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君のためにどこまでも  作者: ライコウ
第1章
3/3

3話


すべての授業が終わって今は放課後。本来ならばこのまま速やかに帰宅して、風呂沸かして、夕食を用意したりと追われる雑務を始末するつもりだったが、今日は違った。


国春は呼び出しを受けたため、生徒指導部に行かなければならなくなったのだ。


恐らく梨奈はもう帰っている。鍵を渡してあるから多少遅くなってもぶーぶー文句言われるだけで済む筈だ。


でも心配なのだ。


消耗品が。


国春の脳内はそのことで埋め尽くされていた。帰りが遅いから、「しょうがないなーやっといてあげよう」なんてことになったら家は滅茶苦茶になってしまう。洗濯では粉末洗剤を戸棚に常備してある塩と取り違え、夕食を作るも何度も失敗して台所が荒れていく光景が嫌でも想像できる。


今まで家事全般は国春がこなしていた。料理すら未経験の梨奈ができるわけがない。現に今日の朝、実力を測るため任せてみたがあの有様である。


だからさっさと要件を済まして早急に帰る。


これが国春の作戦だ。


「失礼します。二年三組二十番曾田国春です。山下塁子先生はいらっしゃいますか」


丁寧な言葉遣いで(くだん)の張本人を呼ぶ。ちなみに一年からの担任ーー塁子先生はここ生徒指導部の部長でもある。校則に従わぬ者はここに呼び出され指導を受ける。おまけに反省文を書かせられるという罰も追加されるため、全校生徒から最も危険視されている部署なのだ。


そんな近づくだけでも憚られるような教習所が自分に何の用があるというのだろう。


逆らうと面倒になることは重々承知していたので仕方なくやってきたが、未だ理解出来ずにいた。


塁子先生は国春の声を聞き付けてくるりと椅子を反転させる。


この高校は教師の服装が基本的に自由で、特に細かい規制もないが、塁子先生の身だしなみはそれを発起させるような怪しく大胆な形相だ。下は短パン。すらっとした肌白い生足が露わになっている。それはまだいい。セーフラインを超えてない。


問題は上。


スケルトン仕様のふわふわした極薄シースルールック。つまり透けて見えてしまっているのだ。ブラが。


盛んな男性にとってこれほどの性欲堪能魔はいないだろうが、国春は一切興味がない。残念ながら激動の真っ只中の国春には恋愛意識が芽生えていないのだ。あんな熟年ビッチがいたとしても避けられているこの場所がいかに末恐ろしいか、窺えるのだが。


「待っていましたよ。国春くん」


そう言って歩み寄る。とっても透き通るような優しい声。抵抗力が未熟で柔い者ならその場で崩れてしまいそうな危険な声。歩くたびに豊満な胸が激しく揺れる。


しかし国春は動じない。単調な声音で先に切り出す。


「あの、何の用ですか? できれば早く帰りたいんですけど」


手っ取り早く内容を掴み、迅速に対処して帰宅しなければならない。


急かす国春。ところが塁子先生はどっしりとした重々しい溜息を吐き出して、長い髪をはらう。洗練されたブラウンがかった髪が神々しく舞い上がり、一本一本が生きているようにうねる。可憐な容姿と合わさって、性別関係なく万物を虜にするほどの妖気を振りまいている。


それでも国春には無力。中々話を継ごうとしない先生に淡々と問う。


「いい加減にしてください。早く。急いでいるんですから」


すると傍にある机から四つ折りの用紙を拾い上げて国春に渡す。


国春は渋々それを受け取り、広げて字面を確認する。


「えーっと、入部申告書? ……あのー、もしかして」


「その通りです。貴方には部活に入部してもらいます」


言い終える前に塁子先生が結論づける。


案の定国春は同意するわけもなく、


「いや、無理です。先生も家がアレなのは知っているでしょ。オープンキャンパスのときに事情は説明しましたし……そもそもこの高校には部活動の強制参加が規定されてないじゃないですか。最近はそういうの、いや増す傾向にありますけどここは違うでしょう?」


