2-3 彼らは目標を達成したようです。思ってもいない形で
「すごいな」
集まった結果に総統閣下は驚くしかなかった。
「こうなるよう努力してくれたのだろうなあ」
そこにかけた結社の仲間の努力を思うと目頭が熱くなる。
全ては世界征服のため、そのための第一歩としての小さな地域の制圧。
それを成し遂げるためになされてる様々な苦労と努力を思うと感無量となってしまう。
しかし、そこで止まる事無く総統閣下は、あらためて側近に目を向ける。
「悪魔参謀長、そして地獄将軍。
これを元に、作戦の次なる段階を考えてくれ」
「はい」
「了解」
二人の返事を聞きながら、総統閣下は自分たちの秘密結社の次なる展開に期待を抱いていった。
悪の秘密結社(自称)<秘密帝国ザルダート>の人目を忍ぶ、しかし精力的ではある活動は成果をあらわしつつあった。
ご町内(地方都市の中心から離れた住宅地)における各商業施設(個人経営のお店)の把握はほぼ完了していた。
それから経営者の割り出しと、家族構成などを含む周辺の情報。
客足や販売してる商品やサービスなどの値段からの経営状態の算出。
それらが時間と共に形になっていった。
漏れてたり探りきれない情報も確かにある。
それでも集積された情報は相当な量と質をほこっていた。
素人ががんばったにしてはなかなかのものであるだろう。
それを元に、作戦立案の悪魔参謀長と、実戦指揮をとる地獄将軍とで打ち合わせが行われていく。
総統閣下はその間やる事がない。
意見を求められれば思うところを口にするが、事細かに口出しするのは極力控えていた。
活動開始からさほど時間が経ってないが、既に組織の中で役割分担が出来てきている。
その結果、専門分野において総統閣下にも分からない事が出来てきていた。
大雑把にどういったものかは把握はしているが、細かい所については手が出せない状態だ。
なので、ある程度話しがまとまるまでは様子を見ることとしていた。
その間、あらためて資料に目を通すのが、ここ最近の会議における総統閣下の暇つぶしになっていた。
一応目は通しているのだが、それでも見落とした一つ二つは出てくる。
それらを洗い出すためでもある。
大きな問題になりそうな見落としはまずしないのだが。
しかし。
「ん?」
その時ばかりは思ってもいなかった記述を発見する。
「ああ、ちょっといいか?」
「はい」
「なんですか?」
話しの最中だった悪魔参謀長と地獄将軍が顔を向けてくる。
遮るような事になって申し訳ないなと思いつつも、総統閣下は記された気になる部分を指した。
「ここなんだが…………」
そういって話しを始めた総統閣下に二人も耳を傾けていく。
それがこの会議と作戦を違った形に変える事となった。
それはよく晴れた昼下がりであった。
繁華街やビジネス街と違い、住宅街の日中は穏やかなものである。
行き交う人も少なく、開いてる店にも客はそれほど多くはない。
車も、時折通るが安全に気をつけなければならないほど多くもない。
だからこそ、異質な集団というのは目立つ。
町中を走るとある自動車は、そんなものの一つであった。
割とよく見るタイプのワゴン車ではあるが、正面以外のガラスに暗幕が張られて中が見えない。
さして広くもないから当然であろうが、それにしたって妙にゆっくりと走っている。
それでも町の中を通り過ぎていくならば不審を抱くこともないだろう。
だが、ゆっくりと時間をかけて何度も行き交っていれば、何かしら違和感を抱く者もあらわれる。
住人のほとんどが家の中にいて、外の様子にそれほど注意してないから、目撃者も限られていたが。
気づいた者達も、「おかしいなあ」と思いつつもそれ以上何かをするでもない。
実際に何か事が起これば対処もするだろうが、疑いがあるだけでは迂闊に何かをする事もできない。
ある意味一番危険な状態であるとも言える。
何か起こるまで何もしないのは、予防をしないのも同然と言える。
迂闊に人を疑ってはいけないのは確かだろうが、疑いを持つというのはそれだけの何かを感じ取ってるからである。
しばらくしてそれは、実際に大きな出来事となってしまった。
町の中にある八百屋の前に問題のワゴンが止まる。
そのワゴンの扉が開くと、中から覆面や仮面をした男達があらわれた。
いずれもストッキングや、仮装用のマスクであり、見た目にはユーモラスではあった。
だが、そいつらがナイフなど凶悪な物を持ってるとあれば話しは別だろう。
ワゴンから出てきた四人の男達は、何事か叫びながら八百屋に押し入っていく。
「わあ!」
「あ、あ、あ、あ!」
店の主である親父(72歳)とその女房(68歳)は、突然の事に悲鳴もろくに出せずにいた。
