5-3 躍進してるようだから、これはこれで良いのかもしれません
<秘密帝国ザルダート>の活動は活発化した。
関係する全ての業者に話をし、とにかく考えを伝えていく。
悩みを抱えて話しをしに来た者達は当然として、それ以外の様々な所にも話をもっていった。
最初は驚いた者達もいたが、話を聞いて納得する者の方が多かった。
問題に直面してる者達は当然のこと、今は順調な者達も先々の事を考えたようだった。
「そうだよなあ」
「今はよくてもなあ」
バブル崩壊から失われたといわれる10年20年、更にはリーマンショックに震災の影響。
それらに直面してきた者達ほど、今現在の状態がいつまで続くのかを危惧していた。
すぐに話にのる事は出来なくても、考え方の一つとしてとらえた者達は多い。
危機感を抱いていた者達は、早速それを実行しようとする者達すらいた。
「じゃあ、一つずつやっていくか」
賛同した者達を第一陣として、総統閣下はそれらの統廃合に乗り出していった。
やることは同業他社の合併などである。
規模が小さくて大きな仕事が受注できなかったり、数が多くて無意味に仕事の取り合いになったり。
そんな所をとりあえずまとめて、ある程度の数と規模にしていくのが目的だった。
一緒になったからといってすぐに結果が出るわけではないし、必ず良い結果になるとも言えない。
それでも、今のままではどうしようもないと思っていた者達は、これを良い機会だと思って合併などに向かっていった。
これとは逆に、無駄に人が多いところもあった。
そういった所からは、人手の足りない業種への転職を促す事もあった。
専門技術や知識を必要としない所ならば即座に受け入れ可能な所もあり、一部を除いて難航はしなかった。
ただ、給与面などの折り合いがつかず、どうしても出来ない場合もあったが。
また、同じく規模が大きい場合でも、更に他社を吸収する場合もあった。
中には、異業種であっても関連性がある所を吸収するところもあった。
市内やその周辺だけではこれ以上手を広げられないし、拡大は自殺行為に等しくなる。
大きくなった会社を支えるだけの利益があげられるかどうか、仕事がとれるかが問題になるからだ。
だが、その向こう側、更に大きな所を狙うなら、規模の拡大は避けられない。
それを見越してその先を目指そうという所は、現状維持のためだけでなく、今より上を目指して巨大化していった。
後継者問題に悩んでるところも、合併先にいる若い者に技・心構え・知恵を伝えていく事で、完全な消滅は免れた。
もちろん何十年も先になればまた問題は浮上してくるだろう。
それでも、目先の問題として対応するよりは余裕がある。
得られた時間がありがたく、今後は対応や対策を考えていく事ができた。
それらを見て、どうしようか悩んでいた所も動きはじめていった。
市内の業界再編とも言える動きはだんだんと全体を巻き込む事となっていく。
この流れと距離を置くところもあったが、それに異を唱える者はいなかった。
何が正しくて何が間違いだったかなど分かる者はいない。
生まれた流れと距離を置くことが正解かもしれない。
全てが上手くいったわけではないが、全体でみれば概ね順調に物事は進んでいた。
結果となってあらわれるまでにまだ時間がかかるものもある。
ただ、数々の業者の間に入って調整につとめた<秘密帝国ザルダート>の面々は、一様に疲労していた。
それでも、ある程度の成果を得ることもできた。
「いや、大変だったな」
偽らざる本音としてもらす総統閣下は、おさまる事のない騒動に気力喪失といった風体だった。
そんな彼に女子中学生が、「おつかれさまです」とお茶を出してくれる。
喉が渇いてるわけではなかったが、気分を落ち着けるには丁度良い。
「ありがとう」
言いながら一服する。
他の幹部や結社員の大半はまだ外を飛び回ってるはずだった。
アジトにいる幹部は総統閣下のみ。
連絡がつかなくなると困るという事で、無理矢理留守番をさせられている。
それでも総統閣下もかなり忙しくかった。
こちらから出向かなくても、相手が向こうからやってくるのである。
あれはどうする、こんな事が起こった、あそこはどうなる、などなど。
数限りない問題や疑問や質問をもってきて総統閣下にあびせてくる。
