6-2 この申し出に彼らはどうするか悩みます
「選挙?」
幹部会議に出てきた言葉に意表を突かれた形になる。
総統閣下は素っ頓狂は声をあげてしまった。
「選挙って、大規模アイドルグループのやってる…………」
「それではありません」
悪魔参謀長が突っ込んだ。
「歴とした選挙です。
今年は地方選挙がありますから」
「ああ、そういえばそうだったな」
すっかり忘れていたのが、言われてみればそうだった。
何かやたらと候補者のポスターが目立ってきたり、駅前などでの演説が多くなったなあと思っていたが。
「その選挙がどうかしたのか?」
悪の秘密結社に何の関係があるのか、と思ってしまう。
それは地獄将軍も同じようだった。
奈落長官は「なるほどなあ」と納得してるようだったが。
「何か分かるのか?」
「まあ、協力の呼びかけだろ。よくある事だ」
「そういう事です」
奈落長官の言葉を悪魔参謀長が認める。
「できれば我々に投票してくれと。
そういうお願いが来てます」
「ああ、そういう事ね」
総統閣下も納得した。
そういう話しもあるというのは聞いた事がある。
ただ、それらはそれなりに偉い立場の者達に来る者で、彼のようなせいぜい主任級のサラリーマンとは無縁であったが。
だが、市内において最大級の影響力を持った今は、そういう話もやってくるようになったのだろう。
わざわざ自分たちに相談するかな、と思うのだが。
「それでどこの候補者が?」
内心で思った事はとりあえず胸にしまって、総統閣下は説明を求めた。
しかし悪魔参謀長は顔を少しばかりしかめていく。
「それが、誰が、というよりどこから、と言った方がよくて」
「ん? どういう事だ?」
「候補者が、というのではなく、政党そのものから来てるんですよ。
それもこの辺りで立候補するほとんど全てから」
「なに?」
信じられない事だった。
「だって、俺たち悪の秘密結社だぞ。
そんな所に政治家が?」
まだヤクザやテロリストが協力要請してくる方が納得できた。
まがりなりにも政治家や政党が悪の秘密結社と結託してどうするのだと。
「あちらからすれば、我々の影響力が必要なんでしょう」
悪魔参謀長はあっさりと話す。
「今、我々が声をかければそれなりの人達が応じてくれます。
それを宛にしてるんじゃないかと」
「そんなに凄いのか?」
「実際に声をかけてみないと何ともいえませんが、大雑把に考えて、おそらく2000から3000は動くかと」
「まあ、確かに大きいな」
それだけの人間がこちらの望みにこたえてくれるというのも驚く。
そんなに大した事したっけ、と思ってしまう。
「でも、それだけの票が入っても、大した影響はないんじゃ?」
「何言ってるんですか」
悪魔参謀長は呆れる。
「それだけあれば、かなり動くぞ」
奈落長官も悪魔参謀長に続いた。
「当選するのに必要な票がどれだけなのか分かってるのか?」
「いや」
選挙には毎回投票しにいってるが、深く考えた事はない。
なので総統閣下は今ひとつピンとこなかった。
八万人の市である<秘密帝国ザルダート>の地元。
そのうち有権者は、全体のおよそ八割として6万人から6万5千人くらいになる。
これに対して2000や3000は確かにそれほど大きなものではない。
しかし、実際に投票する者はこれほど多くはない。
病気や怪我、突発的な出来事で投票が出来ないという者などを除いても、投票しないという者は多い。
投票率20%という事実を考えると、実際の投票数は1万2千人から1万3千人くらいでしかないだろう。
そうなると、<秘密帝国ザルダート>の影響を受ける2000人や3000人はとんでもなく大きなものとなる。
実質的な投票者の20%から30%。
それだけの比率の市議会議員を確保出来てしまう。
一市町村ではあるが、政治の一部を思うままに動かす事ができる勢力だ。
悪魔参謀長が情報を提示しながら説明を終える。
「だからこそ、必死なのでしょう」
「落選したらただの人だからなあ」
奈落長官も年の功で色々と事情に通じているようだった。
そこまで深く世の中に関わってこなかった総統閣下は「へー」と言うしかない。
まだ若いのでそういう世界に疎い地獄将軍も同じだった。
「じゃあ、結構俺たちって大きいんですね」
「何を言ってる」
今更だな、と言わんばかりに奈落長官は地獄将軍に呆れる。
「お前さんがその立役者だろうに」
「え、そうなんすか?」
「物騒な連中と渡り合ってただろうが。
あれがなけりゃ、俺らはここまでこれなかったぞ」
その言葉通りである。
活躍の場面は少ないが、地獄将軍と怪人・戦闘員達が不良をはじめとする様々な対立勢力戦ってきたから今がある。
悪の秘密結社として、それは避けられない事だった。
負ければ壊滅どころでは済まなかっただろう。
どれほど優れた戦略や作戦も、実行する者達がいなければ意味がない。
普段は農家のお手伝いや運搬、それと幼稚園での出し物などが主な作業であるが。
