態。

 たった一言のせいで、彼は、4月ぎりぎりに試験がある定時制高校に、入学することとなる。


 周りは、ものすごい手のひら返しだった。

 家族も友達も学校の先生も、全員が、彼をあざ笑っているように思えた。

 街で、すれ違う人々が、己を笑っている気がする。

 そんな日々が続いた。

 だが、それでも、彼は自分が優秀だという認識は変わらなかった。

 ここから、這い上がる己を、容易に想像ができた。


 でも、本当の挫折はここから始まる。


 定時制高校に登校する生徒の中に、彼を優秀だと言ってくれる人間はいなかった。

 価値観がまるで違ったのである。

 定時制高校で、いくら満点を取ろうとも、それは、今までのような価値にはならないし、同級生からすれば、ただの嫌なやつにしかならない。

 得意の人心掌握や、話術も、不良という相手には、まるで通用しなかった。

 それは、彼らの世界では力にならなかったのだ。

 気が付けば、彼は陰口を叩かれ、それを、目の前で言われるようになり、暴力に発展し、永遠にそれが続くのかと思える高校生活。

 それでも、時間的な終わりがやってきて、やっと卒業するという時期に、まさかの、有名国立大から届いた不合格通知。

 ならば、働いて、社会人を経てから、大学に入るか、起業でもしてやると意気込み、就職をするも、ここで気が付く己の、メッキがはがされた姿。

 そんな中で知る、見下してきた同級生との差。

 それでも、認められない彼は、会社を退社。

 そこからは、本当にひどい日々で。

 自分を変えるという名目で、一人暮らしをするも、何も変えられず、変わらず。

 職を転々とする日々に満足ができず、ギャンブルに走り、足りなくなる生活費を借金するところから始まり、闇金に流れ着いて、雪だるま式に増え続けた借金。

 職も失い。

 最終的に、今――この状況……。


 彼は、死ぬかもしれないが、ゲームに勝ち残れば、借金をチャラにできる舞台に上げられていた。


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