すぐさま逃げるか何かをすれば、多少はどうにか出来たかもしれないが、いかんせん年齢も年齢なのでそうもいかない。
押し入ってきた者達は、瞬く間に二人を捕まえ、壁に押しつける。
ついでにナイフなどもちらつかせてくる。
「!!!!!!!!」
何事か叫んでいるが、二人は何を言ってるのか分からなかった。
二人が恐怖で混乱してるからではない。
その言葉が日本語ではなかったからである。
ただ、語調からなんとなく脅迫か何かをしてるのだろうという事は想像できた。
でなければ、こんな物騒な事もしないだろうから、二人の予想は正しい。
その予想は、最悪の未来をも描いてしまっていた。
武装強盗団の話は時折ニュースなどになってはいた。
そんな事もあるのか、と思ってはいた。
しかし自分たちがそれに遭遇し、被害にあうとまでは思ってもいなかった。
それほど発展した町ではないし、襲いかかるほど裕福な者もこの近隣にはいない。
油断といえばそうかもしれないが、まさかこんな所が狙われるなんて思ってもいなかったのだ。
現実にあらわれた以上、あり得ないとはもう言えないが。
どれほど後悔してももう遅い。
二人は自分たちの命運がここで尽きるものと覚悟した。
「待てい!」
予想外の声が二人の、そして強盗団の耳に突き刺さる。
それと同時にバタバタバタという足音も。
何事か、と捕らえられた店主夫婦は思ったが、押さえつけられてるので確かめる事はできない。
しかしすぐに、
「ぐぎゃ!」
「うっ!」
「オウ!」
という悲鳴と、打撃音が聞こえてきた。
ほぼ同時に二人を押さえつけてた力が消えて、その場にへたりこむ。
床に尻餅をついた二人は、あらためてそこで何が起こってるのかを目にした。
それは二人に、更に驚愕を与える事となる。
事前の情報収集でおかしな連中が何度か見えた。
報告書にあった記載で不審を抱いた総統閣下は、<秘密帝国ザルダート>にそれらへの警戒を呼びかけた。
それからは町の各所に設置したカメラを通じて様子を確認、おかしいと思えるものが無いかを常に監視していた。
制圧した町で反乱が起きないように、という退所のための設備だったが、思わぬ所で役に立った。
また、手の空いてる者達は、不審を抱かれないよう注意しながら町の中に潜入し、おかしな連中がいないか確かめてもいた。
そうした巡回と警戒の成果があって、不審な車を発見。
要注意対象として監視を続けていた。
たんなる勘違いの可能性もあったので、事が起こるまでは監視だけに留まるしかなかったが。
だが、<秘密帝国ザルダート>が目標としていた店舗の一つの前で止まり、そこから店の中に押し入った瞬間に彼らは行動にうつった。
移動につかっていた軽ワゴンで相手の車の前後をふさぎ、中から出てきた地獄将軍が、怪人と戦闘員を率いて店の中に突入。
ナイフや鉄パイプを振り回す強盗団にとりつき、それらを捕まえていった。
車に乗っていた強盗団の仲間はすぐに逃げようとするが、前後を挟まれてるのでそれもできない。
そうこうするうちに、残った戦闘員達が、強盗団の車の車輪に包丁を突き刺していく。
移動手段を失った強盗団は、ドアをあけて外に出ようとした。
もちろんそれを見逃す<秘密帝国ザルダート>ではない。
そいつらもすぐに捕まえ、地面に押し倒していった。
「大丈夫か!」
地獄将軍が八百屋夫妻に声をかける。
武装強盗団は手足を縛り上げられて地面に転がっている。
とりあえず危険は排除できたが、二人に危害が加えられてればそれで終わりというわけにはいかない。
必要なら救急車などを呼ぶなどの対処が必要になる。
だが、突然の事に驚き、まだ冷静さを取り戻せてない二人は、「あわあわわ」と言葉にならない声しかあげれない。
やむなく地獄将軍は二人を立たせて、怪我がないかをたしかめていく。
「うむ、見えるところに傷とかはないようだな」
打撲や打ち身などがあるかもしれないが、とりあえずすぐに問題になるような事はなさそうだった。
「災難だったな。だが無事でよかった」
二人に目立った異常がない事を確認した地獄将軍は、そう言って後ろを振り向く。
「そいつらを縛り上げたら撤退するぞ」
彼らとて悪の秘密結社、長居は出来ない。
警察への通報もしたいところだったが、駆けつけたお巡りさんに説明するのも困る。
まさか、「この町を支配しようとしてたらおかしな連中を見つけたので」と言うわけにもいかない。
出来れば最後まで面倒をみておきたかったが、ここで退散しないと後が面倒だった。
再び店主夫妻に向いた地獄将軍は、
「すまない、事情があって警察には通報ができない。
それはお前らに任せる。
かまわないな?」
と尋ねた。
