エピソード1-2 愛しの君よ、ただ君だけが私の全て
兵士達の熱狂に包まれるレマン砦の練兵場にあって場違いな人物が指揮台に優雅に登った。
「部下には褒美を大盤振る舞いじゃな?お主には妾から褒美をやろう、”リトルエレメントマスター”」
「これは”マイリトルプリンセス”。ここ数日、お顔が見えないので守備隊主力部隊と一緒に王都へお帰りかと思っておりました。それで褒美とは?」
”マイリトルプリンセス”と言われ、ほんのりと頬を染めているのはルイン王国第7王位継承権を持つアンジェリーナ・エスト・ルイン。整った顔立ちで腰の高さまでの金髪で淡い青いのドレスを身に纏い、扇子で口元を覆っている。ゾルゲンより6歳ほど年下でゾルゲンが”リトルエレメントマスター”と呼ばれるようになった出来事の中心人物であり、その出来事以来、ゾルゲンと”リトルエレメントマスター”、”マイリトルプリンセス”と呼び合う仲である。
「ルイン王国へ命懸けの忠義を示さんとする忠臣に相応の褒美があるのは世の常。お主の部下に上官たるお主がどんな褒美を用意するかは口を挟むつもりはない。じゃが、現在のレマン砦の最高指揮官のお主へ褒美を約束出来るとしたら妾しかおるまい。何なりと申してみるがよい」
期待の入り混じった表情でゾルゲンを見るアンジェリーナ。
「ふむ。”リトルエレメントマスター”の称号で呼ばれ続けるのに少々飽きてきたので”ロードオブエレメントマスター〈元素魔導を極めし者〉”の称号を頂きたく存じあげます」
「称号が欲しいなど、なんと 欲のな… 」
期待外れの答えにガッカリするようなアンジェリーナだったが、恣意的な解釈を思いつき、口を閉ざして思考をフル稼働させる。ほんの3秒ほどの沈黙後、獲物を捕らえた猛禽のような笑みを浮かべ続けた。
「なんと欲の深いものよ。良かろう。帰ってきた暁には其方は”ロードオブエレメントマスター〈元素魔導師卿〉”と名乗るが良い。だが、ゾルゲン伯爵家の3男坊風情で、かつご嫡男のギュスターヴ卿に既に御子息がいるのに”ロード”と名乗るには、其方の爵位が不足しているのぅ。しかし、安心せよ。妾の夫になれば、爵位などどうとでもなる。決まりじゃ!」
後半、早口になりつつもアンジェリーナは恥ずかしげながらも300人の兵士が見ている前でどこか既成事実を狙って言い切った。
ちょっと冗談のつもりで称号が欲しいと言っただけのゾルゲンは初め『何言ってんの、この子?』と呆気に取られていたが、アンジェリーナが言い切ると『してやられた。本気か、この子』と内心焦りを感じ始めた。
「もちろん、じょう
「勿論、本気よ。王族に二言はない!」
ゾルゲンの言葉を遮り、アンジェリーナが有無を言わせない。つかつかとアンジェリーナはゾルゲンに近づき、ゾルゲンの右頰に口づけをした。思考が立ち直れていないゾルゲンは不意を突かれた。
涙目のアンジェリーナが顔を離した。
「必ず、生きて戻れ。妾を未亡人にさせるな」
傍観していた兵士達が声を上げる。
「アルマン副長よりあんたが一番ズルいじゃないか。幸せのお裾分けをお願いしますよ」
「ヒュー ヒュー」
「ゾルゲン大隊長代理万歳!」
「さて、諸君!これが勝ち馬に乗るという実例だ。これよりは時間との勝負だ。
ボルゴイ先任曹長!10名ほど臨時分隊を率いて王女殿下を王都まで護衛せよ!
人選はどの小隊からでも良いが、”適切”に選定せよ。まかり間違えてもむさ苦しい中年親父は選ぶなよ。復唱せよ!」
「ハッ 臨時分隊を率いて王都まで王女殿下を護衛します。編成は任されました。王都までの護衛完了後は、直ちに原隊復帰するよう努めます」
「イヤ、原隊復帰せず、王都の部隊と合流せよ。向こうの方が人手不足なはずだ」
ボルゴイはゾルゲンが年若い兵士を戦場から遠ざけようとする意図は理解した。しかし、口に出す事はできないが、抗議したそうな表情を見せた。
「心配するな、重要な任務と言っただろ。王都までの護衛を完遂すれば、勝ち馬認定してやる。但し、万が一、先ほどの任務に不備があれば、俺を含めた残りの大隊員でボコボコだぞ」
陽気にゾルゲンが任務を補足する。
「さぁ 直ちにかかれ」
「ハッ 王女殿下護衛任務に入ります!」
ボルゴイは各小隊から年若い兵士を見繕いながら部隊編成を始めた。
アンジェリーナもゾルゲンの意図を理解しつつも唇を噛み締めながら
「未来の夫の言には従いましょう。お淑やかさは妻の美徳ですからね。それでは、王都で必ず会いましょう。モニカ、出立の準備をしなさい!」
側仕えのモニカへ指示を出す。
「アルマン副長及び第1、2小隊合わせて100名は2食分の保存食と弓軽装備で1刻半(3時間)後に帝国側北門に集合せよ!俺と共に打って出る。飯も食っておけよ」
「ハッ 第1、第2小隊は1刻半後に北門に集合します」
「第3、4小隊は篭城戦に備えて砦内の再点検、補強に移れ。包帯が足りなくなるかも知れんから予備の服を裂いてでも準備を万全にしておけ。詳細は小隊長、曹長の指示に従え」
「第5小隊は篭城戦に備えてパンを焼け。それと井戸から水を汲んでおけ。敵の先方は明日の朝、本体は夕方にやってくるだろう。敵が攻めてきたら悠長に飯を作る暇なんかないぞ。余ってもいいから3日分くらいは余分に作っておけ」
「ハッ 第5小隊はパン焼きにかかります」
「第6小隊は南門から出て、石・薪・柴などを可能限り集めろ。弓矢の代わりに投げつけなければ、1万は殺しきれんぞ!」
「ハッ 第6小隊は”戦略物資”を可能な限り補充します」
ルイン王国の指揮官でゾルゲンのように泥臭い命令を出すものはいない。そこにゾルゲンの覚悟を改めて感じ取った兵士達は各自足早に練兵場から持ち場へと去っていった。
練兵場に残ったのはゾルゲンとアンジェリーナのみ。
「さて”マイリトルプリンセス”、私も準備がありますので自室へと下ります」
「もう妾を”マイリトルプリンセス”と呼ばないで、愛しの旦那様。それと未来の夫の支度を整えるは妻の務め」
そう言ってアンジェリーナはゾルゲンの手を取ってゾルゲンの自室へと消えていった。