1-2 彼らはこれから何をするか話し合うようです
「まず、何をしようか。
それ以前に、我々に何ができるのか?」
発起人あらため、総統となった男は本来の使用目的である会議場となった一室の中で仲間…………配下の者たちに尋ねた。
車座というか、長テーブルを四角く並べ、なるたけ全員が向かい合う形となった秘密結社一同は頭をひねる事となった。
「そうだなあ」
「悪の秘密結社だしなあ」
「何かこう、派手な事をしないとな」
全員そんな事を口にする。
とはいえそこは今の今まで一般的な人だった者たち。
いきなり「悪の秘密結社としての活動」などと言ったところでそうそう思いつく事などない。
それは総統も同じで、結社を作ったはいいが何をすればいいかがさっぱりだった。
「こういう場合、世界征服が基本なんだろうが」
そう言うもそれからが続かない。
今年で40歳、立派な社会人ではあるが、新しい組織を起ち上げるという経験はない。
会社内で事業や計画を任される事はあっても、そもそもの企画などに携わった事もないので悩んでしまう。
しかし、思わず発したその一言が契機となった。
「世界征服か」
「そういえば、悪の秘密結社だったな」
「うん、いいんじゃないかな」
「壮大じゃないか」
「なんか、秘密結社らしくなったなあ」
次々に他の者たちがその言葉にのっていく。
おいおい、と総統は思ったが、それを制止する前に周りの者たちが。
「分かりました総統」
「それでいきましょう」
「目標は世界征服!」
「総統、悪の秘密結社らしいじゃないですか」
「さすが総統です」
「総統閣下、最高です」
総統閣下万歳、と連呼が始まる。
「それで総統閣下、世界征服の第一歩として何からいきましょうか」
「まずは小さな事からになるでしょが」
「そうだな。大きな計画をいきなり立てても失敗するしな」
「失敗しても損失が小さな事から始めないとな」
総統閣下が唖然呆然とする前で、話がどんどんと膨らみ、転がり、大きくなっていく。
まさに雪だるまのように。
「いや、ちょっと待ってくれ」
何とかそれを止めようとするが、周りの者たちの盛り上がりは総統閣下の声を遮ってしまう。
「となると、まずは簡単にできる事からだな」
「どこかを制圧占拠するか?」
「それも結構手間だしな」
「じゃあ、何からやる」
「いや、だから…………」
総統閣下は何とか彼らを止めようと必死になった。
「しかし、資金も労力もなるべくかけない。
失敗してもすぐに撤退ができる。
そんな業務となると」
「いや、業務ではないだろ。
ここは悪の秘密結社らしく作戦と言わないと」
「あ! そうだった!
すまんすまん」
「まあ、今日が初日だから、そこはお互い大目に見ていこう」
「ああ、そうだった。すまんな、文句言うような形になって」
「いや、俺も悪の秘密結社という自覚が足りなかった。今後は気をつけるよ。
とりあえず、これから業務や事業については作戦と言おう」
「賛成。
業務や事業だと会社にいるみたいだしな」
「それと、プロジェクトもな」
「ああ、まったくだ」
「でも、いいな。クライアントの事を考えずに事業計画を練れるというのは」
「作戦だってば。でも、これだと個別の作戦と混同しそうだな」
「うーん、じゃあ戦略としておくか?」
「それだけじゃ物足りないな」
全員、ここでまた思案顔になる。
総統閣下、「あのう」と声をかけて何とか留めようとする。
なのだがその声に気づいた仲間の一人が、
「総統閣下には何かお考えが?」
と尋ねてくる。
その言葉に総統閣下は、
「いや、戦略というか世界征服というか……」
「ああ!」
何か言おうと言葉を探し始めた総統閣下を遮り、別の誰かが声をあげる。
「それですよ!
世界征服計画!
