3-3 彼らは対立する勢力をしのぐことが出来たようです
「準備はできてるか?」
「はい、大丈夫です」
「俺もいけます。戦闘員達も」
「ヒー!」
総統閣下の声に、地獄将軍、ゴリラ男、そして戦闘員達が応える。
戦闘員達は、敬礼と敬礼の声をあげて悪の秘密結社らしさを演出しようとすらしていた。
そんな配下に総統閣下は確かな感触を掴む。
こいつらならやってくれる、と。
「では、いけ。
必ずや成果をあげるのだ」
「はっ!」
「ウホッホ!」
「ヒー!」」
それぞれの役職にふさわしい応答をした戦闘部隊は、見送る悪魔参謀長以下アジト要員達に見送られて出発する。
この日、残った不良達を片付けるてはずになってる。
情報が正しければ、残り七人。
数十人もいた頃に比べれば激減している。
それでも戦闘部隊に割り振った十五人の半分ほどもいる。
相手の二倍の人数がいるとはいえ、決して油断はできなかった。
「頼んだぞ、お前達」
うっすらと暗くなっていく夕暮れの中、証明つつけた四台の軽ワゴンの後ろ姿を見送る。
総統閣下はその後ろ姿を見ながら、何もしてやれない自分の無力を嘆いた。
「どうなってやがる!」
荒れた声が溜まり場にしてる路地裏に響く。
集まった七人のリーダー格である不良ボスは、押し殺したうなり声をあげる。
そんなボスの周囲にいる子分達は、迂闊に声もかけられない。
期限の悪い時のボスに声をかければ、どんな良い発言でも鉄拳が飛ぶ。
誰もそんな危険を冒したいとは思わない。
また、そうやって生まれる沈黙が、何の意見も出てこない事が余計にボスをいらだたせる。
「畜生!」
狭い路地、壁と壁の間のその場で、ボスは立ち上がって蹴りを放つ。
ドガッ、と体重の乗った思い音が、蹴られた壁からあがった。
他はともかくこの強さが不良ボスをボスたらしめていた。
圧倒的な力は、特に格闘技や武術をならってないにも関わらず、そこらの喧嘩慣れした連中よりもよっぽど強い。
力が全ての不良達にとってそれは絶対の条件であった。
実際、不良ボスが乗り出した事で、この周辺の不良達の半分近くが傘下におさまった。
残り半分も腰が引けており、ちょっと恫喝すれば傘下に入るのは目に見えていた。
にも関わらず。
ここに来て一気にそれらが崩れていった。
それも、訳の分からないままに。
「クソが……」
思い出すだけでも腹立たしいのだろう、不良ボスは再び壁を蹴る。
近隣の不良共を拳で従え、三十人ほどのチームになっていた。
まだまだ弱小と言える数ではあるが、それがあと少しで倍になり、この近隣を全部従えるまでになっていた。
それがここ一ヶ月から二ヶ月で、この場にいる七人にまで戻ってしまった。
他の連中は、いきなり姿を見せなくなったと思ったら、二度と不良ボス達に関わってこようとしなかった。
他のチームに引き抜かれたのかと最初は思っていたが、そうでないのは無理矢理連れ出した者達の態度と言葉で分かった。
────もう絶対に関わりたくない。
そういって怯える態度と震える声で、消えていた連中がもう使い物にならない事を悟った。
何があったのかはわからない。
だが、怖じ気づいてしまった者はもう使えない。
不良達に必要なのは度胸である。
それが無くなってしまえば、もうどうにもならない。
ボスもそれは理解している。
無理矢理引っ張る事はできるが、人数あわせにも使えない奴らは足手まといにしかならない。
相手を数で威嚇する事も出来るかもしれないが、本気で殴り合いになってしまったら終わる。
聞けば、不良ボス達がこれから吸収しようとしてた連中も同じようだった。
直接確認した者達は数えるほどしかいないが、その誰もが同じような態度を見せていた。
「何があったんだよ、クソ!」
分かっていればもう少し落ち着けたかもしれない。
人間、分からないという事ほど恐ろしいものはない。
見えない、聞こえない、正体が判明しない。
これらによって受け取るストレスは実に大きい。
不良ボスは、いままで感じた事のない重圧を感じていた。
なまじ、勝ち続けてきたためにそういった事への対応ができないでいた。
それでも怯んだりしないあたりは大したものといえるかもしれない。
それしかないのが、不良ボスの限界でもあった。
「目標、いつもの路地にいます」
報告を受けた地獄将軍は、あらためて部下達に指示をだす。
「作戦に従って配置につけ。
準備が出来たら開始する」
手はずは既に整っている。