「分かるわけないだろ」とはっきり言ってやっても納得しない。
根気強く話しを聞き、対処方法を考え、あとは自分で考えるなり決断しろ、と言うしかなかった。
必要なら伝手を辿ってこの手の話しに詳しそうな者を探したり、法律が絡む部分は弁護士を紹介もした。
役所関係に赴く必要がある場合は、役所勤めに関わる人物に話しを持ちかけることもあった。
とかく色々あった。
会社が一緒になったり離れたり、これを機会に廃業・会社精算をしたりという事もあった。
普通ならまず遭遇しない事態に何件も何十件もあたったおかげで、<秘密帝国ザルダート>の面々は得難い経験をいっぱいした。
「しかし、たまらんな……」
やってる事の重大さは理解していたが、だからといって仕方ないと納得したくはなかった。
なんで俺に相談する、と文句を言いたくなる事もあった。
悪の秘密結社の総統などといっても、実際はしがないサラリーマンでしかない。
それなのに、どういうわけかあちこちから頼み事が舞い込んでくる。
それでもどうにかあちこちの調整をつけ、まとまる目処をつけたり、その逆に分離・解散の手はずをつけたりしていった。
「大変でしたね」
「まあなあ……」
女子中学生のいたわるような言葉に少しばかり気持ちを救われる。
そんな彼女も、アジトに来てる時は、お茶を出したり細々とした手伝いをしたりとがんばってくれていた。
「君もご苦労様」
「ありがとうございます」
そんなやりとりが今は心を落ち着けてくれる」
「しかし…………」
「どうしたんですか?」
「いやね。
ここ、アジトのはずなんだけど」
言いかえると秘密基地とかになる。
「その割には、色々な人が来てるよなあって思ってね」
もはや秘密でも何でもない。
隠れ家としての機能はとっくに失われていた。
「これでいいのかな」
あらためて自分たちが、思い描いてる悪の秘密結社と違ったものであると思えた。
それでも、
「でも、皆さん喜んでくれてますから」
という女子中学生の言葉に、なんとなく納得してしまいそうになった。
それはそれとして。
ある程度騒ぎが落ち着いてきた頃にひらかれた幹部会議。
そこで現在の<秘密帝国ザルダート>の状態などの確認が行われた。
「今回も想定外の事態に乗り込んでしまったのだが。
世界征服計画<極秘戦略ε(いぷしろん)>に照らし合わせてみてどうなんだろう」
「それが、結果からすれば悪くはありません」
悪魔参謀長が要点をまとめた書類を手にとって説明をする。
「今回、市内における様々な産業の統廃合に立ち会いました。
その結果、市内と関連する内外の各産業・企業とが効率的な体系を構築したものと思います。
それらに対して当初から関わっていた我々の影響力はかなり高まってます」
影響を与えるほど関わってきたともいう。
巻き込まれたというべきか?
「人材派遣の方でも、人手を貸したり、あぶれた者を吸収したりで、各事業者への浸透がなされてます」
これは完全に予想外だった。
一時的に人手が欲しい所に増員したり、行き場がない者を次の就職が決まるまで受け入れただけなのだが。
それでも一番忙しく面倒の起こっていた時期に行動をしていたのは、関わる多くの者達に様々な印象を与えていた。
「今現在も派遣されてる人員が、個人・法人を問わず各事業者に従事してます。
これらを左右できる立場から、<秘密帝国ザルダート>の持つ影響力は多大なものと考えられます」
「実質的に乗っ取ってるのと同じということか?」
「事業者によればそうなります。
一時的であっても人手が抜けるとまず所もあるので」
そういう所からすると、<秘密帝国ザルダート>の意向は無視できないものがあるだろう。
「そのあたりは今後注意していかないといけないかもな。
何気ない一言が余計な波風をたてるかもしれない」
「ええ。ですが、我々の最終目標に向かっての大きな武器にもなります。
これは有効活用していきましょう」
「もちろんだ。
で、我々の内部の方はどうなのかな?」
「まあ、なんとか落ち着いてきたといった所ですね」
奈落長官は心底疲れ切った口調で述べた。
「色々ドタバタしてたせいで手つかずの事もありますが。
それでも、結社員ががんばってくれたので、備品や備蓄などはまとまってる。