もうちょっと言葉遣いに気をつけてあげたいところだったが、いかんせん地獄将軍にも悪の幹部としての意地がある。
偉そうな、尊大な、上から目線な態度を崩すわけにはいかなかった。
ここ最近、幼稚園の通園バスにおけるお遊戯ばかりだった事も影響している。
戦闘指揮官としての自分より、子供相手のお兄さん役が多かったのもあって、いささか自分の存在意義を失いかけていた。
それを取り戻すためにも、必要以上に役柄になりきってないと精神が保てなくなりそうだった。
そんな態度のせいか、店主夫婦はまだ呆然としてるが、地獄将軍の言いたい事は伝わったようだった。
コクコクと何度も首を縦に振っている。
「では、後は任せたぞ」
そういって地獄将軍は八百屋をあとにした。
「退け!」
怪人と戦闘員達が軽ワゴンに乗り込んでいく。
それらが前後別方向に走り去ったあと、荒らされた八百屋と、タイヤを全部パンクさせたワゴン。
そして、手足を縛り上げられた武装強盗団が残された。
「上手くいったようだな」
「ええ」
総統閣下と悪魔参謀長も結果に満足していた。
事の成り行きを、やっぱり中継のカメラで見ていた二人は、作戦の成功に笑顔を浮かべている。
報告書に書いてあった記載からこの可能性を読み取った総統閣下は、特にご満悦である。
「しかし、これで作戦に修正が必要になってしまったな」
「はい。
地獄将軍と怪人、そして戦闘員達の存在がバレてしまいましたからね」
「となると隠密行動もしにくくなるな」
「早速作戦の修正に入りたいと思います」
「うむ。
よろしく頼む。
それとな」
「はい?」
「地獄将軍達が帰ってきたら、ねぎらってやってくれ。
もちろん、私からも声をかける」
「分かりました」
後に。
住宅街で起こった出来事はそれなりに大きなニュースとなって、テレビとネットとご近所を騒がせる事になる。
武装強盗団は警察に引き取られ、手厚い待遇を受けることとなった。
その後の経過はほとんどの者には分からないが、相応の処罰を受けるだろうと思われた。
一方で、危機を辛くも乗り切った八百屋夫婦には、様々な質問があびせられた。
マスコミとご近所の野次馬は、何かと理由を付くって、時には理由もなしに八百屋に訪れて事の次第を尋ねた。
八百屋も、警察に「捜査上の障害になるので」と言われた事以外は正直に口にした。
だが、それを聞いた彼らは、ほとんどが呆れ、笑い、本気にしようとしなかった。
「嘘じゃないって」
そういう二人の言葉も、逆に信憑性を低下させてしまっていた。
それはそうだろう。
『軍服にマントをした男と、ゴリラのマスクをした男と、ホッケーマスクをかぶった集団が助けてくれた』
などと言って誰が信じるのだろうか?
特に隠すような事でもなかったし、警察にも口止めされてなかったから有りの儘に彼らは伝えたのだが。
だが荒唐無稽すぎる話なので、疑う者はいても真実だと感じる者はいなかった。
だが、確かに二人はそういった者達に助けられたし、その事実は消えない。
「いったい誰だったんだろうなあ」
「さあ、分からないわねえ」
正体を明かすことなく消えた者達の素性に、二人は様々な思いをはせた。
「まあ、縁があればまたあえるかなあ」
「そうですねえ。
近くで仮装パーティでもあれば、また来てくれるかもねえ」
あれが悪の秘密結社である彼らの正式な姿であるとは全く思ってもいないようだった。
だが、この件がきっけとなり、<秘密帝国ザルダート>はご町内の信頼を得る事となった。
これまた想定外ではあったが、これにより八百屋夫婦をはじめとするご町内からの有形無形の援助を受け取れるようになった。
もちろん<秘密帝国ザルダート>もそんな彼らに、出来る範囲であったが様々な助力を惜しまなかった。
経緯と形はともかく、世界征服計画<極秘戦略ε>に沿った地域の制圧は、とりあえず成功した。
「しかし、これでいいんですかねえ……」
「言うな」
地獄参謀長の疑問を一言で抑えた総統閣下は、成り行きには目をつぶった。
まるで悪の秘密結社らしくない事をしてしまった事に頭を抱えるが。
「あの強盗どものやったことこそ、我らのやるべき事だったんですけどなあ」
「うん、まあ、そうなんだが…………それについてはこれ以上考えるのはやめよう」
大人げないと思いつつも総統閣下は、現実と彼が抱く理想から目をそらす事にした。
うん、またこんな感じなんだ。
とりあえず、悪の秘密結社(?)の彼らはがんばってます。
可能ならもうちょっと続ける予定ですので、どうかよろしくお願いします。
ただ、明日・明後日はこのシリーズではなく、短編になります。
このお話の続きはそれからになるので、よろしくお願いします。