ご町内の皆さんからの情報と、現地での偵察・監視への協力者。
それらによって不良達の行動はほぼ把握されていた。
今も不良がたむろしてる場所からの中継が、ネットを通して流れてきている。
それを見ながら<秘密帝国ザルダート>の面々も動いていく。
幸いにも、路地を作ってる両隣の施設は<秘密帝国ザルダート>に協力的であった。
『そういう事ならうちの中にはいってくれてかまわないよ』
という彼らの好意がありがたい。
おかげで戦闘員達は、施設の中から不良達の背後まで接近する事ができる。
脚立を使って三人一組がそれぞれの施設に入り、不良のいる付近の壁まで移動する。
彼らには先制攻撃として行動を開始してもらう事になる。
それから、路地の入り口となる両端にそれぞれ軽ワゴンが移動していく。
『こちら第一襲撃部隊、配置につきました』
『第二襲撃部隊、配置につきました』
準備はととのってきた。
「よし。
車で路地をふさげ。
行くぞ!」
戦闘が開始された。
最初に路地がふさがれた。
気づくのが遅れた不良達に、今度は頭上から何かがかけられていった。
「な?!」
驚く不良達は、それにかぶって真っ白になっていく。
「な……げほっ、げほっ!」
「こ、な……げほっ、…………くそっ!」
どこにでも売ってる片栗粉である。
それを大量にまぶされたことで、視界が遮られる。
また、害はないとはいえ無防備に吸いこんだことで咽せてしまう。
何人かがそれで行動不能になる。
運が良いことにボスはそれを免れた。
しかし、軽ワゴンの横のドアを開けて飛び出してきた戦闘員達は、逃げ道をふさぐ。
それだけなら、自慢の暴力で蹴散らす事もできたかもしれないが。
「すすめ!」
地獄将軍の号令で進んでいく戦闘員達は、体が隠れるような大きな盾をかかげていた。
金属でできた、ちゃんとしたものではない。
日曜大工で作った木の板を重ねただけの簡素なものだ。
それでも、道を遮り、相手の攻撃を遮断する役には立つ。
何より、直接相手の攻撃を受ける事がないというのは大きな利点だった。
不良ボスは迫る盾に跳び蹴りをくらわす。
確かに相当な衝撃である。
だが、構えていれば堪えられないことはない。
大した打撃も受けない。
むしろ接近してくれればそれはそれで好都合だった。
盾を持つ戦闘員の後ろに控えていた者が、手にした催涙スプレーを噴射する。
「ぎゃあああああああ!」
煙を受けて悲鳴を上げた不良ボスは、倒れこそしなかったが前後不覚に陥る。
そのボスを捕らえて縛り上げるのはさほど難しくもなかった。
残った者達は、簡単に倒されていった不良ボスを見て我先に逃げようとする。
退路はとっくにふさがれてるので、そんな事出来るはずもなかったが。
迫り来る盾に押さえつけられるように不良達は追い込まれ、不良ボスと同じ末路をたどった。
拘束された不良達は、見知らぬ場所に放り込まれる。
手足も口も拘束されて身動きはとれない。
周囲を見渡そうとしても、何も見えない。
完全な暗闇だ。
「うう、ううううう!」
声をあげようとするが、それも口をふさぐ猿轡でかなわない。
物音もしないので、他の誰かがいるという事もなさそうだった。
いたとしても存在を確かめられるかどうかわからない。
完全な暗闇は、どれほど目が慣れようとも何かを見渡すという事ができない。
「うううううううう!」
ふざけんな、畜生、と誰もがそれぞれの場所で叫ぼうとした。
だが、それが全く何の意味もないと分かるにつれ、声は消えていった。
何とか手足の自由を取り戻そうと動かしていた手足も、段々と動かなくなる。
徒労と思った時に、人はやる気を失う。
今の不良達はそれをおぼえていた。
手足は自由にならない、声は誰にも聞こえないのでは、何かをする意味があるとは思えなくなる。
やがて疲れてそのまま寝転がり、時間が過ぎるのを待つ。
暗闇の中、何があるわけでもないのに恐怖をおぼえながら。
「これで粗方片付いたかな」
「把握できた分については問題ありません。
もちろん、全ての情報を集めきる事はできませんから、当然漏れもあるでしょう。
それらについても、一応確認のために聞き込みをしてます」
悪魔参謀長は慎重さを示した意見に総統閣下は安心をおぼえる。
「頼む。おそらく大丈夫だとは思うが」
そういって地獄将軍の方を向いて、
「戦闘部隊も本当にがんばってくれた」
「ありがとうございます」
「ただ、君らにはもう少し働いてもらわないといかんからな。
ご苦労だと思うが、今少し頼む」