あと、部署内での指揮系統や作業のやり方などもできあがってきた。
これは忙しすぎるくらいいっぱいあった仕事のおかげかもしれん」
「というと?」
「山ほど作業があったから、こりゃ潰れるかと思ったんだが。
意外と皆がんばってくれてな。
徹夜・泊まりがけの仕事もしてくれた。
その中で、やりやすいやり方を見つけていってくれてた。
報告や連絡なんかの人間関係もできあがってたよ」
「内部については問題ないと」
「まあ、これからまた忙しくなったらわからんが。当面は問題ないだろうよ」
「そいつはありがたい」
何をするにしても、内部が混乱していてはどうしようもない。
そこがしっかりしていれば、躊躇う事無く外に打って出る事ができる。
<秘密帝国ザルダート>は確実に組織として強くなっているのを感じた。
「それで、戦闘部隊は?」
今回の件では活躍の場所がほとんどないと思われた地獄将軍達。
しかし、本人もやはり色々と疲れているようだった。
「いや、結構大変でした。
いつもの仕事もありましたし」
彼らは基本、市の外れの方にあるアジト近辺の農作業手伝いなどをしている。
これも立派な専門職なので、手伝いと言っても素人でできる範囲であったが。
それでも、力仕事もあるし、移動や輸送などをしなければならない時もある。
その上で、新たに入った者達の訓練などもあったので結構大変だったようだ。
「あと、あちこち移動する時の運転とか、揉めそうになった時に間に入ったり。
戦闘だけやってりゃいい、ってわけにはいきませんでした」
「ああ、そいつはご苦労。大変だったな」
思わぬ苦労話に総統閣下も驚いた。
世界征服のため、侵略の尖兵としての役割を担うはずの戦闘部隊である。
争乱の段階になるまで出番は少ないと思えたが、そうでもないようだった。
平穏なら平穏なりに、腕っ節が必要になる場面もあるらしい。
頭に血が上った者達同士であるならば、言葉よりも物理的に遮る力も必要になるだろう。
戦闘部隊の威圧感は、そういった場面で役立つ事もあったようだ。
頻繁に用いるべきではないとしても。
「今後、そういう事もやっていかなくちゃならないかもな。
引き続き、訓練など頼むぞ」
「了解」
敬礼で地獄将軍は答えた。
何はともあれ<秘密帝国ザルダート>は確実に前進してるようであった。
力による制圧、という悪の秘密結社における正攻法とは全く違った形であったが。
「本当にこれでいいのかな」
と総統閣下以下結社の者達は相変わらず悩んでいるが。
余計な損害を出さずに結果を出せてるのだから御の字であろう。
悪魔参謀長も、
「まあ、悪い事じゃないでしょう」
と割り切っている。
「衝突が発生してれば、その損害や損失の回復まで動きがとれなくなってましたし」
「それもなく、ここまで来たのは良いことだな」
奈落長官も意見は同じだった。
直接戦闘を担当する地獄将軍も、
「やれと言われれば躊躇いませんが、もう少し訓練を積んで、装備もそろえたいですね」
と言っている。
「それじゃ、今回の事は素直に喜んでおくか」
労せずして…………とはいかない、たんまりと苦労はした。
しかし、怪我や死人が出たわけではない。
それでいて、市内の各所への影響力を持てたのは大きい。
「世界征服計画<極秘戦略ε(いぷしろん)>では、ここに来るまで二年三年はかかると想定してました。
それに比べれば格段の早さですよ」
分厚い計画書をめくりながら悪魔参謀長が感嘆の声をあげる。
それを聞いて総統閣下も、
「そうか。この調子でいきたいな」
と笑みを浮かべる。
そんなこんなで会議は終わり、「おつかれさん」と互いに声をかけあう。
頃合いを見計らって居間(会議室)に入ってきた女子中学生が、
「お茶を煎れてきました」
とテーブルの上に配っていく。
「お、ありがとう」
同じ茶葉を使ってるのにどこか味が違うそれを飲む。
この瞬間だけ先々への不安や懸念を忘れ、総統閣下は気分をゆるめた。
だんだんと悪の秘密結社とは関係の無い話になってるような気がする。
でも、それはきっと気のせいだろう、そうに違いない。
などと自分に言い聞かせていたりします。
この話、いったいどこに着地するのやら、と書いてる俺が悩む始末です。
楽しみにしてくれてる方がいるなら頑張ってみようとも思いますが。