武勇伝となってる彼らの活動なくして、今の<秘密帝国ザルダート>はありえない。
成し遂げた本人は、
「いやあ、そう言われるとありがたいです」
と照れている。
そんな二人と同じテーブルを挟んでる悪魔参謀長も、
「彼らのおかげで、当初の予定以上に物事が進んでいます。
世界征服計画<極秘戦略ε(いぷしろん)>の達成率に大きく貢献してるのは事実です」
と続く。
実際、わずか一年でここまでこれたのは、多少の無茶を押し通す事ができる地獄将軍達のおかげであった。
「それで」
総統閣下は話を戻す。
「我々にどういう事をしろと?」
「まあ、普通に『有権者に声をかけてくれ』といった所のようで」
他にも色々と言っていた事はあったのだが、必要のない部分を悪魔参謀長は端折った。
「そんなに当選が危ないのか?」
「いえ、逆です。ここで一気に差をつけて、優位をつけたいのではないかと」
議会において議席の数は大きい。
例え過半数を超えていても、ほぼ互角ではなかなか思い通りにならない。
今現在、市議会は与党側が優位ではあるが、ここで更に野党を引き離したいのだろう。
「確かに結構野党の主張も取り入れてる、入れざるえないみたいだしの」
色々思いだしながら奈落長官が補足する。
「議席がギリギリだからな。同じ党内でも意見の違いもあるし」
「全部が全部思い通りってわけにもいかないんでしょう」
「だから、俺たちに声をかけてきたのか」
やれやれと思ってしまう。
意思の統一の難しさは分かるのだが。
「さて、どうしたもんだか」
すぐに答えが出るわけもない。
とりあえずもう少し考える事にした。
一人、会議室に使ってる今に残って考えこむ。
今まで色々な事があったが、今回の面倒さはそれらの上をいっている。
社会の裏側や、様々な業界の相談にのるのも面倒ではあったが。
さすがに政治に関与するまでになるとは思わなかった。
「さて……」
かけられた声にどう返すか。
無視してもよいのかもしれないが、それもどうかと考えてしまう。
(何か良い方向にもっていければ……)
今回の件をどうにかしてよりよい方向にもっていくきっかけに出来ればと思う。
<秘密帝国ザルダート>の発展もそうだが、せっかく制圧(というのも違和感があるが)した町の事もある。
それらを破壊するだけならともかく、征服するのであるなら維持や発展も考えねばならない。
政治も遅かれ早かれ関わらねばならない分野であったので、ここから逃げるわけにもいかない。
とはいえ、選挙協力についてはどうするべきか。
何せ初めての事なのでなんとも言えない。
そんな総統閣下の前にお茶がおかれる。
「お疲れ様です」
いつものように女子中学生は笑顔でそう言ってくれる。
「ああ、ありがとう」
気持ちを癒されながらお茶を手に取った。
どういたしまして、という声を聞きながら再び考えこむ。
そんな総統閣下に女子中学生は、「また難しい顔を」と笑う。
「ん、そんな顔をしてたか?」
「はい。会議が終わるといつもそうですね」
「まあな」
全ての会議がそうだというわけではないが、だいたいにおいて様々な案件が出てくる。
問題が解決した事を確認する事もあるが、平行して行われてる作戦もあり、なかなか気が抜けない。
「どうしてもなあ。こればかりはしょうがない」
背負わねばならない苦労だった。
捨てて逃げるわけにはいかない。
悪の秘密結社を作るという夢の代償と思えば何の事もなかった。
そんな総統閣下に女子中学生は、更なる笑顔を浮かべる。
「それより、皆さんとの会議。それはどうするんですか?」
「ん? 聞こえてたのか?」
「いえ、内容は分からなかったんですけど。
ただ、また難しい事を話してたんでしょうし」
「まあ、そうなんだけど」
「それについてはどうなさるのかと思って」
「うーん。
さて、どうしたもんだか」
色々と考えてしまう。
のるべきか、断るべきか。
見送って次の選挙を狙ってもよいかもしれない。
しかし。
(それもなあ)
何となく釈然としない。
ここで断っても特別問題はないかもしれない。
しかし、あえて恩を売るのも悪くはない。
また、それだけがとれる道なのか、とも思う。
(もっと何か、別の道もあるんじゃないか?)
特に理由も根拠もなかったがそういう思いもある。
直感的なものだった。
だが、総統閣下はこういう時、直感を大事にしていた。
今までの人生、これに従ったおかげで上手くいった事がある。
だから、確かな指針がないで悩んだり考え込んだりするときは、この直感を信じておこうと思っていた。
「とはいえ、どうしたもんだか」
そもそも何が引っかかってるのか。
何が問題なのか。
それが分からない。
やむなく色々と考えていく。
協力した場合に得られる利益と、失う損失。
しなかった場合の事も同じように。
それらを考える総統閣下は、目を見開きながらも現実ではない別の何かを見つめていた。
そんな総統閣下を女子中学生は、微笑ましく見つめていた。