「ええ、分かってます」
捕らえた者達の監視や管理も戦闘部隊が引き受けねばならないの現状だった。
三十人程度の小さな組織なので、誰もが仕事を掛け持ちしないと回らない。
「まあ、それはそれだ。
戦闘部隊にも声をかけたい。
出向いてもいいかな?」
「ええ、お願いします」
そう行って二人は外へと出て行く。
地獄将軍は、留守番と次の展開を考えるために会議室兼居間に残った。
さて。
暗闇から解放された不良達の一部は解放された。
また何かをしたら容赦はしないと言われて。
ほとんどが抵抗も反抗もする事無く「はい」と言った。
この場限りの言葉であるかもしれなかったが、それでも総統閣下は彼らを元の町に戻した。
不良ボスはまだまだ元気なので拘束期間がいましばらく延びたが。
それでも時間とともに段々と大人しくなっていった。
さすがに拘束期間は不良達の中でもっとも長くなったが、それでも最後は青白い顔をしていた。
<秘密帝国ザルダート>は、あらためて自分たちのロゴを町の中に描きこんでいく。
落書きを塗りつぶし、それらの代わりに隅っこの方に小さく。
町中にあった落書きのほとんどは<秘密帝国ザルダート>によって上書きされた。
結局、不良達にとってかわっただけではあるが、町の者達はそれに異を唱えたりしなかった。
「まあ、壁一面じゃなくて、隅っこの方に描いてるだけだからなあ」
町の者達の代表的な声である。
また、<秘密帝国ザルダート>のロゴが入った壁にあらたな上書きがなされることもなかった。
他の地域の不良も、<秘密帝国ザルダート>によって潰された者達の事を聞き及んだのだろう。
考えなしに手を出そうなどという者はほとんどいなかった。
おかげで<秘密帝国ザルダート>のロゴがあれば安全安心だという評判まで立ってしまう。
実際、八百屋をはじめとしたご町内経由で依頼をされることもあった。
「うちの地域にも来てもらえないもんかなあ」と。
はて、そんなんで本当にいいのか、と総統閣下は思ってしまった。
悪の秘密結社に来てもらいたい、などと言うのはどうなんだろうと。
そう言われるような相手と思われてるのも考えものだった。
そんな総統閣下に、
「まあ、いいんじゃないですか」
と悪魔参謀長はあっさりと言う。
「労せずして勢力が拡がるなら願ったりかなったりですから」
安直ではないか、と思ったが悪くない話なのもたしかだった。
ならばと総統閣下は到来を待つ地域に向けて部隊を派遣し、落書きなどをつぶしにかかっていった。
嘘みたいな話しであるが、それが行われてから該当地域にいる不良達の活動が大人しくなっていったという。
実績とそれによって生み出された評判はかなり効果的だったようだ。
ただ、それによって新たな問題も引き起こしてはいた。
「勢力が拡がったのはいいが」
「人手が足りませんな」
総統閣下と悪魔参謀長が額を集めて悩む。
そこにいる地獄将軍も、
「今のままでは全ての地域をまわりきれません」
とため息を吐く。
「いずれこうなるとは思ってましたが、思ったより早くその時期が来てしまいましたな」
分厚い世界征服計画<極秘戦略ε(いぷしろん)>の束をめくりながら悪魔参謀長がぼやく。
そこには確かに、人員の増強という項目があった。
たかだか三十人程度では手中におさめる事ができる範囲は限られる。
世界征服を目指すならば、どうしたって規模を拡大していかねばならない。
幸いにも資金は、あちこちの見回りに対してのお礼や、幼稚園・保育園でのヒーローショーなどで増大している。
今の二倍くらいまでの人間を確保しても、抱えていけるだけの余力はあった。
問題はどうやって人を集めるかである。
悪の秘密結社である。
「君も世界を征服しよう」などという呼びかけで応募してくる者達がどれだけいるだろうか?
敵を倒すのも難しいが、人を集めるのもまた難しい。
それを三人の幹部は感じていた。
「だが、やらねばなるまい」
二人の幹部が彼らの主を見つめる。
「ここを越えねばその先はない。
どうにかして乗り越えよう」
そういう総統閣下は、既に解決策を求めて頭を働かせていた。
予定ではこれが掲載されてるのは新年になってからのはず。
記念するべき新しい一年の最初がこれでいいんだろうかと思ってしまいますが。
でもまあ、そこはそれ。
色々開き直っていきましょう。
というわけで、あけましておめでとうございます。
今年も俺や皆さんにとって良い年でありますように。