正論を一気に述べる。しかし塁子先生は首を縦に振らなかった。


「確かにあのときは、ご両親がお亡くなりになられたから、許可しました。でもそれから一年様子を拝見してましたが学校では一言も喋らない、友達も作らない、関わろうともしない。そんな非友三原則(ひともさんげんそく)を掲げている孤独な少年を見過ごすわけにはいかないのです。徐々に交流を深め環境に馴染めるためにも入部を強要します」


「いや別に掲げているつもりはありませんし、まだイジメを受けてないので結構です」


「まだって……それ、フラグですよ? そして不幸なフラグは確実に回収されるのが世の常です」


「アニメの観すぎじゃないですか? 現実は偶然という物理法則の下に成り立っているんですから」


「現実主義ですね。もう少し夢を膨らましたほうが明るくなると思いますよ。片目を覆い隠すその長い髪も切って」


国春の黒髪ロン毛をなぞるように撫でるが、国春は逃れるために半歩引き下がる。引き戸との差はわずか5センチ。次に攻められたら逃げ場はない。


「余計なおせっかいです。……ではこの髪が金色だったら暗いと思いますか? 思わないでしょう? これは目の錯覚であって、先生の勝手な思い込みです。それに、イケメンだったら『爽やかダークオーラ! 時代のニュールック現る?』みたいに明るく比喩されますよ」


「安心してください。貴方はイケメンじゃないですよ。あ、ブサイクというわけでもないですよ? ノーマルランクです」


「英語に変換すると劣ってるみたいに聞こえるんでやめて下さい。例えばの話ですから」


呆れて溜息をつく国春の傍らで、くすくす笑う塁子先生は告ぐ。


「例えと現実に差がありすぎてつい欠点を指摘してしまいました。ごめんなさいね」


とっても失礼な陳謝をする担任。その顔はとっても楽しそうで、少し違和感を感じた。国春は勝手に耳に入ってきた情報を思い返す。大胆な割に陰気な感じとか、あまりいい評価ではなかった。生徒と話す姿もほとんど見かけたことがない。


しかしここにいる山下塁子は、純粋な笑顔を浮かばせた子どものよう。そのギャップに疑念を抱くも国春は違う言葉を選ぶ。


「詰まる所人間の捉え方に問題があるわけで、少なからず俺を明るい部類に識別する人間もいるってわけです。先生はたまたまその人間じゃなかったんです」


「ふふ、わかりました。先生に非がありますね。面白いから悪ノリしちゃいました。ごめんなさい」


またも含み笑いを漏らしながら今度はお辞儀を加えて謝罪をしてくる。感謝されることに苦手意識を持つ国春はもちろん、


「も、もう謝らなくていいですよ。顔も上げて下さい」


戸惑う。目上の人にされるともっと困るわけで、国春は慌てて促す。


すると、


「優しいですね。国春くんは」


……言われた。全ワードの中で最も嫌っているワードを。国春が言い返すことは決まってこれである。


「……優しくないですよ」


「やっぱり聞いた通りでした」


「? 聞いた通り?」


地雷を踏んだ感じ。意味ありげな返答に思わず反応する。眉を深く寄せて吟味していると、


「妹さんーー梨奈さんからオープンキャンパスのときに聞いたんですよ。その苦手意識を。そしてどうか様子を監視していただけないか、と頼まれました」


「あいつ、隠れてそんなことを……」


「お兄さん想いの優しい妹さんですね」


羨ましい、そんな含みが混じった笑みと声音。どこか切なさも感じる。


「…………」


国春はそれを察することができなかった。憮然とした表情で思う。あのとき梨奈が余計な依頼を申し付けなければ、呼び出されずに済んだわけだ。強要されることもなかった。元凶は梨奈。たまには愚痴の一つくらい聞かせてやろう。家事はどうでも……よくないか。


国春はケリを付けるべく、


「そろそろ本題に移りましょう。立ったままの話も疲れるんで……」


キリッとした顔で、傍にある椅子に座って座談を勧める。が、


「そこ、私の机ですのであちらの方に腰掛けてください」


「あ、ハイ」


大人な感じの雰囲気に変わりつつあったが、彼女の手によってそれは呆気なく消え去った。私的所有の理念を徹底している塁子先生である。



























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