これでどうですか?」
「おお……」
「なるほど……」
「うむ……」
「それがあったな……」
「世界征服計画か」
全員が言葉を繰り返していく。
「一応もう少し名称は考えるとして。
それは案としてとっておこう」
「じゃあ、書いておきますね。ホワイトボード借ります」
この中で一番若い男が、立ち上がって総統閣下の背後にあるホワイトボードに向かっていった。
「世界征服計画……と」
「あと何かあるかな。こういうのは思いつく限り出していった方がいい」
「気軽にな。でないと頭が硬直する」
「それなら、征服戦略というのもどうかな」
「秘密作戦は?」
「行動指令というのもどうだろう」
「極秘戦略もいいんじゃないかな」
様々な発想が次々と出てくる。
それを聞いていて、総統閣下は何もいえなくなっていく。
(なんか、みんなノリノリだな)
上は五十近くから、下は二十歳そこそこまで。
集ってる者たちは全員が楽しそうに思いつきを口にしていく。
その中の一人が、
「感じだけじゃなくて、英語とかのアルファベットをいれてみてはどうですか?
作戦Σ(しぐま)とか、オペレーションα(あるふぁ)とか」
「それもいいな。悪の秘密結社っぽい」
「それなら数字もどうだろう?
作戦コード49号とか。
いや、作戦の上だから、戦略コードの方がいいか?」
「これは、戦略や作戦ごとにアルファベットや数字を割り振るしかないな」
だんだんと作戦名や戦略の名称決定方法が決まっていく。
総統閣下のあずかりしらぬところで。
「…………」
無言でその情景を見ている総統閣下は、自分が発起人であるにも関わらずなんだか疎外感を感じてしまっていた。
会議に熱気や活気があるのはよいことだが、加熱しすぎではないかと思った。
だが、何はなくとも今後の行動方針はだんだんと決まりつつある。
「では総統閣下」
熱狂というか白熱会議が一段落して、そのまとめが終わった。
その結果をまとめたものをレポート用紙にまとめた悪魔参謀長(会議中に名称・役務決定)が声をあげる。
「我々、悪の秘密結社の最初の作戦は、バスジャックに決定しました」
「ああ、うん……」
なんと言えばいいのか分からない総統閣下は、とりあえずそう言う事にした。
「詳細はこれから詰めていきますが、まずは承認をお願いします」
「あ、はい」
気圧されるようにうなづいてしまう。
全く意識してなかったが、これでこの作戦は承認されたものとして扱われた。
「では総統閣下、ただちに詳細を決める作戦会議にうつりたいと思います」
「うん、そうだな」
「世界征服計画<極秘戦略ε(いぷしろん)>の最初の作戦です。
必ずや成功させましょう」
この会議で決まった組織全体の行動を示す基準である世界征服計画<極秘戦略ε(いぷしろん)>。
それの中身はまだ何も決まってない。
ただ、それに従って行動してる、という設定にしておいた方が格好いいだろうという事で、一応の名称が決まった。
その安直さに、それで本当にいいのか、と思ってしまう総統閣下であったが、止める事はなかった。
ここまで来たらもう何でもありだな、と開き直りすらしつつある。
「では諸君」
いい加減、部屋の貸出時間も迫っている。
ここで区切りをつけるため、総統閣下は立ち上がって声をあげる。
「ここに我々、悪の秘密結社の世界征服開始を告げる。
諸君の健闘と献身を期待する」
「はっ!」
全員が立ち上がって敬礼をする。
「では、我々の結社<秘密帝国ザルダート>の本日の活動はここで終了する」
「はい!
総統閣下万歳!」
今回の会議で決まった結社の名前を口にしたあとで、参加者全員の万歳が始まった。
なお、この組織名に特別意味はない。
悪の秘密組織や秘密結社が国を名乗る事もあったからそれにあやかろうというだけの事である。
ザルダートという言葉も、なんかそれっぽいから、という考えで適当に考えた造語である。
意味は全くない。
ただ、いつまでも悪の秘密結社と名乗っているわけにもいかないので、組織の名称を決めてしまおうと言うことで決まったものである。
だが、何はなくともこれで、この秘密結社は動き出していった。
その事について総統閣下は、ただ次のような思いを抱いていた。
(まあ、これはこれでいいか)
相当閣下は、開き直る事にした。